第3話
『ところで安原さんはまだ来てないの?』
いつもテルの隣を死守する安原りん-やすはらりん(呼び名は安原さん)-の姿が見えないことに疑問を持った。
「あ、あぁ…りんは、さっきお前が来る前にメールくれて珍しく寝過ごしたらしい。目覚ましが鳴らなかったんだとよ」
『へぇ、てっきり安原さんのことだから、目覚ましよりも先に起きて1番に来てると思った』
「昨日は俺たちも2ヶ月記念間近だったから、そちらさんとは違って健全なデートをして、その後公園で駄弁って暗くなったからすぐ解散したんだけどなぁ…」
まるで俺と実花さんが、昨日してたことは健全なデートじゃない、みたいな言い方だな。商店街で昼メシの具材買ってから、実花さんに作ってもらって食べた後に、ホラー映画からの恋愛映画で2人とも驚いたり、感動のラストシーンに目が離せなくなって涙したりしてたんだぞ。まぁ、その後は吊り橋効果もあって、お布団の上でナカヨシコヨシしてたんだけどさ…。
『安原さんもしかしてだけど、大好きなテルと1日一緒に居て、期待と緊張でいっぱいいっぱいだったから、別れた後に興奮して寝付けなかったんじゃないの?』
「それもあると思うけど、たぶんその後に眠れないからって、電話くれたんだよ。それが超可愛くてさ。安心させてあげようと思って電話してたら、夜中になっちゃってさ。俺はぐっすり寝れたけど、りんは…」
ふむふむ、なるほど。安原さんのあの小さい身体を考慮すると、遠足当日に熱を出しちゃうタイプだと思うから、余計に興奮して寝れなくなっちゃったんだね! 普段は毅然とした態度だから、そんな事ないだろうと思ってたけど、この一件で友人の新たな一面を知れて良かったと思ってる。嘘じゃないよ。
「あ、山坂くんトナリいい?」
「おう、良いぞ」
「やった。失礼するねー」
話が分断され、どこからともなくやってきた女子が、整然とテルの隣を陣取る。いつもは安原さんが睨みを利かせているが、その当人が居ないことを知り距離を詰めてきたのであろう。だがテルには安原さんがいる。本人たっての希望で学内では恋人のような振る舞いを恥ずかしいから、という理由でしていないことにも原因があると思うが、ここは俺が代わりに睨みを利かせておくことにしよう。
「あ! 成本くんも居たんだね、こんにちは」
『ん? あぁ、どうも』
「あれれ、素っ気ないなー、もしかして忘れちゃった?」
『いや、忘れたも何も初めて見たんだけど…』
「えー? そうだったっけ? りんから話聞いてたから話したことあると思ってたー」
テルが言うには、この子は高良千咲-たからちさき(呼び名は高良さん)-といって、テルと安原さんが隠れてコソコソ付き合っていることを知っている、数少ない友人らしい。それならば、監視の目を光らせる必要はないので、70分間そちらに注意を向けなくて良いのだと内心ホッとした。
それから、小声で他愛もない話をしつつ、なんとか1限を乗り越えたのである。
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