第103話 焔、震え、立ち昇る

 私は目の前の少女に、願いを託す。


「お願い! あれを倒して欲しい」と。私は異界の魔王を指差して。


 相変わらず表情の読めない焔の民の少女が、それでも眉を寄せ、難しい顔をしたように見えた。おもむろに、指をパチンと鳴らす焔の民の少女。

 私の持つスマホにチラッと火花が散る。


 ──うわっ! あつっ! え、なに?!


 その様子を眺め、焔の民の少女は一つまばたきすると、異界の魔王の元へ跳躍。熱風を巻き起こしながら、大源泉の床へと降り立つ。


 少女の足が踏んだのは、異界の魔王に寄って既に闇に染められた領域。

 蠢く闇が一度大きく窪んだかと思うと、次の瞬間、少女を丸呑みしようと大きく隆起する。


 そのままその全身に絡み付くようにして。

 闇そのものと化した無数の蟲達がその肉を喰らおうと躍りかかる。それはまるで闇でできた巨大なアギト。


 少女が両手を掲げる。

 バンブーキングを苦しめた火炎旋風を片手を上げただけで巻き起こした焔の民の少女。その彼女が、最初から両手を上げたのだ。


 しかし、当然少女を呑み込もうとする闇のアギトはそんな事など露知らず。

 そして当然待つわけもなく。

 アギトが閉じられる。

 その瞬間だった。

 大地が鳴動する。


 闇に染まった大源泉の床が、裂ける。

 閉じられたアギトを中心にして、溶岩が噴出する。

 赤々と燃え立つそれは千度を容易くこえ、闇を焼き尽くして行く。

 瞬く間に少女を喰らった闇のアギトが灰塵と化す。

 逆巻く溶岩がまるで生きた竜となって、とぐろを巻く。

 その中でまるで適温のお湯に浸かったかのように悠々と揺蕩たゆたう少女。


 掲げた両手を、異界の魔王へ向ける。まるで抱擁を求めるかのように。

 その動きに合わせ、溶岩で出来た竜が異界の魔王へと移動する。少女ごと、急速に近づく溶岩の竜は、先程のお返しとばかりに燃え盛るアギトで異界の魔王を呑み込む。

 そのまま大源泉の床を離れ上昇する竜。

 異界の魔王と焔の民の少女をその身に抱え、天井を突き破り、上へ上へと。溶岩の竜の尻尾が私の目の前を通りすぎて行く。


 ぽかんとそれを眺めていた私は、気を取り直すと、スマホに指を伸ばす。


「あれ。なんで普通に、動くの?」


 スムーズに操作を受け付ける、スマホ。私はとりあえず今やるべき事を優先することにする。


「キミマロっ!」と無事に操作出来るようになったスマホでユニット召喚を実行。

 目の前に形成される魔法陣から現れるキミマロに乗り、飛び出す。まずは大源泉の床へ。侵食していた闇がすっかり燃え果てた様子に安堵する。

 そのまま、私は急ぎ、避難した皆の無事を確認しに地上への縦穴へ向かう。

 どうやらこのフロアからは脱出したようだ。皆の姿は見えない。目の前には、地上へ向かう縦穴。キミマロのサイズだとギリギリかもしれない。

 一瞬躊躇する私。

 しかしキミマロはそのまま縦穴へと飛び込む。


「あ、キミマロ、まっ──」私の悲鳴のような声は、そこでとぎれる。


 縦穴の中を高速できりもみ回転しながら上昇しはじめるキミマロ。

 その背にいた私は、必死でキミマロの背中にしがみつく。ピタリと張り付いた私の背中、ギリギリを通りすぎていく縦穴の壁。


 それは永遠にも思えるような、そんな急上昇。


 終わりの見えない恐怖の時間は、実際には数秒だったのだろう。それでも地上への縦穴の出口の光が、私には天国の入り口に見えた。


 ついに、縦穴を抜ける。

 急停止するキミマロ。


 息も絶え絶えにキミマロにしがみつく私。何とか顔をあげると、そこには天使のように輝くジョナマリアさんの姿があった。








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