第101話 阿鼻叫喚

 ガチャから現れた、中性的な顔立ちの人物。闇をまとい、半ば闇と同化している姿の異界の魔王が、その片腕を伸ばす。


 その手のひらの先にはポカンとした顔のフロンターク。


 一瞬の静寂。

 それはフロンタークにとっての、最後の安寧の時。


 開けっぱなしの口。光が当たらない喉の奥から、黒い小さなモノが一匹、姿を現す。親指の先ぐらい大きさに、無数の長い脚を生やした姿。漆黒と呼ぶに相応しい体色。

 カサカサ、カサカサと口の中を這い回るそれに、何故か気がつかないフロンターク。

 そしてついに、それが這い出してくる。口からはみ出すように現れる、一本の長い脚。

 フロンタークの視界の隅を掠めたのだろう。

 黒いモノが唇を越えたタイミングで、ようやく異変を感じ、自らの口を叩くようにしておさえるフロンターク。


 その手の中で、黒いモノが潰れる。

 音もなく。

 手の中からこぼれる、真っ黒な液体。体液というにはあまりにも黒々としていて。まさに闇そのものの粘度でもって、フロンタークの手のひらを染める。


 恐る恐る口から手を離し、真っ黒に汚れた手のひらを見つめるフロンターク。その瞳は信じられない物を見た者、特有のそれ。

 蠕動する瞳孔。

 瞬きを忘れた瞼。


 始まる崩壊。


 その小太りの体の、光の当たらない部分。身体中の闇という闇から、蟲がく。


 それは、服の中から。

 それは、口の奥から。

 それは、鼻腔の隙間から。

 それは、瞼の裏から。

 それは、眼球の奥から。

 それは、内臓のヒダから。

 そして、脳味噌の間から。


 カサカサ、カサカサ。カサカサ、カサカサ。


 一瞬でフロンタークの全身が、闇の蟲に覆われる。

 内臓を食い破り、脳みそを啜られ、眼球を真裏から蹴り出され。

 その体だったモノは、あっという間に細かく分解され、闇に呑み込まれていく。


 あまりの凄惨な様子に、唖然とそれを眺めていた私。

 だらんと脱力していた右手には、スマホを何とか保持して。


 そうしている間に、フロンターク体から生まれた黒い蟲が一匹、私の足元に這い寄って来ていた。私が気がつかない間に。

 まるで先程のフロンタークの死に様が、ただ、私の注意を引くがためのパフォーマンスだったかのように。

 私の脚へ取りつく蟲。その蟲は質量を感じさせ無いまま、するすると私の足を登ってくる。そのまま蟲は私の右手に握ったスマホへと飛び掛かる。


 私が気がついた時には、既にその蟲の体が、途中までスマホの中へと入り込んでいた。


「うわぁぁっ!」


 思わずスマホを振り回す。

 しかし、そんなことでは蟲は振り払えず。

 するりとスマホの中へ、蟲が完全に入り込んでしまった。


「異界の魔王、ストッ──」嫌な予感に上げた声は最後まで届く事なく。


「──────!」大源泉の部屋に満ちる、異界の魔王の雄叫び。

 人間の言葉では理解出来ない言語の、歓喜の雄叫び。

 耳を押し潰さんばかりの音圧の中、私のスマホにはメッセージが表示される。


『オプション:転移者隷属術式へのバックドアからのアクセスを確認。

 アクセスを認証します。

 ……認証中

 ……認証中

 認証を確認。

 術式が解除されました』


 世界に闇が解き放たれた。


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