第92話 魔法

 カルファルファに連れられ、洞窟の入口へ進む。

 すぐに深みのある色合いの扉が現れる。

 金属とも、木材とも言えそうな不思議な質感。


 カルファルファが扉の中央に手を当てる。

 すぐに小さな魔法陣がカルファルファの手のひらを中心に浮かび上がる。


「誰かいる?」と扉に向かって突然話し出すカルファルファ。


「カルファ、どうしたの? まだ交代の時間じゃないわよ」と扉から声。


「スニタスか。丁度いいわ、少し変わって」


「いいけど、デザート一回貸しよ」


「はいはい。じゃあ開けてちょうだい」とカルファは扉から手を離す。


「相変わらず食いしん坊なのね、スニタス」とジョナマリアの楽しそうな呟き。


 その呟きに被せるように、ウィンという音がしたかと思うと、目の前の扉が消失する。僅かに漂うオゾン臭。


 ──すごい、魔法かな? 最初の手のひらをついて出た魔法陣は多分電話的なものだろうけど、次の扉が消えたのはすごいな。どういう仕組みなんだろう。扉ってことは私たちが通ったらまた出てくるんだろうし。


 私は洞窟の中へと進むカルファルファ達を追いかける。扉があった場所を通りすぎたあと、興味津々で振り返ってみる。

 ……扉は現れない。


「扉が出てこない?」


 そんな私の呟きにジョナマリアが答えてくれる。 


「あれは扉があったように見えていただけなの。見えていたのは幻覚。それに形のない外向きの力だけ重ねてあったのよ」


「ほー」


 私は思わず感心してしまう。

 ──力場ってことだよね。斥力フィールドみたいな物かな。重力操作とかだとすると、格好いいわ。しかもその上に通話系の魔法陣が出てくるでしょ。魔法文明すげー


「さあ、クウさん」


「はい?」とカルファルファに突然名前を呼ばれて思わず間抜けな声を出してしまう。


「ここなんだけど、始めての人は怖いって人も結構いるの。良かったらジョナマリアに手を繋いでもらって」


 そういってカルファルファの指差した先には、直径三メートルぐらいの穴が空いていた。


「あの、これは?」嫌な予感を感じつつ、おずおずと聞いてみる。


「移動用の縦穴よ」とカルファルファ。

「右回りで回りながらで降下。左回りで回りながらで上昇よ」とジョナマリアが捕捉してくれる。


「これに、飛び込めとっ」驚いて思わず言葉が荒くなる私。


「あ、ちょうどスニタスがきたわ」


 つられて私も穴を覗きこむ。

 下からくるくる回りながら、高速で上昇してくる人影が小さく見えた。

 速い。

 すぐさま私たちの目の前まで上昇してくる人影。


 やはりジョナマリア達と似た雰囲気の女性が穴から勢いよく飛び出したかと思うと、軽やかに着地する。


「従姉妹のスニタスよ。スニタス、久しぶりね」とジョナマリアが紹介してくれる。


「まあ、ジョナマリアじゃない! お帰りなさい! なるほどね。それなら交代も仕方ないわね。そっちはお客さんかな。よろしくね」とスニタスと呼ばれた女性はカルファルファから錫杖を受けとる。挨拶もそこそこに洞窟の外に向けて軽やかに駆け出していく。


「……相変わらずね。いいの? 引き継ぎ項目が規定されてるでしょ、カルファ姉さん」とジョナマリア。


「くくっ。びっくりした姿が目に浮かぶわね。あのせっかちな性格にはいい薬でしょ」とカルファルファのいたずらっ子のような笑み。


「もう、カルファ姉さんったら。いたずら好きなのは相変わらずね。さあ、クウさん行きましょうか」と手を出してくるジョナマリア。


 私は思わずジョナマリアの手と縦穴を見比べてしまう。

 ジョナマリアの向こうには、一見真面目な顔のカルファルファ。しかしその目は、どうしても笑っているようにしか見えなかった。



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