第35話 そして太陽は黒くまばゆく


 ドクンッと、イザクの心奥から激しい鼓動が鳴り響いた。

 浮き上がった血管が顔中を覆い尽くし、血流が激しく脈動して全身を駆け抜けていることを知らしめる。


「クハハ……ハ……ハハハハッ!」


 イザクは哄笑とともに立ち上がった。

 全身を駆け巡る灼熱のごとき激痛、今にも弾け飛びそうに荒れ狂う鼓動、だが、確かな力が満ちあふれてくるのを、イザクは感じていた。


 負傷が急速に再生し、それどころか、より強く、猛々しく強化されていくのを実感する。


 ああ……、だからまだだ!

 まだ、イザクは負けてはいない!


「イザク……」


 アガトが、何かを哀れむように眉をしかめた。

 この期に及んで薬に頼むイザクを、潔よくあらずと蔑んでいるのか? 


(……なるほど、騎士である汝がそう思うのは勝手である……!)


 だが、戦士であるイザクには力こそが全て、強さこそが武なのだ。


「クハハハハハッ! まだだ! まだ終わりではないぞクルースニク! 我は最強! 最強であらねばならない! さあ、我が愛しき〝アンフィスビーナ〟よ、共に舞い踊ろうぞ!」


 斧槍を高らかに振り上げる。

 両手でつかんだ長柄を、力強く捻った。

 金音を立てて中央で分離した長柄。

 三日月の斧頭を備えた方を右手に、剣刃を備えた方を左手に、戦斧と短槍、ふたつに分かれた武器を左右に広げ持ち、イザクはその双眸を紅く紅く輝かせた。


「その眼に焼き付け、魂に刻め! 我はイザク! 天上天下に揺るぎなき、古今無双の武人なり!」


 血管が浮き上がり、血走った形相、脈打つ鼓動に全身を震わせながら、イザクは雄叫びを上げて地を蹴った。

 鼓舞る剛力のままに双刃を振り上げ、猛る闘志のままに振り放ち叩きつけてくる。

 あまりの威力に大気が轟と鳴き、踏み締めた大地が豪と叫ぶ。

 先刻のアガトの乱撃など児戯と嘲笑うかのように、さらに激しく凄まじく、刃の暴風が荒れ狂う。


「クハハ! どうだクルースニク! これが力だ! 武だ! 我は、我は負けぬ! 負けぬぞクルースニク! 我は猛き武のままに乱世を駆け抜ける! 我の最強が、冥府ハデスのウザレに届くまで、勝って勝って勝ち続けなければならぬのだ! 我は……!」


 全身に走る熱気、視界を染める鮮血の色彩。武器をひと薙ぎする度にそれらが弾け、イザクを内側から猛り上げ急き立ててくる。


 だからもっと強くなりたい!

 イザクは望み願った。


 もっと激しく、もっと凄まじく、これでは足りないと思った。まだ足りない。もっと、もっとだ、もっと強くなければ最強には届かない。


 なぜなら、さっきからイザクの振るう刃は、一撃たりともアガトに届いていないのだ。


 紅く染まったイザクの視野の向こう。たたずむアガトは、遠間から静かにイザクを見つめている。


「ぁ……がぁ……ぁ……!」


 背筋を駆けた雷撃のごとき軋みに、イザクはようやく現実を認識する。


 間合いが遠い。


 太刀筋が乗っていない。


 イザクの動きは、攻撃の体裁ていさいを保てていなかった。


 彼は鋭敏に暴走した感覚と、暴発する筋肉の瞬発の中で、暴風のごとく戦っているように錯覚していただけだ。

 実際のイザクは、霊薬を口にしてからずっと、立ち上がったその場でフラつきながら武器を振り続けているだけだった。


 手応え皆無のままに、ひたすら空を薙ぎ払い続けている双手の武器。ひと振りごとに噴いている血飛沫は、全てイザク自身のものだ。

 薬の負荷に、力の負荷に、イザクの肉体が耐えきれていないのだ。


「ハ……ハハハ……ふぐぅッぁぁぁぁあァァァアァーッ!!」


 喉を張り裂いて上げた笑声と雄叫び、全身から血飛沫を撒き散らしながら、イザクは全身全霊を燃え上がらせて大地を蹴りつけた。


 イザクは無理矢理に足を踏み込み、遮二無二しゃにむにに間合いを詰める。


 無茶苦茶に双手を振り上げ、我武者羅に武器を振り下ろす。


 眼の前の相手へ、倒すべき敵へ、超えるべき最強へ、イザクは己の全てを叩きつける。

 唸りを上げた一対の刃は、だが、アガトの眼前を虚しく空振り、そのまま地に落ちた。


「我は……最強、我は……必ず……ぅぐぁ……!」


 イザクは、前のめりに倒れ込んだ。

 立ち上がろうとしたが、四肢はビクビクと震えるばかりで言うことをきかない。荒ぶっていた鼓動は今にも止まりそうに弱まって、駆け巡っていた熱気は凍てつくように冷えきって────。


 ただ、激痛だけが激しく強くなっていく。


 紅い視界に、霊薬の小瓶が転がっている。

 倒れた衝撃にこぼれ出たのだろう。

 さらに喰らおうと手を伸ばした。

 否、伸ばそうとした。

 だが、身体が全く動かない。


 ザリッと、足音が鳴った。


 アガトがそばに立ち、イザクを見下ろしている。

 倒れて動けぬイザクを見下ろしている。

 勝者が、敗者を見下ろしているのだ。

 言い訳など利かない真理の構図。

 イザクは負けた。

 またも、敗北した。


 ならば、後は決着を望むのみ。


「……殺すがいい、クルースニク。生は勝者の権利であり、死が敗者の義務だ……」


 それが真理であり摂理。

 なのに、それなのに、アガトは手にした剣を振り下ろすことなく、ゆるりと鞘に収めた。


 響いた鍔鳴りに、イザクは驚愕と憤怒のままに喉を震わせる。


「な……何だそれは……殺せ……我は、負けたのだ……敗者には死を……それが最強になれなかった兄の……ケジメである……我は、ウザレとの約束を……守れなかったのだから……!」


「あんたの弟が、負けたら死ねって言ったのか?」


 アガトの問いが、イザクの心奥に突き刺さった。


〝……兄ちゃん……が、死ぬのはぁ、イヤだぁ……〟


 イザクの脳裏によみがえるウザレの言葉。泣きながら懇願された文字通りの泣き言。無様で愚かしく甘っちょろい、弱者の理屈だ。

 それなのに、その泣き言が、イザクの脳髄に、胸の奥に、深々と突き刺さって疼いている。

 死んではダメなのか? 死ぬことはできないのか?

 イザクは、勝てなかったのに!


「……我は、負けたのだぞ……」

「勝ち続ける約束を破ったな。弟の最後の願いを叶えられなかった。ヒドい兄だ。けど、知ってるか? ただ死ぬだけじゃあ何も償えないんだ。ただ死んだって、誰の想いも報われないし、心を晴らせはしないんだ」


 咎人は、その罪を背負い、罪過を思い知り、苦しみ抜かねばならない。


「苦しんで、苦しんで、ひたすら苦しみまくったその果てに、相手から〝もう気が済んだ〟って言われたら、その時にようやく死んでいいんだ。当然だろ、相手のゆるしもないのに、勝手に終わるなよ」


「……相手の赦し……だと? だが……ウザレは……」


「ああ、死人は何も赦しはしない。だから、あんたは苦しみ続けるしかない。いつかどこかでうずくまり、そのまま動けなくなるまで、苦しみ続けるしかないんだ。なあ、キツイだろ? そういうのはキツイよな。だから、命を奪うことは、赦されない最悪の罪なんだ」


 アガトは、それを思い知った。

 だから、アガトはイザクを殺さない。

 殺してたまるものかと、そう断じた。


「だいたい、何で勝ったオレが、負けたあんたの言うことを聞かなきゃいけないんだよ。強さが全てなんだろ? 敗者が勝者に逆らうな。生きろ、生きて苦しむんだ。あんたもクルースニクなら、背負った十字架を放り出すんじゃない」


 アガトは溜め息も深く吐き捨てて、落ちていた薬瓶を拾い上げた。

 きびすを返した悪魔の騎士、その背中に、イザクは問い質す。


「……どこへ、ゆくのだ……?」


「何言ってんだ? アスガルド軍を追っ払いにいくんだよ。オレはもともとそのためにきたんだ。それをあんたが邪魔してただけだ」


「……命を、奪うの……は、最悪の罪、なのだ……ろう……?」


「そうだ。それなのに、何でどいつもこいつも、戦争なんてしてるんだろうな……」


 きっと、どこかの誰かが、誰かの宝物を奪ったのだ。欲しいものを、力尽くで奪った。

 奪われた誰かは、宝物を取り戻そうと剣を取る。

 後はきっとその繰り返しなのだ。


 あるいは、誰もがカラッぽの幽霊になれたなら、争いは消えるのかもしれないが────。


 その虚ろの無意味さも、アガトは思い知っている。


 命の奪い合いほど罪深いことはない。

 だが、今は戦わなければ、宝物を守れない。


「オレは、オレの守りたいものを守るために、誰かの宝物を斬り捨てる。ただ、首をかしげるのはもうやめた。それだけだ。罪深い悪魔なのは変わらない」


 クルースニク……十字架を背負う者……その名のままに、悪魔の騎士は剣を取る。


 丘陵きゅうりょうの頂きにたどり着いたアガト。

 見渡した荒野には、彼方から迫る大軍勢が見えた。

 隊列を組み、規則正しく行軍してくる光景に、アガトは改めてその脅威に息を呑む。


「二万か……景色が広い分、見た目にはそれほどの大軍には感じないな」


 苦笑いながらの軽口は、勇気を奮い立たせるためのもの。

 それは、アガトにとって奇妙な感覚だった。

 今までは、どんな危機的状況にも、どんなに圧倒的な敵陣を前にしても、少しもブレることがなかったアガト。

 それなのに、今は恐ろしいと感じている。大軍に怯み、怖じ気づきそうになっている。


 死ぬのが、怖くなっている。


 死ねば帰れない。

 大切な人の待つ場所へ帰れない。

 そのことが、今は堪らなく恐ろしい。


「心があるってのは、それはそれでシンドイなあ……。グレン、何でオマエは、こんな恐ろしい思いをしながら剣を取れたんだ?」


 グレンだけではない。リュードやイザクもそうだ。

 心ある者は、心があるがゆえに、その心に押し潰されてもがき苦しむ。

 その重圧に、マゼンタやフルドは、そしてグレンは、耐えきれなくて潰れてしまった。


 けれど、アガトは知った。

 心は、重く苦しいだけじゃない。温かく癒してくれるものでもあるのだと。その輝かしい光を守るために、アガトはここにきた。


「さあ、力の限り、守ろうか」


 騎士は守りし者。

 守るべきものを守り、守りたいものの元へ帰ろう。

 アガトは手にした薬瓶から、霊薬を取り出した。

 どうやら最後のひと粒のようだが、それでも、この局面でこれを得られたのは僥倖ぎょうこうだ。黒炎に揺らぐ紅い霊薬……悪魔の欠片を宿したそれを喰らえば、今のアガトでも強い黒炎をまとうことができるかもしれない。


 その結果どうなるのかは、正直、わからないが────。


 アガトは紅い霊薬を口に放り込み、噛み砕く。

 ひと噛みごとに黒い火花が弾け、飲み下すごとに、黒炎が燃え上がる。

 鼓動が脈打ち、全身を力の奔流が駆け巡る。


 見開いた紅い瞳が、血よりも鮮やかな深紅に輝いた。


 右腕を掲げ上げる。

 失った右腕、そこに全身の黒炎を収束し編み上げる。


 黒炎は束ねられ、異形の腕を象って燃え上がる。

 イザクの首を締め上げた時よりも太く逞しく、まさに蒼天をつかむ巨人の腕のごとく、力強く掲げ伸ばされたその黒い手。


 黒炎はなお激しく燃え上がり、黒き掌に収束していく。


 鼓動が荒れ狂い、全身を激痛が駆け巡っている。それは劫火のごとく熱く激しく、アガトの感覚を焼き尽くして燃え上がっている。


「……ッぁ……!」


 ぐらりと傾いたアガトの身体、だが、倒れるわけにはいかない。

 全身から黒炎の鎖を伸ばして地面に打ち込み、無理矢理に身体を支えた。その間にも、掲げた異形の右腕には黒炎が収束していく。

 アガトの全身を黒炎が包み、黒い火花が弾け、黒い稲妻となって駆け巡るその中で、今にも弾けて砕けそうな意識を奮い立て研ぎ澄まし、眼下に迫る大軍勢を睨み据えた。


 遠間にも、行軍が滞り、隊列が乱れているのが見えた。

 燃え上がる巨大な黒炎が、向こうからも見えているのだろう。

 あらざる炎……世界の理から逸脱した烙印……今、ここに燃え上がる黒炎は、誰もが明らかに見て取れるほどに、強く、激しく、罪深く、理を外れて猛り上がっているということだ。


 掲げ上げた異形の右手に握られた、漆黒の大火炎槍。


 黒炎で編み上げられたそれは天を衝くほどに長大に豪快に、黒い火花と稲妻をまとって燃え上がる。


「……黒い、太陽は、ミラに、仇為す、者を、赦さない……!」


 アガトは切れ切れにかすれた口上を張り上げて、燃え上がる黒炎の大剛槍を投げ放った。


 丘陵の頂きから、斜めに世界を貫いた漆黒の彗星。

 それは神話の神々が大地に降らせたという裁きの光もかくやに、轟音と閃光を撒き散らしながら飛翔した。


 その時、荒野の帝国兵たちは何を思っただろう。

 迫る巨大な黒炎に、唸りを上げる脅威に、いったい何を感じたのだろうか? 驚愕、戦慄、あるいは、畏怖してくれているか?


 黒炎の彗星が着弾し、大地が振動した。

 粉塵と爆炎が天高く噴き上がる。さながら火山が立て続けに噴火したかのごとき大爆発。兵たちの絶叫も悲鳴も、全ては黒炎の怒号に掻き消されて響きはしない。


 悪魔の騎士が投げ放つ黒炎の槍は、万の軍勢を討ち払う。


 遥かな過去にそうしてきたように、同じく繰り返した黒炎の行使。


 ……だが、永い時の中で摩耗したアガトの身体では、それに耐えうるだけの強靭さが、もう残ってはいなかった。


 たちまちちりと掻き消える異形の右腕。

 黒鎖は弾け飛び、全身を覆っていた黒炎も火花と散って、アガトは崩れ落ちるように両膝をついた。


 そのまま前のめりに倒れそうになったが、左拳を地面に叩きつけて堪える。


 まだだった。

 まだ、倒れてはいけない。


 込み上げた吐血を呑み込み、飛びかけた意識を奮い、かすんだ眼を見開いて彼方を睨む。

 巻き上がった黒炎と粉塵が少しずつ収まって、見渡せるようになっていく荒野の状況。


 黒炎槍の直撃によって、大地に大穴が開いていた。


 巨大なスリ鉢状に穿たれたその凄まじい破壊痕。迫る軍勢の全てを楽に呑み込む大規模の大破壊。

 だが、敵兵はひとりたりとも、それに呑まれてはいなかった。

 天から落ちた凶星が直撃したかのごとき大穴は、軍勢の手前、その進軍を阻む位置に穿たれている。


 つまり、アスガルド軍には届いていない。被害を与えてはいない。

 一兵の命も、奪ってはいない。


 アガトは紅い眼を見開いて、彼方の兵団を睨み続けている。その動向を、その行く先を、鋭く注視し続ける。


 やがて────。


 軍勢が行軍を再開した。

 穿たれた大地に背を向けて、きた道を戻り始めた。


 撤退……してくれたのだ。


「ハッ……あぁ……良かった。成功か……」


 アガトは安堵のままに、へたり込んだ。

 上手くいって良かったと、狙い通りに事が進んで本当に良かったと、心の底から安堵する。


 黒炎槍は、始めからあの位置を狙って投げた。ひとりも殺さないように狙って投げたのだ。


 二万の大軍。

 それは強大なアスガルド帝国全軍のほんの一部でしかない。例えここで討ち倒しても、さらなる大軍が送り込まれてくるだけだ。


 だから、必要なのは勝利ではなく、和平交渉の材料だった。

 グレンが示したそのままだ。

 エシュタミラに手を出せば損をする。そう帝国に判断させるだけの説得力ある事実。


 凄腕の暗殺者では、現代の大国は脅威と捉えてくれなかった。


 だが、伝承通りの力……すなわち、大量破壊を為し得る超兵器であればどうか?


 それが悪魔の力であれ、古代の秘術であれ、一撃で万の軍勢を撃破しうる武力の存在。それを知らしめることができれば、それを盾にして駆け引きができる。


 そのためには、犠牲を出すわけにはいかなかった。

 犠牲を出せば、そこに禍根が残る。

 エシュタミラを赦せないと剣を取る者が現れる。


 二万人の命、それを宝とする者たちの怨念となれば、数万を超える大怨嗟だ。そんな途方もない憎悪は、和平交渉の妨げにしかならない。

 だから、当てるわけにはいかなかった。

 当てずに、その上で脅威と感じてくれるか?

 侵攻を一端やめて撤退してくれるのか?

 二発目がないことを、見抜かれてしまわないか?


 そこが分水嶺だった。


 だが、どうやら成功したようだ。

 後はどれだけの時間が稼げるか、どれだけの根回しができるか、その上で、肝心の和平交渉が成立するのかどうかだ。

 問題は山積みだ。エシュタミラの命運は、まだまだ薄氷の上にある。


 それでも、今この時に迫っていた脅威は退けた。


「……あぁ…………シンドイ…………」


 アガトは脱力のままに仰向けに倒れ込む。

 全身を激痛が駆け巡り、疲弊と消耗に軋みを上げている。

 心臓はバクバクと早鐘のように鳴り続け、呼吸は乱れに乱れてちっとも落ち着いてくれない。


 込み上げる吐き気を懸命に抑えながら、アガトは空を見上げた。

 蒼く晴れ渡った空。

 どこまでも広がる蒼天、あの日に同じ、澄み渡る大空の光景。

 アガトの大好きな蒼い色彩。


 けれど────。


「ユラさんの瞳の方が、ずっと綺麗だ……」


 心の底から、そう思った。

 だから、早く帰りたいと思った。

 早く帰って、彼女に会いたかった。

 それなのに、鼓動も呼吸も、一向に治まる気配がない。


「……ああ、ヤバいかな……」


 やはり無茶が過ぎたのだろう。

 霊薬のおかげで黒炎を使えたが、そもそもあの霊薬自体が危険なものなのだ。今の衰えたアガトでは、イザク同様に身体が耐えきれない恐れがあった。


 そして恐れていた通りに、耐えきれなかったようだ。

 今まさにアガトの全身は、凄まじい負荷に苛まれ続けている。


「……参ったなあ、これじゃあ、またユラさんに叱られる……」


 こぼれた呻きはやけに遠く、見上げた蒼天の色彩が急速に陰っていく。


 何だかとても眠くなってきた。


 それはあの〝棺〟の中で眠る時のような、暗い奈落に落ちていくような抗い難いもの。


 アガトの意識はそのまま急速に薄れて、深い暗闇に呑まれていった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る