第28話 首をかしげてサヨウナラ


 図書館に帰り着いた途端、アガトは思わず膝をついていた。

 それは安堵よりも、ハッキリと疲労と苦痛のせいだった。

 全身に刺さった曲刃の傷もそうだが、特に斬り落とされた右腕の痛みが厳しい。かつては肉体の負傷などすぐに再生していたというのに、今ではこんなにも激しくさいなんでくる。


 何より、たったあれしきの黒炎を使っただけで、視界が霞み、動悸が乱れ、全身が軋むほどに消耗していた。

 グレンが目くじら立てて使うなと警告していたのも道理だった。


「伝説の悪魔が聞いてあきれる。イザクが落胆したのも仕方ないな」


 溜め息も深くアガトは立ち上がり、図書館裏手の勝手口に回る。

 アガトがユラを妻にして以後、こうして〝お役目〟に駆り出されたのはもう三度目のこと。

 その度に、ユラは彼の帰りを穏やかな笑顔で出迎えてくれていた。

 ただ、優しく労ってくれるその瞳は、いつも黒く濁っていて、それがとても残念だった。


 そう、残念だった。

 けれど、仕方ないことだったと今は理解している。

 きっと彼女はアガトの無事なぞ望んでおらず、クルースニクの存在なんて快く思っていないはずだからだ。


 なぜなら彼女は────。


「おかえりなさいませ、アガトさん」


 優しく出迎えてくれる声、今夜も勝手口の前で待っていたユラの姿。穏やかな笑顔は、けれど、すぐに陰ってしまった。


「あの、血が……ぁ、その腕はどうしたのですか!?」


 血まみれで憔悴しょうすいしているアガトに、慌てて駆け寄ってくるユラ。


 その瞳に、黒い濁りはなかった。


 意外だった。

 彼女は、アガトが無事ではない方が良いのではないのか?

 アガトは少々戸惑いながらも、意識して笑顔を浮かべて返す。


「大丈夫、ちょっと失敗しただけだ」

「失敗……って、何を言ってるんですか!? すぐにお医者を!」

「ああ、いや、本当に大丈夫だから」

「だ、大丈夫なわけないでしょう! 腕がないんですよ!?」

「心配ないって、腕はある。ちゃんと拾ってきてるからさ」


 抱えていた右腕を差し上げて微笑むアガトに、ユラは唇をわななかせて呻いた。


「あ、あなたは、どうしてそんなに…………!」


 傷だらけで血まみれで、右腕を斬り落とされた在り様で、心配ないと言われたところで誰が安心できるだろう。

 まして斬られた腕を笑顔で差し出すなど、普通なら正気を疑う場面だ。

 必然の混乱にユラは言葉を失い、そんな正常な人間性などわからないアガトは、だから、己の基準のみで心配無用と断言する。

 痛みは我慢できる。傷もいずれ癒える。斬られた腕は、斬られてしまったのだから、もう仕方ない。


 そんな仕方ないことよりも、彼にはもっと大事な用件があった。


「思い出したんだ。ユラさん、キミが言ったこと。オレが、キミの宝物を捨ててしまった時のことを、思い出したんだよ」

「思い……出した?」

「ああ、キミはあの時、オレが斬り捨てた敵に、すがりついて泣いていた少女だ」


 正確な時期は思い出せていないが、ユラ自身が八年前だと言っていたから八年前なのだろう。

 王都で違法薬物を流通させていた交易商人に対する〝お役目〟の時だった。標的となったのは当の商人を始め、売り子の胴元を務めていた検閲官、それから、薬物の調合を務めていた薬師数名。

 アガトはいつものように口上を告げ、名乗りを上げ、標的を速やかに排除した。

 ただ、ささやかな問題がひとつ。

 標的ではない幼い少女がひとり、現場にまぎれ込んでいたのだ。

 どうしてそこに居たのか、当時はわからなかった。考えることもしなかった。任務遂行の障害にならないなら、どうでも良かったからだ。


 その少女は、斬り捨てられた青年薬師の首を抱え、骸にすがりついて泣きじゃくっていた。


 お兄ちゃん、お兄ちゃん……と、泣きながら青年に呼び掛けていた。


 アガトは首をかしげながら、その光景をしばし眺めていたものだ。


 少女がなぜ泣くのか、わからなかったから────。


 裏切りの黒陽騎士の時と同じだ。

 アガトが斬ったのはミラに仇為す者、その生存がミラの害になる敵であるはずなのに、なぜ、その死をミラの民が悲しむのか、わからなかった。


 けれど、今のアガトは知っている。

 例えどんな悪人であっても、赦しがたき咎人であっても、愛する家族にとっては、大切な宝物であるようだ。

 なら、宝物を失えば悲しむのが道理だろう。

 だから、あの時、ユラは兄の死に嘆いていたのだと思う。


「ユラさん、オレはキミのお兄さんのかたきだ。そうなんだろう?」


 アガトが捨ててしまったのは、ユラの兄の命。すなわちユラにとって、アガトは家族の命を奪った憎むべき相手である。


 だったら、そんな相手を愛せるわけがない。


「今まで思い出せなくてすまない。あの時のキミは、お兄さんの遺体に顔を押しつけて泣いていたから。もし、あの時にもその綺麗な瞳を見ていれば、絶対に忘れなかったんだけど……」


 蒼天の色彩を宿した美しい瞳。

 もし、あの時にも確認できていたら、アガトは絶対に忘れなかったはずだ。そうすれば、こんななことにはならなかったろうと思った。


「本当に、すまない。けど、こうして思い出せて良かった。どうにか謝ることができた」


 アガトは重ねて謝罪しながら、深い安堵の笑みを浮かべた。

 それはまるで、ユラの兄を斬ったことよりも、それを忘れていたことよりも、謝罪できていなかったことが申し訳ないと言わんばかりの態度。

 アガトの曇りなき無邪気な笑顔に、ユラの笑顔がヒクリと引き攣る。


「……そう、ですか……やっぱり、あなたは忘れていたんですね……」


 ユラは吐息まじりに呟いた。


「わたしは、あの時からずっと、兄を斬り捨てた黒い騎士の姿と、断罪を告げた声を、片時も忘れたことはありませんでした。だから、騎士団から紋章官候補の外見を伝えられた時には、もしやと思いました。馬車から下りたあなたと話した時には、息を呑みました。そして、あの夜、倒れていたあなたを見つけた時には、ええ、本気で心臓が止まりそうでした。けれど……」


 あなたは、忘れていたんですね────。


 ユラの蒼い瞳が、真っ直ぐに見つめてくる。

 蒼い、曇りのない色彩。濁りのないその色彩は、綺麗だけれど、とても冷ややかだった。

 アガトは申し訳もなくてうつむいた。

 ユラがあきれるのは当然だと思った。自分の妻の家族を斬り捨てておきながら、その事実を忘れているなど無礼千万だ。


 無礼、礼儀に失する行為……それが、その認識こそが、どれほどに命を冒涜し、ユラの心を踏みにじっているのか、アガトは理解できていない。その肝心にして大切な人間性が、彼には欠け落ちていた。


 幽霊騎士はカラッぽの騎士。

 心がないから、人の痛みがわからない。


 だからアガトは、この期に及んでなお笑顔で問い質す。


「けど、やっぱり不思議なんだ。ユラさんはオレを愛していないのに、むしろ憎んでいるはずなのに、どうしてオレの妻になったんだ?」


 ずっと抱いていた疑念、考えてもわからない疑問、彼女がアガトを愛していない理由はわかったけれど、なぜ、そんな憎むべき仇に尽くそうとするのかがわからない。


 ユラは驚きに眼を見開いた。

 アガトの態度に、そして、問いの内容に驚いたのだ。


「……気づいていたんですね。わたしがあなたを愛していないと……」

「ああ、それは……」


 発言の虚偽を見抜けるがゆえだったが、それを説明するわけにはいかずに口ごもった。

 そんなアガトの惑いが、ユラにはどう見えたのかはわからない。


「わたしがあなたの妻になったのは、もちろん、復讐のためですよ」


 彼女は、ニッコリと微笑んだ。


「当然です。憎い相手には、思い知って欲しいです。兄の受けた痛みを、わたしが受けた苦しみを、深く深く味わい思い知って欲しいです。だから、わたしはあなたの妻になりました」


「……? どういうことだ?」


「だって、あなたは命を惜しんでいないんですもの。死ぬのが怖くないって笑うんですもの。それじゃあ意味がないんです。あなたには、苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いて、罪を思い知ってもらわないと、復讐になりません」


 死んでも構わないと思っているアガトでは、死を恐れも悔やみもしない。愛を知らないアガトでは、大切な人を奪われる苦しみも痛みもわからない。

 例え復讐の刃を突き立てられても〝ああ、そうか〟と、受け入れるだけなのだ。

 あの絵本の幽霊騎士のように、何も感じず、何も思わず、ただ、静かに朽ち果てるだけ。


 それでは、ユラの憎悪も苦痛も報われない。報われるわけがない。


「だから、わたしはあなたの妻になりました。あなたに愛を知ってもらうために、命を惜しんでもらうために、あなたを、愛されているという幻想で騙そうと思いました。どれだけ時間が掛かっても構いません。むしろ時間は掛かった方が望ましいです。長くゆっくりと育んだ想いこそ、裏切られた時の痛みは強くなるでしょう?」


 命の重さを知り、愛の温もりを知った上で、それを失う苦痛を思い知らせるため。そのために、ユラはアガトに寄り添ったのだと、蒼く澄んだ瞳で微笑んだ。


「いつか、あなたが幻想に酔いしれて、わたしを大切な宝物だと感じ、心から愛して抱き締めてくれた時、わたしは、笑いながらその胸に殺意を突き立てるつもりでした。そのためにあなたの妻になったんです。あなたのそばに、あなたの隣に……健やかなる時も、病める時も、いつかきっと、わたしの想いイタミが届くまで…………」


 でも……と、ユラは静かな吐息をこぼす。


「浅はかでした。愛を知らない悪魔に愛を教えられるほど、わたし自身が愛を知らない。だって、わたしを愛してくれるはずだった家族は、あなたが斬り捨ててしまいましたから……」


 彼女はアガトの右腕に触れてくる。

 両の手でそっと包み込むように、アガトの傷に触れてくる。不思議と痛みは走らなかった。むしろ、温もりめいたものを感じていた。


 奇妙なものだと思った。

 心が身体に作用する。それは教わった。

 けど、憎しみをもって触れられているはずなのに、なぜ、アガトは心地良いと感じているのだろう。

 思えばずっとそうだった。

 ユラはアガトを憎んでいたはずなのに、そんな彼女に触れられたアガトは安らいでいた。癒やしを感じていた。


 愛されていると勘違いしていた?

 いいや、アガトは最初からずっと、ユラが自分を愛していないことを知っていた。錯覚の余地はない。


 なのに、なぜ……?


(じゃあ、これは錯覚じゃないのかな……?)


 わからない。わからなくてアガト。

 そんな彼の姿をジッと見上げて、ユラはくしゃりと笑みを歪めた。それは笑っているのか、泣いているのか、どっちつかずな曖昧な表情だった。


「ふふふ、ねえ……アガトさん、この右腕、治るんですか?」

「……いや、たぶん、無理だ。昔のオレなら再生できたけど、今のオレには、もうそんなに強い力は残っていない」

「まあ、あきれた人。それなのに、そんなに平然としているんですね。そもそも、わたしが愛していないって知っていながら、平気な顔で夫婦を続けて……今も、ぜんぜん普通にしている。本当、理解できません。アガトさん、あなたは、今のわたしがどんな想いで笑っているのか、この笑顔の意味が、わかりますか?」


 ユラは微笑んだままアガトを見上げてくる。それはいつかと同じ、楽しそうでも嬉しそうでもない虚ろに乾いた微笑。


 楽しくないのに笑う。

 嬉しくないのに笑う。

 その理由は何なのか?


 さっき、アガトが意識して笑みを作ったのは、ユラを安心させるためだった。ならば────。


「オレを、安心させるためか?」

「あはははははは! 悪魔にしては優しい考え方ですね。残念ながらハズレです。わたしは今、んです。憎しみとか、怒りとか、焦りとか、そういう感情がドロドロに渦巻いて、それをあなたに思い知らせることができなくて、それが悔しくて、もどかしくて、がゆくて、そんな色んな想いがわだかまって……もう、笑うしかないんです。せめて笑わないと、無様に泣き崩れてしまいそうだから……ね? あなたには、わからないでしょう?」


 泣きたくないから、笑う。

 もう笑うしかないから、笑う。

 確かにアガトにはわからなかった。

 アガトは泣きたいと思ったことも、笑いたいと思ったこともないから、ぜんぜんわからなかった。


 わからなかったが……なぜだろう?

 わからないというそのことに、何だか胸の奥が疼いた。

 激しく、堪え難いほどに、疼いていた。


「オレは……」


 アガトはこの疼きを伝えたかった。この疼きを知って欲しいと思った。けれど、胸の奥に疼いているそれが何なのかがわからなくて、言葉に詰まって言い淀む。


 そんな無様な悪魔に、少女はやはり、ニッコリと微笑んだ。


「幽霊騎士はカラッぽの騎士、心がないなら、その空洞に心を込めてあげれば良いと思いました。でも、ダメです。無理です。どんなに心を込めても、きっとあなたはまた、首をかしげて捨ててしまうんです。悪魔には、人間の心なんてわからないから!」


 ユラは笑顔のままに、震える激情を張り上げた。


「ああ、こんなことなら、どうして、わたしは…………!」


 溜め息は深く、声音は細く、ユラは己の髪に挿されていた髪飾りを乱暴にむしり取る。

 白い花の髪飾り、アガトが贈った物。

 彼女はそれを、アガトに突き返して笑みを歪めた。


「返します。わたし、本当は髪飾りは嫌いなんです。でも、我慢していました。あなたを騙すために。もう我慢する意味がないので、返します」


 蒼い瞳、偽りのない告白。

 ならばとアガトが髪飾りを受け取れば、ユラはやはり引き攣った笑みのままに、大きく夜空を仰いだ。


 そして、彼女はゆっくりと歩き出す。


 踏み出した足取りは力なく、図書館とアガトに背を向けて、この場から立ち去ろうとする、弱々しい歩み。

 遠ざかる彼女を、アガトは思わず呼び止めていた。


「ユラさん」


「…………」


 立ち止まった彼女は、やはり、ゆるりとした所作でアガトをかえりみる。

 肩越しに向けられた彼女の眼差し、アガトの紅い瞳を真っ直ぐに見つめてくる蒼い瞳。そこに黒い濁りはない。ゆらぎのない蒼天の色彩、それはアガトが望み求めていたはずのもの。


 それなのに、その綺麗な蒼い瞳を向けられることが、どうしてこんなにも息苦しいのだろう。

 わからない。

 わからなくて、アガトは続けるべき言葉を見つけられなかった。


 ユラの蒼い双眸が、微かに潤む。


「さようなら、哀れな悪魔さん……。いつかどこかでうずくまり、そのまま動かず死んでください。それが、わたしの願いです」


 涙に濡れた蒼い瞳、虚ろに泣き笑う顔、偽りなきユラの想い。


 なら、これで良い……と、アガトは受け入れた。


 憎い相手と寄り添いながら、心から笑えるわけがない。

 だから、これで良い。

 ユラは、アガトと共に居るべきではない。


 悪魔の騎士は、幽霊騎士と同じにカラッぽで、人の心がわからない。

 宝物を失う苦しみはわからない。


 だから、彼女の復讐心を満たしてあげることはできないけれど……。


 せめて〝守りし者〟として、彼女をと思った。


 せっかく見つけた宝物。大切な守りたい宝物。

 だから、アガトは再び闇にまぎれ、影に潜もう。

 これまで繰り返してきた役割を、また愚直に繰り返そう。そうしてミラを、彼女が生きるこの国を、裏から守り続けよう。


 あの綺麗な蒼い瞳が、もう二度と、憎いアガトを映して濁ることがないように────。


「さようなら」


 アガトは微笑み首をかしげて、立ち去るユラを見送ったのだった。




               ※



「さようなら」


 背後から投げ掛けられた別れの言葉、それに追い立てられるようにユラは歩き続けた。

 感情に駆られるままに、歩き続けた。

 図書館の門扉をくぐり、月明かりの街路を足取りも乱雑に歩む。


 もう背後から投げられる声はない。追ってくる足音もない。


 なぜ、追ってこないのか?


 あの悪魔は、ユラに秘密を守らせるために結婚したはずだ。


 なのに、なぜこの期に及んでユラを見逃すのか?


 さっさと斬り殺しにくれば良いだろう?


 これまで何人も斬り捨ててきたように、ユラの兄を斬り捨てたように、さっさと斬り捨てにくれば良い。


 造作もないことだろうに、なぜ追って来ない!?


 ユラに秘密を知られた程度、そもそもからアガトには、どうでも良かったのか? だからこそ、あんな交換条件にもあっさり応じたのか?


 ユラの生き死にも、ユラを妻とすることも、悪魔にはどうでも良い些事さじだったのか?


(ふざけてる……!)


 本当に、ふざけた話だと思った。あまりにふざけている。

 心身の内側でドロドロと渦巻いた感情。彼女の中にずっと渦巻き続けている暗い感情。吐き出しぶつける相手を求め続け、ようやくその相手を見つけたのだ。


 そして、それをぶつけることの無意味さを思い知り、歯噛みした。


 心を持たない悪魔に、心を思い知らせようとする。その虚しさに歯噛みした。


 もうたくさんだと思った。

 こんな幽霊のようなヤツに関わるのはゴメンだと思った。


 カラッぽの悪魔はカラッぽのまま、どこかで孤独に朽ち果ててしまえば良いと思った。その通りに毒突いて飛び出してきた。


 なのに!


(何で、あの人はわたしを殺さないの……!?)


 別に殺されたいたわけではない。けど、この状況で放置される。すなわちアガトにとって、ユラの全てが、どこまでも取るに足らないことだと断じられているようだった。


「……どうして……こんな……ッ!」


 悔しくて、悲しくて、情けなくて、自分でも判じ兼ねるほどグルグルに渦巻いた激情のままに、ユラが叫びを上げようとした時だった。


「……ほう、このような夜更けに若いお嬢さんがひとり出歩くとは、不用心だな」


 穏やかな呼び掛けは、通りの向こうから届いた。

 石畳をゆるやかに踏み締める蹄鉄の音。月明かりに下、ゆるりと近づいてきた騎影に跨がっているのは、黒いサーコートに身を包んだ壮年の黒陽騎士。


「騎士団長閣下……」


「うむ、こんばんは司書官殿。娘と部下が、いつも世話になっている」


 ひらりと下馬したグレンは、丁寧に一礼した。

 ユラは涙を溜めた顔を隠すように背けつつ、精一杯に平静を装って応じる。


「……アガトさんに御用でしょうか? 彼は、今は図書館に戻っておりますので……」

「そうか、それは間が悪かったな。ヤツが戻る前に……と、急ぎ出向いたのだが……まあ、こうして確保できたのだから良しとしよう」

「……どういう意味でしょう?」

「用があるのはオマエに対してだということだ、ユラ・フォルトナー。オマエは、クルースニクの正体を知ってしまったな? 国防の長として、それを放置はできない」


 琥珀の眼光が、鋭くも冷ややかに睨み据えてきたのだった。





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