第25話 武人の決闘
「ふむ、愚か者にしては持ちこたえた方か……」
何者かの呟いた声。
見れば、フルドが砕け散った場所に……その弾け咲いた血色の中央にひざまずいている男がいた。
「差し当たっての問題は、皆を正しく
高らかに宣言して立ち上がったその男。
フード付きのマントで身を覆い、軽装の具足に長剣を佩いた姿は、流れの傭兵にしか見えない。だが、その不審不穏な言動と、何より、いつの間にどこから現れたのか?
「さて、赤毛の騎士殿。未知なる危機に直面した上で冷静さを欠くことなく、不測の事態に柔軟に沈着に対応する。何よりも、その剛にして麗なる大剣捌きの妙よ! 戦を知らぬ国の騎士が、なかなかどうして、頼もしいではないか!」
楽しげな笑声は、だが、すぐに落胆に曇った。
「それに引き換えクルースニクよ、汝には正直に失望している。伝説との対峙、実に心躍らせていたのだがな。やはり、汝は我と同じ────」
溜め息まじりの嘆きは、中途で掻き消えた。
瞬時に間合いを詰めたリュードが、飛び込んだ勢いのままに大剣を振り放ったのだ。
鳴り響いたのは、猛々しくも激しい剣戟音。
「ふむ、まだ話の途中であるが。
「……ッ!?」
フードの男は皮肉げに笑い。赤毛の騎士は驚愕に息を呑む。
真っ向から叩き込まれた大剣の一撃は、フードの男が抜き打ちに薙いだ長剣に防がれていた。
否、防がれるどころではない。
「……冗談だろう?」
呻くリュードが睨むのは、己の大剣。
その長大にして肉厚の刀身が、半ばから無惨に折れ砕けているのだ。
「何を驚く。汝も先ほど、似たようなことをしたではないか」
フードからこぼれる笑声に、リュードは苦々しく口の端を歪めた。
大剣で長剣を砕くのと、長剣で大剣を砕くのを、同じだと断じる。
「それこそ、冗談じゃないってね!」
リュードは衝撃に痺れている手を無理矢理に振り上げ、折れた大剣で眼前のフード男を斬りつける。
身の丈に迫るほどあった長大な刀身は、折れ砕けてなお片手剣の刃渡りにして殺傷力充分。夜気を裂いて迫る斬撃に、対するフードの男は短い溜め息をひとつ。
「勇猛にして不屈、なるほど、これがエシュタミラの黒陽騎士。だが、期待外れだ。我を相手取るには役者不足である」
呟きは、斬撃を空振ったリュードの左側から響いた。
一瞬で回り込まれたのだと彼が理解した時には、すでにフードの男は剣を振りかぶっている。
リュードの表情が戦慄に引き攣った。
「冗談……!?」
「悪いが、我は冗談を好かぬ」
容赦なく、瞬に振り下ろされた刃。
それはリュードに届く寸前、同じく瞬に閃いたアガトの剣によって弾かれる。
衝撃に仰け反るフードの男、その手の長剣が、音を立てて砕け散った。
「ほほう!」
「やるではないか、素直に驚きである」
「そうか? あんたも似たようなことをやったばかりだろう?」
アガトの呟きは本気で不思議そうに、そのまま盾を構えて体当たるように踏み込んだ。
盾の表面を叩きつけられ、大きくよろけるフードの男。すかさず斬り込んだアガトだったが、斬り裂けたのは飛び退くマントの裾だけだった。
フードの男は大きく間合いを取りつつ、歓喜の声を上げる。
「なるほど、張り子の虎でも、虎は虎か。良い! 実に良いぞ!」
仁王立ちで呵々大笑するフードの男。
アガトは敵を注視したままに、傍らにうずくまったリュードに呼び掛ける。
「大丈夫かリュード」
「いや、あんまり大丈夫じゃないね。主に自負とか誇りとか、そっち方面がボロボロだよ」
「そうか……すまないが、そういう方面の対応は苦手だ」
「……だろうね。ところでキミ、仮面着けてる意味あるのかい?」
「……? 当然だ」
仮面がなければ素顔をさらすことになる。
そうキッパリと肯定したアガトに、リュードはわざとらしいくらい大袈裟に肩をすくめた。
対するフードの男は、ひとしきり笑って落ち着いたのだろう。
ふぅ……と、鋭い呼気を吐き、折れた剣を投げ捨てた。
そして、あたかも天をつかまんとするかのように、右手を高く真っ直ぐに衝き上げて吼える。
「ウザレ! 我が〝アンフィスビーナ〟をこの手に!」
直後、それに応えて夜空に煌めいたのは長柄の刃。回転して降ってきたそれを、フードの男は一眼ともせずにつかみ取った。
ブォン! と、空気を薙いで振られた長柄の斧槍。
斧頭に三日月の刃を、石突き部に剣刃を備えた長大な長柄。それを軽々と振り回し、そのまま己の眼前に立てる。
それは大陸全土に通ずる、決闘の剣礼。
「我らが役目は道化である。衆目を集め、大衆をわかせるのが目的。ゆえに、名乗らせてもらおう! 我が名はイザク!
芝居がかった口上はどこまで本気であるものか……だが、騎士の戦いにおいて、堂々たる名乗りは礼儀。
なれば、アガトもまた剣礼をもって応じた。
「エシュタミラ黒陽騎士、アガト・ルゥ・ヴェスパーダ」
淀みも逡巡もなく唱えられたそれに、傍らのリュードが再びあきれた呻きをもらす。
「……重要だからもう一回言うよ。キミ、仮面着けてる意味ないからね」
「…………ああ、しまった」
つい流れで名乗ってしまったアガトだが、横にリュードがいるのを失念していた。常にこれから殺す相手とばかり対峙してきたとはいえ、ウカツに過ぎる失態である。
「あんたを斬りたくはない。できれば聞かなかったことにしてくれ」
「はいはい、御意ですよ、御意。こちとら末席だからね、第一位様の命令は絶対だ」
諦観気味に応じるリュード、その濃灰色の瞳に濁りはない。
ならば、問題はないと、アガトは安堵して頷いた。
そのやり取りの終わりを待っていたように、イザクが長柄をぐるりと回して身構える。
「そろそろ参るぞ、クルースニク」
待ちかねた様子で、期待に満ちた所作で、開戦を望むイザク。
対するアガトは、どこまでも常の彼のまま、淡々と返した。
「……イザク、オマエはミラに仇為す者か?」
それは訊くまでもない問いであったのだろう。
ならば、イザクは高らかに笑い飛ばした。
「ミラに仇為す者か……だと? ぬるい! 我は、世界の全てに仇為す者である!」
宣言とともにイザクから噴き上がった黒い色彩。
残り火だの火花だのという域ではない。燃え上がる黒い火炎が、イザクの全身を包み込んでいる。
果たしてそれは、宣言が偽りである証か?
否、そうではない。きっと彼は嘘など吐いていない。
世界に仇を為す。
正真正銘、それがイザクの本心であるのだろう。
だからこそ、彼の全身が黒炎に燃え上がった。
あたかもイザクという存在そのものが、摂理に反逆する過ちであるとばかりに、激しくハッキリと燃え上がったのだ。
黒炎を身にまとうということは、そういうことなのだと、アガトは誰よりも深く思い知っている。
「剣の無礼、いざぁーッ!」
イザクの口上は、斧槍が放つ剣風の音と重なって轟いた。
ギリギリで身をひねったアガト、その眼前を斬り裂いて振り下ろされた三日月の刃は、しかし、瞬時に跳ね上がった。長柄武器でありながら、短刀でも振り回すような超速急角度の切り返し。
瞬間、響いた剣戟音は、重なるようにふたつ。
ひとつめは、アガトの盾が斧槍を打ち払った音。
ふたつめは、突き出されたアガトの剣を、反転したイザクが長柄で打ち払った音。
瞬く間に、と、そう表するしかない超常の交錯。
その凄まじき衝撃と剣風に、アガトの着けていた仮面は弾かれ、イザクのかぶっていたフードはめくれて剥がれる。
あらわになった互いの顔に、その色彩に、アガトは息を呑み、イザクは不敵に笑った。
「オマエ、その髪と瞳……」
「ふむ、そういうことだ。我は汝と同じ、〝悪魔の欠片〟を身に宿した者である」
返答は、イザクにしてはしみじみと重い声音だった。
浮かべた笑みも酷薄に、その上で攻撃の所作は力強く速く、さらなる獰猛さで斧槍を振り放ってくる。
身を伏せてやり過ごしたアガトは、立ち上がり様に盾を突き上げる。
盾越しに体当たるようにして跳ね上がった重撃。
イザクはそれを足裏で受け止め、踏み台にする要領で跳び上がった。
そのまま宙返りつつ放たれた長柄。縦回転で迫る斧頭の側面を、アガトは鮮やかに蹴り払う。
反動に後退したアガトと、遠間に着地するイザク、互いに身構え睨み合った。
片や、剣と盾を構えて驚愕する白髪紅眼の少年。
片や、長柄の斧槍をかついで笑う白髪紅眼の青年。
「これは、どういうことかな……?」
リュードが混乱のままに呻きをこぼした。
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