第2話 魔王は上司
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異世界に僕たちが召喚されてもう何年だろう。僕は今魔王の下でダンジョンの宝箱の検品作業をする仕事についている。直属の上司はサラマンダーのサラさんだ。
同僚は砂の手の魔物、マドカさん。無口な人だ。
単純作業は考えることが少なくていいとはいうが、それでも様々な思いはよぎる。
勇者として召喚され魔王討伐の旅に出たはいいが、聖なる剣は手に入らなかった。魔王が先んじて手に入れていたからだ。聖剣なしでそのまま魔王に挑んだけれどあえなく返り討ちとなった。
その聖剣は今工場長が奇声を上げながら砕いている。さすがに難渋しているようだ。
この職場にはいろいろなモンスターが出入りする。しゃべれるものとそうでないものがいるが、しゃべれないものには通訳がいる。通訳というか、声をアテレコするのだ。
ここでは生前の夢が一つづつ叶うことになっている。魔王の配下に降るときに工場長が与えた契約というものだ。勇者だった僕は正社員に、頼れる前衛を勤めていた女戦士は声優になった。流れるような長い黒髪で目を隠してるのは相変わらずだが、寡黙でおとなしい彼女の夢には少し驚いた。意外にどのキャラにも入れていて、演技上手だ。冒険者は見かけによらない。
賢者はいま東方の小さな国を経営している。討伐に一番燃えていた賢者が真っ先に魔王に降ったのもこれまた驚いた。
ここでは魔王のことは工場長もしくはプロデューサーと呼ぶように指示されている。工場長はいい人だ。
魔王は勇者守護の精霊と対になる存在で、守護の精霊と同じく少女の姿をしている。地上を統べる存在と地下を総攬する存在、実は姉妹なのだそうだ。複雑な家庭なことだ。
「ぷわあ…もう休憩だ休憩!」そう言いながら工場長が下りてくる。汗と鼻水を拭きながらそうわめく姿は、僕らが抱いていた魔王のイメージからはかけ離れていたから、工場長やプロデューサーの呼び方のほうがいいのかもしれない。
「元勇者、今度プロデぅース任せるから。中身の。いいやつ考えといて」横文字に少しこだわりがある工場長はそういった。中身、ですか?
「そ、中身。宝箱の中身。勇者が欲しがりそうなの、なんかあるでしょ。あっちの人ならわかるよね。というか元勇者にしかできないよ~頼めないよ~見繕っといてお願い」
そうなのだ。僕らが敗れた後、新たな勇者が精霊によってまた召喚されたそうなのだ。すでに僕は人々の守護者たる精霊の思い人ではなくなっていた。
「新勇者は女子高生だそうですが、そんな相手を思い浮かべながらプレゼントを考えるのですか。とんだ変態ですね」サラさんは少々僕に当りがきついところがある。マドカさんは黙々と作業中だ。ともあれなんだかんだこの二人は助けてくれる。優しいものだ。
「じゃお願いね」そういって魔王もとい工場長は自室に戻っていった。
…冒険の初期に欲しいものって何だったろうか。最初のダンジョンに潜る前後…考えをめぐらす。
ナイフだ。切れ味が棍棒やらより鋭く、大地の加護を得たナイフ。雑魚から少し強くなっていく魔物にはこれが重宝した。
これを作ってみよう。
元の世界から持ってきた硬貨。現世のヨスガとして靴の中にずっと入れていたのだ。これは永らく元勇者たる僕と共にあった。まだ少しばかりは大地の加護が残っているかもしれない。これを鋳つぶして混ぜ込み成型しよう。そして女子が喜びそうな形…サラさん、マドカさん。お願いします。
「…しかたないわね」
「(わかりました)」サラさんが材料を熱しマドカさんが型を作る。うまくいきそうだ。二人の連携はさすがで、見てる僕たちも惚れ惚れする。
「危ないからもっと下がって」暗闇に火花が散る。音程のそろってない音が美しく響く。作業は夕方まで続いた。
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「ダンジョンクリア!」
「…あれ勇者、なんかあるけど」
「え、お宝?はよあけてみあけてみ」
「ナイフ…だっさ。なにこのクマの…まあ使うけど」
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現勇者レベル5
元勇者レベル37
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