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肩(略)
第1話 ラブホの女王様
空から見るとどう見えるのだろう。
川が二つ、橋は五つ。
スナックは三つあり、一つあったスーパーは去年なくなった。
コンビニとラブホ、ドラッグストアは郊外をとりまくように、一つづつ残って三角形を描く。国道はその中をトラックばかりがすり抜けていて、大きな三差路が一つばかりある。ここにハンバーガーは売ってない。
空は抜けるように青く、空気はふかふかとしていて退屈だ。今日もこの町に世界の綻びはどこにもない。
独りぼっちだった(今もだが)小学生の頃、拾った棒を聖剣と信じて握りしめ目の前の川を遡って行けば、どこか異世界に行けると思っていた。意を決して鉄橋を旅立ちの起点にして川を遡ったことがあるが、背丈を軽く超える夏の草どもに阻まれて、幼き冒険者は昼になる前にその綻びを見つけられず帰ってきた。後で調べるとそこは江戸の初めに藩士が人の手で掘った川だそうだ。
ずっと前にもうだれも住まなくなった侍屋敷の土壁、そこを縫うように流れる用水路に赤い布がところどころ垂らしてあったり、誰も気に留めない日陰にひっそりと五円玉が置かれて石の像が微笑んでいたり、ひび割れたアスファルトに判読不能な金属のプレートのようなものが埋め込まれていたり、友達の大切に飼っていた金魚を団地の謎のばあさんがこっそり自分の飼い犬に食わせていたり、何十年も注意深く世界の綻びを観察してきたけれど、それはどれも結局綻びではなかった。
僕には見つけられない。
試みに妄想を脹らませて、綻びではないものを異世界に再構成してみても、その入り口は開かない。
地図を開いてみよう。周りは海、川は二つあり、橋は五つ、酒場は三つ、道具屋は二つあり、ラブホテルは一つある。ちょうどメソポタミアの世界全図、ОT図のようなものが描ける。それはこの町のちょっといいところだが、それでも異世界には遠い。遠いのだ。だが…
深く息を吸い込む。オケアノスの風だ。ちょうど風向きが変わる時間帯なのだ。風は何千キロという旅をする。地図などただの紙に過ぎない。風は世界をめぐる。もしかしたらその一迅は異世界に届いているかもしれない。
風がページをめくるように、ふわりとスカートがめくれるのも注意深く観察した。しかし僕は勇者ではない。すこしスクリプトやプログラムを書いたことはあるが、世界の命運を背負わされた勇者ではなかった。だから世界の綻びがそこにあったか否か語ることはできない。勇者は世界の命運を背負うゆえに、守護者や魔王を交えて自分の冒険物語として世界を語ることが許されるのだ。
「兄さん」そう声がする。正確には「働かない中二病」と言ったようだ…妹だ。
「めし早く食え。食ったら洗い物しとけ」わかりました。
一旦おいて飯を食う。といっても昨日の残りだ。
「荷物来てんぞ、この役立たず、うんこ」強迫性障害はいろいろと手間がかかって仕方ないが、最近日常生活がすこしばかり何とかなるようになってきた。飯も食えるし、洗い物も手袋をすればできる。少しくらいの外出は可能だ。うんこが働くのは難しい。
頼んでいたものが届いたのだろうか。荷物を受け取れるようになったのはとてもうれしい。
世界あるいは異世界の命運を背負う勇者になれなかった僕は就職に失敗してひきこもった。世界の綻びはどこにも繋がっていなかった。暗い穴蔵の中でひっそりとそう気付くまで少し時間がかかった。
折り目正しく折りたたまれたダンボールのパネル。荷解きをする。あとでキャラクターを描き込まねばならない。重要な初仕事だ。
この町には城があった。正確には陣屋の後だがここから昔、藩士たちが夜明けとともに旅に出たのだそうだ。まさに旅立ちの城だ。だがそれだとテイストが少し違う異世界になってしまう。
だから僕は今日ラブホへ出かけてみようと思う。この町でまだ行ったことのない場所だ。ちょうど西洋の城のようなデザインだし、そこをささやかな再出発の場所に据えるのも悪くない。やがて訪れる勇者の旅立ちの場所でもあり、ゲームマスターの旅立ちの場所でもある。
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勇者よ、わが思い人よ、目覚めなさい。あなたの宿命を思い出すのです。愛の城で王が待っています。勇者よ、そこで王から古き伝承を伝え聞くのです
*初期パラメーターを割り振り、キャラクターの強さを決めましょう
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ゲームマスターは冒険の仲間をやっている暇はない。多くのNPCを魔法を使えない僕がどう調達するか。自分の妄想に最初からくじけそうになる。
とりあえずこれは女王様のほうがいいか。このパネルを女王様にしよう。勇者たちが一緒に写真を撮れるように穴もあけなくてはいけない。
真夏に自転車で段ボールでできたパネルを持ち運ぶのはハサミで段ボールを切り抜くよりも、実に骨の折れる作業だった。なぜか風にあおられる。
ラブホはいろいろなプレイを楽しむ人がいるらしく、パネルを持って入ってもあまり怪しむ人はいなかった。そんなプレイをする人もいるのかもしれないが、愛の城は、僕のような挙動不審者にも寛大だ。
両の隣から微かに愛の営みが聞こえるような気がする。そわそわと落ち着かない。
設置が完了した。広いベッドを玉座とする、威厳と慈愛に満ちた、しかし世界の滅亡を予感する物憂さを秘めている女王様。きっといいにおいがする。名前は思いつかなかった。パネル様…だが村人もパネルさんになってしまう。
先のワールドマップ、ОT図はSNSで配布しておいたが、ここにもコピーを何部か置いておこう。旅立ちの餞別たる武具は…コンドームが置いてあるのでそれを持っていってもらおう。もし町民に向けて何か振り回したら危ないから。
「陛下、もうすぐ勇者たちが参ります、ご支度を」平伏し奏上する。陛下は物憂げにやや微笑みあそばして、玉座にうなだれておいでになる。
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よくぞ参られた!
さあ女王は奥においでです。
そなたが勇者か…
よく来ました。はるか古の伝承はそなたも知っていますね。魔王と、精霊の悲しき物語を…。あの物語には欠落があるのです。語られざる逸話があるのです…
これを勇者に授けます。すべての伝承を埋めた暁には、必ずやそなたの冒険を導き、その道行きの援けとなるでしょう。
光あれ。勇者に大地の精霊の加護のあらんことを。
一同(光あれ!)
ここはセーブポイントなので交流ノートを置いておきます。
勇者のみなさんはここで伝承に耳を傾け、魔王討伐の依頼を受けてください。一人一つづ女王様からコンドームを貰って交流記録を書いていきましょう。
女王様のパネルと写真をとってもかまいません。
さあ冒険の始まりです!
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さあ帰ろう。次は始まりの酒場だ。部屋を後にする…
「ご苦労でした、大臣」そう聞こえた気がした
「次のニュースです。外国人の女性とみられています―
8月〇日午前、F県L市のファッションホテルで、外国人女性のものとみられる何かが出勤してきた従業員によって発見されました。目立った外傷はなく、警察は防犯カメラに写っていた大きな何かを抱えていた自転車の男性が事情を知っているものとみて、行方を捜しています」
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