第三章
第29話
大陸歴 1077年 トゥールーズ村~飛竜山脈~アドルード
厳しい冬の間、 しんしんと降り続いた雪も根雪を残すのみとなり。 雪解けを以って、 てっきり春の到来の宣言がなされるものだと思っていたリュート=ヴァン=トゥールーズであったが。 隣を歩くトゥールーズ家の次兄、 スウェントから告げられた言葉の内容に思わず耳を疑った。
「えっ!? ……ならさ、 アルバレアはもうとっくに春になってるって事? 」
「まぁ、 村から外に出ないのなら……別に気にする事でもないしね 」
「んぅぅ、 久しぶりに
中々に受け入れがたい心境を抱いたまま見上げた空は……憎たらしいまでに高く、 晴れ渡っていた。
グランディニアの大地に転生を果たしてから十年。 いよいよトゥールーズ村を出て、 隣町のアドルードへと出向く筈であったリュートの門出が突然の出兵と深夜の襲撃事件によりお流れとなってから……実に、 二年の時が経過していた。
焼け落ちた領主館の再建や、 被害を受けた家屋の復興。 そして、 村の防衛に尽力した冒険者パーティ“雷花”への臨時報酬の支払いで完結する予定だった村内での対応は……とある暴君の介入により、 襲撃の実行犯であったデヴォリとフォンタナの助命と雇い入れ。 更には、 遠く離れたカレスト教国に監禁された二人の家族であるハンナの救出劇への謎の発展を遂げ……最終的には、 南部大森林の特産品の一つである高級木材“黒槍”をこれでもかと使用した“トゥールーズ改造計画”へと着地を果たした。
リュートの立場からしてみれば発起人が
今から二十年以上も昔の事。
この地に村を築いたラグナ達の心境と言えば、 新天地を求めて海を渡る冒険家のそれでは無く。 はたまた、 偉業を成した者が己の功績を称えた勲章を
アルバレア公国にて突如として巻き起こった、 後に
トゥールーズを始点として飛竜山脈の尾根に沿う形で南西部から時計回りに襲来した魔物に対して、 各都市はそれぞれの都市に備わっていた城壁と周囲の街と街を繋ぐ街道を防衛線として抵抗。 その任は勿論、 各都市の誇る騎士団が
飛行型の魔物が飛んで行った先々でそこを縄張りとしていた魔物達を刺激し、 全体から見れば小規模ながらもスタンピードを誘発すると言う、 悪夢に悪夢を上塗りするような異常事態……そこで起こったのが、 各都市を治める貴族達による――その当時は余剰戦力であった――冒険者達の取り合いである。
この件に関しては、 一概に貴族による横暴だと非難する事は出来ない。
何故なら、 魔物が
兎に角、 尻に火が付いた彼等の関心は自領とその周辺の安全のみに集約された。 何せ人間相手の闘争であれば、 譲歩や降伏と言った敗北を
この様な状況下に半ば無理矢理に組み込まれた冒険者達が取った行動が、 故国エムレバの名門貴族の出であったラグナを中心とした
アルバレアの各地を転戦しながら、 それこそ対処療法としか思えない戦闘を繰り返す。
始めこそ領民から贈られる賛辞を素直に受け取る事が出来ていたものの……次第にその身に押し寄せたのは、 功績を奪われた貴族や騎士からの冷ややかな視線と、 この手のお題目ではお決まりの――
『何故もっと早く来てくれなかったのか 』
――愛する者を失った者達の、 やり場の無い怒りであったと言う。
話があちらこちらへと飛び火してしまったが。
トゥールーズに拠点を築く事を決断した当時のラグナ達は戦闘力こそ有れど、 二十代前半と言った若者に過ぎなかった事や南部大森林や飛竜山脈と言う魔境のお膝元であった点からして……人・物・金のあらゆる面で、 トゥールーズをど田舎の寒村以上に富ませるだけの余力を持ち得なったのである。
幾らか外部に頼る所はあるものの……二十と余年もの月日に亘って魔物の領域との境目で戦い続け、 そこで得た
人生の折り返しを目前に控えた者達が、 煩わしさからの逃避の果てに築いた自分達の縄張りをより良い“
その判断を下す材料の中に、 現代社会の利便性を知るリュートからの入れ知恵や……彼の頭の中にしか存在しない未来図を可視化して、 実現までの筋道をきちんと立てられる存在からの後押しがあったとしても。
何にせよ、 “
ここで冒頭の話題へと戻る。
何が言いたいのかと言うと、 今からここより“北”を目指すのだから、 アルバレアとはトゥールーズよりは寒い――少なくとも同程度の――気候だと想像していたのである。
そこでスウェントの口から飛び出した台詞が――
『ウチには
――と言う、 意味不明な事実であったのだ。
ニーニャとは、 彼ら兄弟の母・アリアが幼少の頃より契約して共にある氷精霊――【氷属性】の精霊――の名である。 可愛らしい少女の姿をしたその存在自体はアリアが事あるごとに呼び出し、 海を凍らせて一人で漁業をしていたりとある意味では力を見せつけていた事もあって、 リュートにとっては“精霊=強い”程度の認識でいたのだが。
まさか、 幾ら戦闘能力が高いと言ってもそこに在るだけで、 周囲の気候そのものにまで影響を与える程だとは思っていなかったのである。
「一応、 学園の授業でも教えてくれるけど? 」
「……実際に見たりとかは? 」
「流石に講師に精霊と契約してる人は居ないって言うか……精霊と契約出来るくらいの魔力を持った人って、 都市で抱える様な人材だからね 」
「はぇぇ~、 やっぱ
飛竜山脈の峠道――つづら折りになった山道――を歩く兄弟間のもっぱらの話題と言えば、 これから向かう先であるアルバレアの事である。
早朝にトゥールーズを出た当初はリュートにとっては見るもの全てが新鮮で、 石くれ一つ取っても旅特有の高揚感を味わう事が出来ていたのだが。 視界に映るのが岩肌に点在する緑と山頂の白、 そして抜ける様な青空と言った絶景も……いつまでも同じものが続けば飽きが来ても仕方が無いと言えよう。
峠道と聞いて、 ともすると
少し考えれば分かる事だが、 今現在リュートが歩く道はトゥールーズが持つ外部との唯一の
この辺りは、 かの暴君の技量に感銘を受けたアルフレッドの尽力による所が大きいのだが。 その当人は、 リュートに先立って両親の故郷であるエルフの里――大陸北西部――へと旅立っている。
本人曰く、 リュートと並び立つ為には一人前のエルフとなる事が必要で不可欠なのだが。 その為には両親の故郷においてエルフ特有の“成人の儀”を果たさなくてはならないらしい。
リュートからしてみれば、 生まれた頃から一緒に居たアルは実力が云々と言った存在では無い。 アルにはそう直接伝えたのだが、 余計にやる気を刺激してしまう結果となってしまい……お互いの成長を約束して別れると言った、 青春パートを経験したのはリュートの記憶にとっても新しい。
そこに無理やり同行した
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