第28話
燃え上がる炎とは、
そう
「あっぶねっっ!? 」
神界での厳しい修行にて会得した【回避】スキルのお陰で、 届かないと分かってはいたとしても。 眼前を
初めての命のやり取りを伴った戦闘、 そして敵対国家での作戦行動にて味わった心と体の疲労を惰眠を貪る事で回復したリュートを待っていたのは、 実の父ラグナとの
「はっはっは! これも
実の息子に向かって喜々とした表情で大剣を振り回すその姿は。 “竜殺し”の二つ名を持ち、 グランディニア大陸
しかしながら、 やはりその実力は疑いようもなく確かなものであり。 今現在、
何とか姿勢を戻したリュートが左手前方、 距離にしてほんの数メートル先にて大地に
「……くぅ!? 」
「ほう、 よく
迅速かつ大胆に振り抜かれる大剣は、 リュートに対して僅かな
人間というよりも大型の工作機械を相手にしているかような、
「やっぱ、 ファンタジーの住人やべぇわ 」
さて、 朝日と呼ぶにはやや暖かい太陽の下での会合を無事に終えた一同は、 その本題であった武器を用いた実戦形式の訓練へと移る運びとなったのだが。 いざ腰を上げてみると、 リュートはスウェントやアルとは別の班へと分けられる事が当のロイから発表された。
「リュート、 お前はラグナに着いて行け 」
「あれ、 親父と? 」
「ふっふっふ 」
「……まぁ、 別にいいけどさぁ 」
戦い方を教えてやる
何やら父親の様子が少しおかしい気もするが、 真面目な話が終わるまでは領主としての仮面を被っていたのか……或いは、 領の象徴であった自宅を失った悲しみを上回るだけの、
ともかく、 まだ治療の必要があるデヴォリを伴って村内へと戻っていく面々を首を
思い返してみれば、 こうしてラグナと二人っきりで何かをする、 と言うのは初めての機会かもしれなかった。 トゥールーズの地に生まれ落ちて以来、 リュートの傍には常に兄二人と弟の存在があり。 魔物の領域を目と鼻の先に抱えた土地柄上、 多忙にならざるをえなかった両親――特に父親――と接する時間はどうしても短いものであった。 リュート自身、 一から十まで望んで転生した訳でも無いのでどうしようもない事だが、 “息子”として立場を置き換えてみれば間違いなく扱いに苦労したに違いない。
「デヴォリはどうだった? 」
「……うん? まぁ、 強かったよ 」
「そうか……【インベントリ】、 起動 」
あれこれと思考を飛ばしていたせいか。 リュートがあやしい返事をした時にはもう既に、 ラグナは森を背にするように向き直っており……加えて、 次の動作へと移っていた。
“起動”の掛け声と共に持ち上げられた、 男らしい無骨な左手の先には瞬時に漆黒の円が虚空から生まれ、 広がる。 対面したリュートから見るとやや隠れ気味となったラグナがそのまま曲げていた肘を伸ばすと、 指先から水面に沈み込むようにして
「お、 おおぅ…… 」
「うん?
「う、 うん 」
「まぁいい、 ほれ 」
ぬるっと人型から鳥の姿へと変態する何処かの使い魔とはまた違った、
それは勿論、 リュートがこのグランディニア大陸で生き抜くために必死でモノにした、 唯一と言っても良い武器である……大鎌。
両の
そのまま視線を上げていった先にあるのは、 当然ながらこの武器の最大の特徴である大きな鎌。
釘抜きの付いた金槌を薄く叩き伸ばした、 或いは黒板サイズ――教師用――の三角定規をそのまま柄に突き刺したようにも見えるそれは、 何処かの道路標識を引っこ抜いて持ってきたかのような珍妙さであり……
それはともかく、 慣れ親しんだ得物をある意味では
転生してリュートとなって――血肉を得て――から初めて振るう
「おぉ……ふむふむ……んん? 」
しばらくの間、思うが
「長さは……まぁ良いとして。 こんなに軽かったっけな? 」
丁度、 柄尻まで含んだ大鎌の全長がリュートの背丈とほぼ変わらない事はまぁ良いとして。 眼前の父親の様な、 完成とは程遠い肉体でしかない自分でも
「いい機会だ、 説明しよう 」
――心ここに有らずであったリュートの内心を見て取ったのか。 大鎌の旋回の終わり
「その得物の長さについては……ふむ。 これは―― 」
それは、 二十年以上に
いつもよりも遥かに
話を戻すが、 大鎌や大剣の“大”はどうやって決まるのかと言うのが今回の題目の一つ目であり。
結論から言えば、 その武器の使用者の腕の長さや身長で決まる。
武器として最もポピュラーな剣を例に挙げると、 使用者の肘から指先までの長さを越えなければ短剣、 越えたときは剣となる。 そして、 剣の長さが半身を越えた時は長剣、 全身を越えた物を大剣と呼ぶ。
この“使用者”と言うのが味噌で、
これは別に、 種族間の溝を埋められなかったとか言った話の類では無く。 単に、 【長剣】のスキルを持つ純人族が小人族用の長剣を用いたとしても
要は、 魔物を倒す為に用いられる武器において、 その本人の使い勝手以上に重要な事は無いという何とも実利一辺倒なものである。
つまり、 リュートがもつスキルが【大鎌】である以上、 その武器は最低でも柄尻から先端までの長さが今のリュートの身長とほぼ同等のものが求められるという訳である。
これに関しては、 グランディニア大陸に住まう人々の共通認識であり。 そういった意味では“仕様”と表現した方が、 リュートの理解が得られるであろう。 無論、 納得がいくかは別として。
「――次に、 その素材は……まぁ、 これは訓練だからな。 模造品なのは当たり前だ 」
リュートが感じ取った軽さは、 ある意味では当然と言った所か。 流石の“竜殺し”とは言え、 実の息子に初めて与える武器に間引きされていない――実戦使用の――刃の付いた物を与えたりはしなかった。
ただ、 リュートが受け取った大鎌の色が黒褐色をしていると言う一点だけでも実は、 今回の訓練におけるラグナの気合の入れようを感じ取る事が出来る。
南部大森林を始めとする魔素の濃い地域のみに自生するこの木材は、 非常に硬い黒褐色の外皮と柔らかくもしなやかな心材を併せ持ち。 辺材だけでも十分な外壁に、 板目と
また、 贅沢にも若木を伐採する事で槍等の長物武器の柄としては、 大陸内でも最高峰の性能を発揮する事から“
以上のような事実を誇る事もなく、 ただ淡々と語るラグナの心境を
(「……ふっふっふ、 これか? これこそが“父親”かぁ!! 」)
――と言った声が漏れ聞こえる処か、
今彼は、 大陸中の父親が一度は夢に見る理想的な父親像――子供にキャッチボールを教える的なアレ――を他の誰でも無い、 自分自身で体現しているのだ。
長男のマガトは、
しかし、 マガトのメインとなる戦闘系スキルは【盾】なのだ。 片手が盾で
次男のスウェントは、 生まれながらにしてフォンになれないと分かっていながらも腐らず弟達の世話を焼き。 時には弟としてラグナには不可能な
しかし、 スウェントは
そんな二人の後に生まれてきてくれたのが、 ご存じリュート=ヴァン=トゥールーズである。
リュートは神界にて散々時間を掛けてもなお、 戦闘系では【鎌】系統のスキルしか習得し得なかった。 【鎌】、 【片手鎌】、 【鎖鎌】、 【大鎌】の四つである。
この中で、 【鎌】は【剣】のような言わばスキルツリーの根っこ部分にあたる為、 実質三択。 相手となるのが人よりも大きな体躯で、 優れた肉体や強靭な牙や爪を持ち。 魔術――の原型と考え得られている――すら扱う魔物である以上は、 長期戦を避け一撃で仕留められるだけの火力を求める事は自然の理。 実質【大鎌】一択であったと言える。
断じて……リアルな物理法則の影響下にある鎖鎌の分銅及び鎖部分では、 手首の
そんなこんなでラグナのやる気が炸裂……寸前まで高まっていた親子の
初戦は、 自分より大きな者に相対する際のある種の鉄板。 足元を狙い、 出来るだけ低い軌道での薙ぎ払いを放ったリュートが、 得物の長さを見誤って鎌先――鎌の先端――を鍬の様に大地に突き立ててしまい……絶望的とも表現できる無手での攻防を強いられる形で始まった。
「……はぁ、 はぁ、 はぁ 」
「……とりあえずは、 こんな所だな 」
「ふぅ~ 」
互いに五分の条件で始まった模擬戦である以上、 攻防……と取り繕ってはみたものの。
リュートに出来た攻撃は、 ラグナから
呼吸は散々に乱れ、 ラグナが戦意を解くや否や地べたに座り込んでしまう……まるで良い所が無かったリュートであったが。
「……成程ね 」
「…… 」
決して何も得られなかった、 と言う事は無い。
寧ろ、 ここへ来て
「……うん。 俺みたいな弱い人間は、 武器が無きゃ何も出来ない 」
「……そうだ 」
リュートの前世――つまり地球――においては、 武器とはあくまでも
「ただ扱えるってだけじゃダメなんだ。 低い所で満足してちゃダメだ 」
「……その通りだ 」
グランディニアではそうでは無い。 武器とは、 あくまで人が魔物と対等に戦う上での
「……あれ? だったら、 竜をぶっ飛ばして
「……んむふっ!? 」
そう、 リュートの父親であるラグナ=フォン=トゥールーズは紛れもない英雄である。
近年では類を見ない、 魔物の領域に直接乗り込んでの黒地竜の打倒及びその領域の解放。 また、 ラグナ達が“竜の巣”と呼称されたこの地域を攻略した事により、 かつて二十数年前にアルバレアの全地域を襲った魔物達の
その輝かしい功績が、 当時から色濃い影を生み出し。 それが今もなお、 アルバレア公国の日の当たらない場所に根付いていたとしても……たとえラグナ達が成した偉業が、 そう言った人の持つ“負の側面”から向き合う事を避けた――ある種の逃避としての――結果であったとしても。
「だったら、 今日から俺は…… 」
父親の背中――文学的な意味のそれ――を見て、 確固たる決意を心に決める……今まさに、 リュートは前世でその目に焼き付け、 愛読した筈に違いない
「……リュートぉぉ!! 」
「はぁ?? 」
反省がてら、
「受けろ我が剣! 我が闘志ぃぃ!! 」
――それこそリュートの関知し得ない所で燃料を蓄え続け……たった今、 炸裂したばかりの暑苦しい父親が意気揚々とその得物である大剣を振り下ろす、 その姿であった。
「ちょっ!? ちょっと待てよ親父ぃぃ!! 」
「待たん! 今の俺の息子への愛と情熱は、 万年雪すら溶かして見せるぅぅ!! 」
「……くっそがぁ! その言葉、 生きて必ずお袋に伝えてやる!! 」
「お、 おいぃ!? アリアの名前を出すのは卑怯だろうぅぅ!! 」
この日、 ラグナがかつてこの地・トゥールーズにて火を
この時より二年の
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