第17話
双剣の相手に対して、 手数に劣るテュレミエールは接近戦を避けてある程度の距離を保ったまま男と打ち合っていたが……二人の対峙はそう長い時間は続かなかった。
相手が夜襲でもって攻めてきた背景から、 本音で言えば時間を稼ぎたいテュレミエールであったのだが……その狙いは当然、 相手側も把握していた。
「ふっ、 竜殺しの居ないこの村にこれ程の使い手が居たとは……正直に言って誤算だった 」
突如、 敵対する相手から告げられた称賛とも言える言葉に、 テュレミエールは綺麗に整ったその眉を釣り上げた。
何となく打ち合っていた様子から、 盗賊や野盗の様な野蛮な雰囲気を感じなかった為に思わず気を抜きそうになってしまったが、 自分に加えてミリエラとフローラントの援護を合わせた三対一の状況で押しきれない……非常に危険な相手であることに間違いは無かった。
「アタシは別にこのまま……そうだね、 いっそ朝までアンタに付き合ったって良いんだよ? 」
挑発と共に、 自身を鼓舞する意味も込めて強気な発言を口にした。
ふと横目で周囲を見回せば、
確実に戦況はこちらに傾きつつあった。
当初は領主館の焼き討ちと言う蛮行に、 面食らってしまったトゥールーズ側であったが……双方の人数にそこまで差が無かった事と、 初っぱなの大魔術があれ以来は襲って来ていない事が要因と言えた。
それに加えて――
「やはり夜襲を決めきれなかった事が大きいか…… 」
――眼前の男が語った様に、 ザグリーブの魔術による警戒網で夜襲を事前に察知出来た事が大きかった。
仕組みは知らないが、 流石は大陸随一の商人だとテュレミエールは内心で感心していた。
そのザグリーブは、 今は食堂前にてダズと共に
「そちらの目的は知らんが……故郷を守ろうとする者の士気を甘く見たな!! 」
投降を
自身の身長を僅かに越える長槍の穂先を男へと向ける。
「ふむ、
テュレミエールの言葉に応じるかの様に、 男は双剣を携えたままの両腕をだらりと下ろしたかと思えば……即座に右手を頭上高くに掲げた。
視線をそちらへと移したテュレミエールの視界には――
「っっ! みんな逃げろ!! 」
――先刻、 領主館を焼き払った火属性の大火球が映っていた。
朝日が昇ったかの如く、 トゥールーズの夜空に輝く火球を前にして……テュレミエールは敵に背を向ける事しか出来なかった。
炎が燃え盛る音と共に、 地上へと舞い降りる大火球……それはこの場の面々には、 防ぐ事の叶わぬ攻撃であった。
轟音と激しい閃光を撒き散らした敵方の大魔術が、 領主館の付近へと着弾したその時……ダズとザグリーブはその様子を食堂の前で眺めていた。
あまりの出来事に一瞬固まってしまったダズであったが、 ザグリーブの叫ぶ声が彼の意識を現実へと呼び戻した。
「……来るぞ!! 」
年甲斐も無く、 ザグリーブが体の前方に抜き身のカットラスを緊張した面持ちで構える。
彼の額からは滝の様な汗が流れ出していた。
ここまでの魔術を用意して来た敵方の狙いは――
「ほう、 やはりその先か 」
――リュートかアル、 その身に違いないとザグリーブは考えていた。
ゆらりとした足取りで、 此方へと歩いてくる双剣の男。
テュレミエール達が抜かれたと言う事実はあまり考えたく無いが、 この眼前の敵の実力が彼女達を上回っていたと言う事だ。
「俺が仕掛ける……援護を頼む! 」
片手剣を携えたダズが、 悲壮とも見える決意を顔に浮かべながらもザグリーブへ告げる。
彼とてトゥールーズ村の一員だ、 ここまで来た敵の狙いも……守るべき者が誰なのかも、 十分に理解していた。
「行くぞ!! 」
雄叫びをあげ、 事前に想定した通りにダズは腰のポーチから二つ程の球体を手に取って投擲した。
その方角は北、 しかも双剣の男の頭上遥か向こうに。
「……っ!? 」
ダズの投擲に対して一瞬身構えた男であったが、 その方向が明後日を向いていた為に直ぐ様投擲物から目を切って迫り来るダズを迎え撃った。
男の後方で発光する飛翔体が、 彼の影をザグリーブの方へと伸ばす。
その影をザグリーブが踏むことで発動する闇属性の魔術“影踏み”。
対象の移動を阻害する効果を持つ攻勢では無い補助魔術で、 この場において最適とも言える選択肢だったのだが――
「無詠唱か……惜しかったな 」
――その狙いは男に読まれていた。
男は咄嗟にザグリーブへ向けて懐からナイフを投擲し、 魔術の発動自体を阻害したのであった。
「くっ!! 」
ザグリーブの左の太股にはしっかりとナイフが突き刺さり、 痛みに耐えきれずに膝を落とす。
彼の左足がナイフを中心として朱色に染まる。
【魔紋】を持ってして魔術名を隠したとしても、 発動に必要な魔素が集められなければ魔術は発動しない。
「うぉぉぉぉ!! 」
「ふっ! 」
奇襲が
「ぐぁぁぁぁぁあ!? 」
食堂の壁面を突き破り、 室内へと転がり込んだダズ。
足の痛みからか動きの鈍ったザクリーブも、 男の追撃によって戦線から排除される。
そして――
「此処に居たのか……探したぞ、 少年 」
――遂に男の刃は、 二人の元へとたどり着いたのであった。
壁の向こうから聞こえた声に対して、 リュートは直ぐ様反応した。
相手の目的や魂胆等は分からなかったが、 ここまで来たと言う事は……そう言う事だ。
「アル! 逃げろ!! 」
眼前に迫った男から目を逸らさずに、 リュートは叫んだ。
籠城など
本来は、 負傷者の収容の為に空けていた空間で敵と鉢合わせるとはこの場の誰も思っていなかったが。
リュートの転生の事実をどうやってか知った何かしらの勢力が、 彼を狙ったと言う事も頭に浮かんだが……それは彼に取っては大した問題では無かった。
何せリュートには知識チートの為の学力も、 内政チートを行えるだけの引き出しも無いのだ。
伊達に
もし敵の目的がリュートの異世界の知識を狙ったものであったならば、 彼は行き先がどこぞの密室だろうと敵対者に対して全力でプギャーしてやる覚悟を固めていた。
だが、 もし狙いがアルなら……アルの持つ【地属性】スキルの希少性にあったならば、 そう考えると体が自然と前へ出ていた。
「覚悟は出来ている様だな……行くぞ! 」
人様の村に大火球をぶち込んだくせに、 律儀に正面から向き合おうとする相手に対して……リュートは震える体を意思の力でもって押さえつけて背筋を伸ばし、 威勢良く相手へと中指を突き立てて盛大に
「俺を倒せたら……お前に俺のあだ名を付けさしてやんよ!! 」
某野球映画の背番号99を気取ったリュートの宣言は、 当然ながらグランディニア人には伝わらずに戦闘が始まった。
いや、 相手がたとえ日本人だったとしても古すぎて伝わらなかった気はするが。
双剣を構えた男が、 壁面に空いた穴から食堂へと踏み込まんとしたその時……食堂に空いた穴の一面には、 リュートが展開した【魔紋】が浮かんでいた。
「ちっ! 貴様も無詠唱か!? 」
舌打ちした男はその場から飛び退き、 戦場は室内から屋外へと移行した。
リュートは男を追って食堂から飛び出そうとして――
「リュート君!? 」
――泣きながら自身を呼び掛けるアルの声に反応して立ち止まった。
アルは人から殺気を、 本物のソレを他人から向けられた事が今まで無かった筈だ。
その足は震え、 腰が抜けたのか中々立ち上がれずにいた。
そんなアルに向けて、 リュートが振り向いて声を掛けようとした所で――
「ぐはっ!? 」
――リュートの脇腹を衝撃が襲った。
勢いに押されて室内へと転がり込んだリュートに対して、 ゆったりとした歩みで食堂へと踏み入った男が告げる。
「戦場で油断して膝蹴りくらった坊主、 って名前で良いか? 」
食堂に備えられた魔導ランプに照らされたその姿は、 盗賊には見えなかった。
全身を黒一色で染め上げているものの、 どこか毅然とした佇まいで……痛みに堪えながら敵の顔を見上げたリュートには、 どこか父ラグナを見る時と同じ様な思いが過っていた。
「がはっっ! 何で
食堂の床に倒れ込んだままで息を吐きながらもなお、 悪態を吐いたリュートを見て男が告げた。
「どうにもならん事も有るんだよ……世の中にはな 」
その瞳に、 やり場の無い憤りが浮かんだ様にも見えたは一瞬の事だったのか。
男の表情は冷徹な戦士のものへと切り替わり、 アルを拘束しようと動き始めた。
「はぁっ!! 」
男の意識が完全にアルへと向いた瞬間、 レイラが持っていた短剣を駆け出した勢いそのままに男の背後から振り抜いた。
「ちっ!! 」
だが男には通じず、 敢えなく躱されてしまう。
彼女の存在を厄介だと感じたのか、 男は体勢を崩しながらも手刀でレイラの首を打ち付けた。
「レイラっ!? 貴様ぁぁ!! 」
リュートが必死に叫ぶも、 レイラは床へと倒れ込んだまま動かない。
強い怒りを瞳に宿らせて男を睨み付けるリュート。
再び男に向けて挑もうと彼が隙を伺っていた所で――
「うぁぁぁぁぁあ!! 」
レイラが倒された光景を見たアルが、 男へと向かって立ち上がると叫びながら走り出した。
その反応に男の方も驚いたのか、 反射的に腰のホルダーから予備のナイフを抜き出し――
「バカ! やめろアル!! 」
「えっ? 」
「……!! 」
「……ちっ!? 」
――リュートが気力と魔力を振り絞って、 アルと男の間を割って入るように飛び込み……そこで二人を庇おうとして立ち上がったレイラの腹部に、 男の突き出したナイフが鈍い音を立てながら、 革鎧を貫いて彼女の背後から突き刺さっていた。
リュートとアルを何としても守ろうとしたのであろう。
背中から胃や腸の辺りにかけてナイフが突き刺さったまま、 二人の体を歯を食い縛って必死に男から遠ざけようとしていた。
「レイラ……レイラっ! 動いちゃダメだよ!! 」
レイラに抱えられたままのリュートが、 必死にレイラを制止するも彼女はその動きを止めない。
少しでも、 ほんの少しでも二人を男から遠ざけようと、 床を這いつくばる様に。
「リュート! アル!! 」
そこへテュレミエールが室内へと駆け込んで来た。
彼女も相当急いで来たのだろう、 息は絶え絶え、 顔は
床に飛び散った血液と、 背中を真っ赤に染めながら動くレイラ。
そして彼女に必死に呼び止めるリュートと、 茫然としたまま口をパクパクと開閉しているアルを見て……彼女は事態を察した。
「ちくしょう……誰か! 誰でも良い!! 今すぐお湯を湧かしてくれ!! 」
敵の姿が既に見当たらなかった為、 彼女はレイラの治療を優先した。
敵が退いた理由が気にはなっていたが、 その事は依然として外で警戒を続けている仲間達に託す事として即座にレイラに向かって手持ちのポーションを浴びせかける。
戦場で培ったその知識と能力を、 全力で発揮しようとリュートに指示を送る。
「おいリュート! お湯だ、 お湯を出せ!! 」
レイラの腕の力が弱まった事で彼女の腕の中から這い出したリュートが、 テュレミエールの声に応じて【魔紋】を展開した。
どこか目の焦点が定まっていなかったが、 魔術自体は正確に発動されていたので彼女はレイラを優先した。
「レイラさん! 気をしっかり持つんだ!! ほら、 アンタ達も声を掛けろ!! 」
迅速に処置を行っていたテュレミエールだが、 徐々にレイラの目から力が失われ始めた為に、 懐からアルを引きずり出して必死で声を掛けた。
「レイラ! レイラっ!! 」
漸く正気に戻ったリュートも、 精一杯呼び掛けた。
既に背中のナイフは抜かれ、 レイラは横向きに寝かされていた。
リュートがレイラに顔を近付けると、 彼女の目に少しだけ力が戻った。
「……レイラっ!! 」
顔をくしゃくしゃに濡らしながら声を掛けるリュートに気付いたのか、 レイラの手がゆっくりとリュートの顔へと動き……リュートの目から零れる涙を拭うように、 彼の頬をそっと撫でた所で……レイラの手が音を立てて床へと崩れ落ちる。
愛する者へと向けるかのような、 穏やかな表情を顔に浮かべたまま……レイラは息を停止した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます