第15話

 テュレことBランク冒険者であるテュレミエールが、 リュートやアルに対して出自を疑う様な言葉を掛けたのには幾つかの理由があった。


 まず一点目はザグリーブに対する態度だ。

 彼は場の空気が先程より明らかに重くなった現時点でも、 好好爺こうこうやとした様子を依然として崩していないが。

 そもそも、 ザグリーブは例え貴族では無いとは言え、 年端のいかない子供が気軽に接する事の出来る相手では無い。

 物理的な意味でも精神的な意味でもだ。


 マルケス=ザグリーブ。

 神算鬼謀をもってして、 一代でアルバレアだけでなく大陸全土に名を馳せた大商人。

 商業ギルドの重鎮としても知られるこの男は、 数年前に自信が商会長を勤めたザグリーブ商会を後継に譲ったものの、 前述の通り商業ギルドの幹部として未だ各方面に強い影響力を持つ。

 いくら本人が許したとしても、 とおに満たない少年が気安く付き合える相手では無い。


 第二に、 トゥールーズ領の戦士達はラグナ達の功績もあり、 殆どの冒険者にとっては尊敬と畏怖を持って接する相手だ。

 その為、 些細な情報であっても噂話として酒場の話題に上るのだが……ラグナ=フォン=トゥールーズに三人目の息子が生まれたと言う話は何処にも出回っていない。


 第三には……リュートとアルの頭髪の色である。

 グランディニアでは、 所持する魔術スキルの属性によって髪色や肌の色が変化する、 と言われている。


 “魔素に染まる”


 と言えば良いのか、 【火】であれば赤、 【風】であれば緑、 【水】であれば青、 【土】であれば茶の様に。


 ラグナの場合は【火】と【土】を持つが、 【火】の方が影響が強い為に燃えるような赤髪。

 妻アリアの場合は【水】の上位属性である【氷】を持つために青よりも深い藍色の髪を持つ。

 魔術スキルの鍛え具合によって変化するので、 レベルの様な指標として考えられている。


 大抵の冒険者は、 余程腕に自信が無い限りは頭髪を染める事で自身の手札を隠そうとする。

 彼女達“雷花”の面々の場合は、 ラグナ達と同様に既に実力が知られている為に隠していないのだが、 この言わば慣習・・はギルドに仮登録する十歳前後から始まる。

 昨年も、 公都スーダッド=アルバレアの学園に四属性の使い手である金髪の少年・・・・・が入学したと話題になった程だ。


 アルの髪色は以前にも述べた通り光沢を放つ程の“銀”。

 これは【地属性】によるものだが、 【地】の使い手は世間一般では見掛ける機会が無い為に殆ど知られていない。

 更にリュートの髪色は……前世と同じく黒をベースとしてはいるが、 所々に青や緑のメッシュが入っており、 一目ひとめ見ただけで複数属性の使い手と分かる。

 十歳前後の年齢で複数の魔術スキルを扱う者など、 他種族に比べて魔術スキルに適正のあるエルフの中でもまず居ない。


 以上の理由からテュレミエール達“雷花”の面々は、 二人を見た瞬間から疑問を抱いた。

 ザグリーブの態度から警戒はしていないものの、 見るものが見れば明らかに怪しい・・・・・・・少年達。

 問い質さずにはいられなかったと言う訳だ。


「ザグさ~ん! 俺達がそんなに怪しいんなら、 もっと早くに教えてよ…… 」


 リュートは彼女の質問に対して、 ザグリーブへと愚痴を投げ返す形で答えた。

 村の誰も指摘してくれなかった為か、 本人達からすれば寝耳に水の話だったのかもしれない。


「ワッハッハ! 一般的な冒険者からどう見られるか、 と言った所も学ばんといかんよ。 ハッハッハ!! 」


 一方のザグリーブは、 リュートの愚痴をこれ痛快とばかりにに笑い飛ばした。

 彼は知っていても敢えて口にせず、 実地で学ばせたかったようだ。

 一人笑い転げる大商人の姿を見て、 彼の意地の悪さに呆れながらもテュレミエールがリュート達に問い掛ける。


「じゃあアンタ達は……地毛・・だって言うのかい? その頭が 」


「地毛もナニも、 こんな田舎で髪なんか染めてどうすんのさ? 」


 直ぐ様切り返したリュートを見て、 話が通じていない事を理解した“雷花”の面々は頭を抱え始めた。

 彼等がもうすぐギルドへ仮登録する事も聞き及んでいたので、 余計に心配が募る。


「この村はどんな教育してんだい、 一体…… 」


「あれじゃないか? 此処には始めっから腕利きの冒険者しか居なかったから…… 」


「まぁ、 それで…… 」


「……納得 」


 思い悩むテュレミエールに対してシルワーヌが推測を述べると、 聞き役に徹していたフローラントとミリエラもここぞとばかりに相槌を打つ。

 聡い冒険者である彼女達は、 自分達にザグリーブが護衛を頼んだ理由に察しが付き始めていた。

 パーティーを代表して、 テュレミエールがザグリーブに問う。


「ザグリーブさん…… 」


「ま、 そういう事だよ。 少しばかり常識に欠ける子供達だが、 此処に居る間は面倒を見てやってくれ 」


「これも含めての高額の依頼料って訳だね…… 」


「いくら何でも、 高過ぎるとは思いましたが…… 」


「……理解した 」


 依頼の裏にあった事情を彼女達が理解した所で、 ザグリーブはリュートの方へと向き直った。

 その表情は一貫して穏やかなままであり、 親と言うよりも教師が教え子に告げるような口調で口を開いた。


「と言う訳で二人とも。 彼女達から学べる事をしっかり盗みなさい 」


「はぁ……分かったよ 」


「よ、 よろしくお願いします 」


 うだつの上がらない返事をして、 保護者ラグナが村を空けていた為に自分達の時間遊びを満喫していた少年達の自由は、 無情にも今、 ここで終わりを告げた。





 本日の、 雷花の面々による一般的な――冒険者にとっての――お勉強を終えた一同が迎えた夕食時。

 一行は七人全員でレイラの食堂へと来ていた。


 熟練の冒険者である“雷花”の面々は野営等の機会がある為に簡単な料理は出来る。

 食材は村の保存庫や領主館にある上に、 大人達はインベントリにも食料を保存しているのだが……やはりここは彼等にとっては旅先だ。

 自分達の作る物よりも、 現地の物を欲するのは当然と言えた。


「レイラさん、 これ何のお肉ですか? 」


 パーティーの中で最も料理の得意なフローラントが、 目の前の木製の器に並々と盛られて湯気の立つポトフの様なスープの料理から、 一匙スプーンで掬い上げながら尋ねた。

 夕時の食堂は、 食事の開始を待ちわびていた女性陣の歓喜で溢れ返っていた。


「あぁそれね、 ワイバーンだよ 」


 調理や給仕の際は明るく振る舞っていたレイラだったのだが、 食材の話になった途端にやや疲れた表情で言葉を返した。

 その事を不審に思ったフローラントが、 更に言葉を続けた。


「えっ、 ワイバーンって高級食材じゃないですか……なのにどうして? 」


 この世界の魔物は、 大抵が食べられる上に高位の魔物ほど味がしっかりしている為……単体でも人の驚異となるワイバーンはアルバレア等の都会では高級食材として扱われている。

 その為にフローラントを始めとした“雷花”の面々や、 美食に慣れている筈のザグリーブでさえも喜んで箸を進めていたのだが……。


 ふと周りを見てみると、 どうやらリュートやアルだけでなく、 来客と一緒に食事を取ろうと集まっていた村の居残り組の者達も表情が冴えておらず、 あまり食事が進んでいないようだ。


「正直、 飽きたんだよね……これ 」


 村の意見を代表したリュートが、 ハッキリと主張した言葉に対して当然ながら面倒見の良い――やはり良かった――シルワーヌからお叱りが飛んだ。


「こらリュート! 作ってくれたレイラさんに対してもだけど、 ワイバーンを狩った人に対しても失礼だよ!! 」


 僅か一日で、 彼等がお互いを名前で呼ぶ程に打ち解けていた事実に驚く村人達ではあったが、 この後の言葉によって、 彼等の驚きよりも“雷花”のメンバーやザグリーブの受けた衝撃の方が大きいものとなった。


「いや、 ホントにね……私達も飽きてんのさ…… 」


 げんなりした様子で告げるレイラに、 やるせないため息を吐くダズを始めとした村の面々……ドワーフのモルゲンに至っては料理に手もつけずにひたすら酒を煽っていた。

 一体何があったのかと尋ねるフロウに、 レイラがポツポツと語りだした。


「ちょっと前まで居たおっかない“先生”って人……あぁかたって言えば良いのかね……その方が居る間は、 ラグナ様やアリア様なんかがやたらと張り切っちまってね……氷漬けされてるから実際、 腐りはしないんだけど……村の保存庫にも各家庭にも、 本当に腐るほど・・・・あるのさ、 この肉ワイバーン …… 」


 ワイバーンを飽きる程に狩った事に驚けば良いのか、 その事実を当たり前として受け入れているこの村の住人達に驚けば良いのかが咄嗟に判断出来なかったフローラントであったが、 ここで自分が黙ってしまっては場の空気を悪くしてしまう、 と彼女の人の良さがそうさせたのか、 めげずに言葉を返した。


「あれ、 でもラグナ殿やアリア様は遠征に出られたのですよね……ならその食糧に持って行かれたのでは? 」


 ラグナを殿と呼び、 アリアを様付けしたフローラントに対して何やら不穏な空気を感じたリュートであったが……そこは彼女の魔術士としての考え方がそうさせるのだろう、 と思う事にして差し当たっての質問に答えた。


「親父もお袋も、 『緊急招集だから、 荷は軽い方が良い!! 』とか抜かしてお土産分すら持って行かなかったよ……ここ数年、 肉はワイバーンしか食ってないんじゃない? 俺達…… 」


 リュートの言葉によって、 更に重たい空気となってしまった食堂。

 フローラントはあたふたしながらメンバーの方を見るも、 そこに居たのは明後日の方向を見ながらいそいそと食事をき込む仲間達の姿であった。

 言い出しっぺの責任なのか、 彼女はたった一人でこの事態へと立ち向かう事を強いられていた。


「な、 なら! その先生と言う方に責任を取ってどうにかして頂けは良いのではないですか!? 」


 気持ちが高ぶったのか椅子から立ち上がり、 見事に育った豊満なバストをつきだして断言したフローラントであったが――


(「「「「ゴーレムに肉を食えとは言えんなぁ…… 」」」」)


 ――より一層、 事態を悪化させただけであった。

 四方から突き刺さる冷ややかな視線に、 フローラントの感情が爆発寸前まで達した所で――


「ワッハッハ! 皆さん、 私の職業をお忘れですか? 」


 ――救世主が舞い降りた。


「そうだ! ザグさん引き取って! 領主代理の権限で安くしとくからさ!! 」


 ザグリーブの発言を受けて、 間髪入れずにリュートが返す。

 ここで使わずしていつ使えと言わんばかりに領主代理の話を持ち出す辺りに事態の深刻さと言うか、 真顔で同意する村の面々の表情からは切実さが感じられた。


「幸いにして私のインベントリは容量が人より多いからね……それなりの量を取引させてもらうよ、 勿論通常の価格で良いさ。 ここは私にとっても大切な場所だからね 」


 何とも太っ腹なザグリーブの言葉に沸き上がる一同。

 何とか事態の収拾が付いて一人安堵の息をつくフローラントを余所に、 トゥールーズ村の食堂は勢いそのままに宴会へと突入して行く。


 レイラが取って置きの酒を豪快に振る舞ったかと思えば、 それをモルゲンが一人で飲み干してしまい……ザグリーブもインベントリに備えていた貴重な食材を提供し、 場の空気に乗っかったリュートが領主館自宅から父ラグナの秘蔵の逸品――勿論お酒――を持ち出した所で宴はピークを迎えた。


 その際にシルワーヌから掛けられた、 『何でアンタはザグリーブさんの事を“ザグさん”って呼ぶんだい? 』との問いに答えたリュートの台詞は、 悲しいかな誰にも理解されなかった。


「渡辺って先輩が居たら、 みんな“ナベさん”って呼ぶだろ? 」


 トゥールーズ村には今日も穏やかで暖かい時間が流れる。

 迫り来る不審な人影に気付く者は……未だ居ない。


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