第二章
第14話
グランディニア大陸歴 1075年 トゥールーズ村内
季節は再び巡り。
リュートがトゥールーズ村で迎える、 十回目の春。
数え年で十歳になるこの時期を迎えた者から、 各種ギルドへの仮登録が可能になる。
辺境に位置するこの小さな村にはギルドが存在しない為、 最低でも飛竜山脈の反対側の麓にある町、 アドルードまで直接リュート本人が出向かなければならない。
マガトから遅れること六年、 スウェントからでさえも三年。
リュートとアルにも漸く、 本当に漸く村の外へと出られる機会がやって来ようとしていた。
「マガト兄さんの時もスウェント兄さんの時も、 アルはびぃびぃ泣いてたよな 」
「もう、 リュート君! それは忘れてよ~!! 」
村人達による壮行会の様な催しも開かれ、 アルは兄のような存在を見送る度に、 涙で頬をべっとりと濡らしていた。
通例であれば、 今頃リュートとアルを送り出すそれが開催されるタイミングであったのだが――
「こんな時にギルドからの召集なんて……エジルさんもリーナさんもツイてないよなぁ 」
「僕を見送るまで一歩も動かないって、 駄々をこねてホントに大変だったよ 」
――現在のトゥールーズ村には、 領主夫妻もペイルレート夫妻も居ない。
それどころか食堂の主である非戦闘員のレイラとダズの姉弟の他、 最低限の人員しか残っていなかった。
「風竜もこんな寒い時期に出てこなくても良いのになぁ 」
「よっぽど食べ物に困ったのかなぁ…… 」
グランディニア大陸の東側に位置するアルバレア公国、 その中心地である公都“スーダッド=アルバレア”の近郊に風竜が襲来した為、 ラグナ達は席を置く冒険者ギルドからの緊急招集を受け……彼等は春を待たずにトゥールーズ村を出立してしまったのだ。
「おう、 お前らこんな所におったのか 」
領主館の庭に置かれた木製のベンチに腰を下ろし、 まったりと今後の予定――要は何をして遊ぶか――等を話し合っていたリュートとアルの背後から、 しゃがれた声が掛けられた。
「モルさん、 どったの? 」
「こんにちは、 モルゲンさん 」
声色で相手を判断した二人は、 振り向きざまに返事をする。
その視線の先に居たのは、 彼等の予想通りにモルゲンであった。
トゥールーズ村で唯一の鍛冶師の男性であり――
「ったく、 あっと言う間に俺よりデカくなりやがって…… 」
――この村唯一のドワーフである。
がっしりとした体格と、 顎のラインに蓄えられた見事な髭が、 彼の種族をありありと主張していた。
順当に成長したリュートは、 この年代の平均身長程度には背が伸びていた。
一方のアルも彼なりに成長したのだが、 村の中で最も小柄なモルゲンと熾烈な争いを繰り広げていた。
つい先日の対決――背比べ――で漸く勝利を飾った所だ。
「んで、 モルさんはリベンジでもしに来たの? 」
リュートがからかうような口調でモルゲンへと声を掛けた。
彼はアルに身長で抜かれた日は、 それはそれは落ち込み、 真っ昼間からやけ酒に走っていたのだ。
なお、 グランディニアのドワーフは全員が全員、 無類の酒好きと言うわけでは無い。
「バカ野郎、 んなことより来客のご到着だ。 一応はお前が領主代理だろうが、 リュート 」
どうやらトゥールーズ村に来客が訪れた為、 見回りをしていたモルゲンが現状で唯一の領主一家の人間であるリュートを態々呼びに来たようだ。
「あれ? ザグさんなら明日の到着予定じゃなかった? 」
リュートが口にした者は、 マルケス=ザグリーブと言う名の商人であり、 トゥールーズ村に出入りする許可を持つ数少ない商人の男性である。
「やっこさん、 えらく張り切って来たみてぇだぞ……まぁアイツなりにお前らを心配して来たんだろう。 さっさと顔だしてやんな 」
そう言い残したモルゲンは、 用は済ませたとばかりに村の南側に自ら拵えた工房へと帰って行った。
「んじゃ、 まぁ行きますか、 アル 」
「お供しますよ、 領主代理様 」
「まぁ代理の代理の代理だけどな 」
服に付着した草等を軽く叩き落としながら、 二人は村の玄関口へと歩き出した。
二人がトゥールーズ村の北門へとたどり着くのと同時に、 門前で車座になっていた一行が立ち上がった。
内訳は白髪の
どうやら何とも羨ましい編成で、 ここまでやって来たようだ。
「ザグさんごめん! 到着は明日って聞いてたからさ!! 」
年長者と言うよりは、 長年の友人を出迎える様な気軽さで近づいたリュートが一行へと声を掛けた。
その様子を女性達が、 咎めるような視線で見つめている。
「おぉリュート君! 悪いとは思ったんだが、 待ちきれずに急いで来てしまったよ!! 」
リュートが声を掛けた直後は不穏な空気が走ったものの、 ザグリーブが返事をするのと同時にその空気は霧散した。
この二人、 未だ数回しか顔を合わせていない関係ではあるものの、 かなり親しい間柄のようだ。
握手をしたと思えばお互いの肩を叩き合い、 そのまま談笑を始め出してしまった。
アルはその様子を離れて、 どこか羨ましそうに眺めていた。
「ザグリーブさん……アタシらにも紹介して下さいませんか? 」
置いてけぼりにされていた女性陣の中で、 最も長身の女性が堪らず割って入った。
根雪の残る飛竜山脈を越えて、 やっとの思いでトゥールーズ村へとたどり着いたのだ。
彼女達は早く暖かい室内に入り、 温かい風呂に入りたかった。
「あっと! ごめんねお姉さん
自分に話し掛けた相手が、 落ち着ける状態では無い事に気付いたリュートが一行を村内へと招き入れた。
彼女達は今、 旅を終えたばかりの所なのだ。
当然装備は着けたままであり、 清潔にしていたではあろうがやはり少し汚れていて土臭い。
ザグリーブがいち早く招きに応じ、 村の中へと踏み入る。
釣られて女性陣もおずおずとトゥールーズ村の門をくぐった。
「よ、 よ、 ようこそ! トゥールーズ村へ!! 」
すると、 門の手前で待機していたアルが、 初めて会う、 しかも若い女性に緊張しながらもぎこちない笑顔で歓迎の挨拶を送り――
「……こんな綺麗な
「まぁ……可愛いらしいですね…… 」
「…… 」
「ちょっとミリエラ! あんた鼻血出てるよ!! 」
――アルの挨拶は女性陣に“こうかばつくん”だったようだ。
無事にトゥールーズ村へと到着したザグリーブと護衛の四名は、 そのまま村の北よりに位置する領主館へと通された。
と言うかトゥールーズ村の施設には、 住民達の住居以外には食料等の保存庫と、 東側にレイラの自宅兼食堂、 南側にモルゲンの自宅を改造した工房しか無い。
よって来客を通す建物は、 領主館しか無いのだ。
「ふぅ……シャワーまで頂いちまって、 すまないねぇ 」
「ここいらの冬は、 かなり冷えるからね 」
浴室から出てきた女性陣を代表して、 先程の長身の女性がリビングにてリュートに対して礼を述べた。
仕事とは言え、 何時までも薄汚れたままを女性陣が望むはずも無く……彼女達は真っ先に浴室へ駆け込んでいったのだ。
この領主館には、 高名な冒険者であるラグナとアリアの実力を証明するかのように室内のいたる所に便利な魔道具が備えられている。
当然、 浴室には魔石の補充さえ忘れなければいつでも温かいお湯が出る環境が整えられていた。
リュートは前世での知識がある為、 割と当たり前のように思っているが……浴室はそれなりの高位の者の家にしか無い。
「さて、 私らもようやく落ち着いたから、 自己紹介をさせてもらうよ 」
一同が暖炉の前のコの字に配置されたソファに集まった所で、 自己紹介が始まった。
暖炉の前にはソファが無い為、 一応は上座の位置にリュート、 アルのホスト側とゲストのザグリーブが座り。
彼女達は向い合わせで二名ずつ座る、 と言った配置だ。
「アタシがアルバレア冒険者ギルド所属のパーティー、 “
長身――百七十センチ程度――でやや赤みがかった髪色のスレンダーな女性、 テュレミエールが先人を切ってリュートとアルに挨拶をした。
今はインベントリへと収納しているが、 外では彼女の身長よりも長い槍を杖がわりに拵えていた。
「じゃあ次は私だな。 同じく雷花のシルワーヌだ、 私もシルワで良い。 ランクはテュレと一緒でBだよ 」
女性にしては、 しっかりとした体格のシルワーヌが続いた。
黄土色の髪色で、 片手剣と半身を隠せる大きさの盾を扱っていた。
いかにも面倒見が良さそうな外見だが、 彼女はリーダーでは無いらしい。
「……同じくミリエラ。 ランクはC、 よろしく 」
「あぁ、 アル見て鼻血出してた人ね。 こちらこそよろしく 」
三人目はミリエラ、 若草色の髪の毛が背中まで伸びている。
彼女は女性陣の中で最も小柄な――と言っても流石にリュートやアルよりは高い――体型で、 所謂
さっそくリュートにツッコまれ、 顔を微かに赤らめていた。
その為なのか、 やや居心地が悪そうに今も弓を膝の上に置き、 弦の部分を弄っている。
「それでは最後になりました、 同じく雷花のフローラントと申します。 私もミリーと同じでCランクです。 フロウと呼んでくださいな。 」
丁寧な口調で挨拶したのが、 フローラント。
水色の髪の毛がウェーブがかっており、 優しげな印象をより深くしている。
なお、 彼女は背はミカエラより高くシルワーヌスよりは低いが……最も女性らしい体型をしている、 要はバインバインだ。
ここでは冒険者のランクについては詳細は省かせてもらうが、 一般的にCランクでいっぱしの冒険者、 Bランクは一戦級だと考えて良い。
つまり彼女達はそれなりの実力者である。
四人の自己紹介を受け、 リュートがソファから立ち上がった。
本来であれば代理でも領主は領主なので、 彼一人が立ち上がる必要は形式的には無いのだが……その辺りは気にしない、 と言うよりも考えていないようだ。
「俺はリュート。 親父とお袋が出征中で、 兄貴二人もアルバレアの方に出てるから……一応は領主代理かな? ようこそ! トゥールーズへ!! 」
不自然に思うかもしれないが、 リュートの言う通り今は彼がトゥールーズ領の領主代理で間違っていない。
成人していなくともラグナの家族が今、 この村にはリュートしか居ないのでグランディニアのルールでは領主代理となるのだ。
なお、 慣例に従うのであればフルネームできちんと自己紹介をして、 権威を示すべきタイミングであった……スウェントが正式な挨拶のやり方を教えていた筈なのだが、 リュートの記憶には残っていないらしい。
「ぼ、 僕はアルフレッドです。 えっと、 エ、 エルフで……えっとえっと……リュート君のほさ? です! 」
アルの場合は、 これが大人の家族の居ない場面においての初めての自己紹介であった。
ド田舎の寒村で育った純朴な少年には、 異性――しかも妙齢の相手――への自己紹介は中々にハードルが高い。
これでも頑張った方だろうと、 アルの事情を知るザグリーブはしきりに頷いていた。
きっと後で何かご褒美が貰える筈だ。
「四人でパーティー組んでるの? 普通は六人って聞いたけど? 」
全員が着席した所で、 耳を真っ赤に染めたアルのフォローの為かリュートが割って入るように尋ねた。
ザグリーブは過去にこの場の全員と自己紹介は済ませていたので、 改めては行わなかった。
「あぁ、 本当はあと二人……獣人の姉妹も居るんだけどね―― 」
リュートの問いにテュレミエールが代表して答えた。
彼女達“雷花”は普段はグランディニアにおけるパーティーの基本単位である六人で活動しているらしい。
前衛一名、 中衛三名、 後衛二名のバランスの良さが売りで、 討伐・採集・護衛・輸送・教導・支援と様々な依頼の来る冒険者ギルドにおいて、 依頼の成功率の安定感に定評がある……とはザグリーブの弁だ。
「――アイツら竜殺し殿の方に着いて行っちまってね…… 」
「あぁ、 親父の方ね 」
「ラグナ様、 凄い人気なんですね~ 」
先日、 ラグナ一行がアルバレアの冒険者ギルドで風竜討伐の人員を募った際に出くわしてしまい、 二人だけでそちらに参加したらしい。
アルの発言にもあるように、 リュートの父ラグナは“竜殺し”と二つ名が付くほどの有名人であり、 今回の同行者は即ち
「まぁ、 そんな時にザグリーブさんから護衛の依頼を頂いてね 」
ありがたく飛び付いて、 トゥールーズ村へ来たそうだ。
ザグリーブしか出入りする商人が居ない為、 彼以外がトゥールーズ村への護衛依頼を出すことは基本的に無い。
ワイバーンが飛び交う幅の狭い峠道を、 用もなく通りたがる人間は居ないと言うことだ。
「アタシらの事は置いといて……アンタ達、 一体何者なんだい? 」
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