第13話

 グランディニア大陸歴 1071年 トゥールーズ村内





 アダゴレ君がトゥールーズ村に喚び出されてから二年、 即ちリュートが転生してから六年の月日が流れていた。


 現在の季節は冬。

 青々しく繁っていた草木は姿を隠し、 北にそびえる飛竜山脈や西に鬱蒼うっそうと鎮座する南部大森林も一面が真っ白な雪に包まれ、 これぞ銀世界といった様相を呈していた。


 村の住民達も冬籠もりしている為、 人影はまばらだ。

 そんなトゥールーズ村に子供達の声が木霊する。


「リュート! アル! 準備はいいか!? 」


 十歳になり、 春からは村を出て飛竜山脈の反対側の麓にある町――アドルード――での見習い生活を始める予定のマガトが大きな声を出した。


「いつでも~! 」


「どうぞー! 」


 マガトからは離れた位置、 これから雪かきをする住居の前に陣取るリュートとアルがこれまた大きな声で返事をする。

 六歳になった二人は、 厳しい寒さの中でも元気一杯に過ごしていた。

 二人の足元には精魂尽き果てた様子のスウェントが転がっている。

 その顔色は、 付近の雪と比べてもいい勝負をしそうな程度には悪い。


「なら行くぞ!! 」


 三人から五十メートルは離れているマガトが、 魔術の行使を宣言。

 前方へと掲げた右手の先には幾つもの魔法陣が現れ、 燃えるような赤色をした彼の髪と同様の色に光り、 輝く。


 瞬間、 魔法陣の数と同数の火球が出現し目標――屋根に降り積もった雪――へとひた走る。

 轟音、 とは行かずに……ポスンとやや気の抜けるような音を立てて屋根の雪へと着弾した火球は、 狙い通りに屋根の雪のみを溶かして姿を消した。


「おっしゃぁ!! 」


 遠くで叫びながらガッツポーズを取るマガトを余所に、 リュートは集中した様子で屋根から流れ落ちる水混じりの雪を見つめる。


「おぉぉぉ、 ちょっとこれはキツい!! 」


 雪が屋根の端から落下した瞬間、 リュートは素早く両手を屋根へと突き出してその勢いをコントロールすべく魔術を発動……するも制御が追い付かずに、 重力に従った雪は徐々に落下を続ける。

 リュートの両手の先では絶えず魔法陣が点滅――淡い光と強い光――を繰り返していた。


「アル! 」


「もうやってるよ!! 」


 このままでは雪の落下を食い止められないと思ったリュートが、 倒れたままのスウェントの避難をアルに要請。

 すかさずアルはスウェントを後ろから抱えて後方へと引き摺る。


 アルとスウェントが雪の落下範囲から離れた途端に、 リュートは両手を下げて自分の顔と胸を守るように動かし……ベシャっと鈍い音を立てて雪が地面と合流した。

 当然、 雪自体は咄嗟に繰り出した【水属性】の魔法陣の盾により防がれた。


「はい、 そこまで! 」


 その様子を更に離れて見守っていた、 アダゴレ君改めアダゴレ先生・・が一同に声を掛けた。


「反省会は室内で結構です。 アルが地面を均したら、 風邪を引かない内に中へと入りなさい 」


 そう言い切ると、 足早に領主館の扉を潜って中へと消えていった。

 アダゴレ先生は、 別に寒さが苦手な訳ではない……金属製の体を持つ彼は、 水分が嫌いなのだ。


 アダゴレ先生の言葉を受けた一同は、 マガトが三人の所まで駆けて行き合流するとアルの魔術を待った後に、 以前とは異なる隊列――主にマガトが――を組んでスウェントを介抱しつつ、 領主館へと駆け込むのであった。





「どうだスウェント、 年下に介抱される気分は? 」


 リビングにて暖を取っていた一同であったが、 今だ表情の冴えない隣のスウェントに向けて、 マガトがからかう様な声を掛けた。

 九時の位置から時計回りにペイルレート一家、 領主夫妻、 マガト、 スウェント、 リュートの順でソファに座っている。


「勘弁してよ兄さん…… 」


 スウェントはらしくもなく、 ソファに項垂れたまま答えた。

 彼が外で倒れていた理由は――


「貴方は基礎体力が低いのですから、 それを鍛えるのは当然ですよ? 」


 ――病気でも体調不良でも無く、 単にアダゴレ先生の方針によって全力で雪かき――屋根では無く地上部分――をさせられた為だ。


「苦手な事を苦手なままにしない、 確かに大切な事ですね 」


 暖かい紅茶で唇を湿らせたエジルが、 いかにもといった様子で同意を述べる。

 その横では妻のリーナだけでなくアルまで釣られて頷いていた。


 先程の訓練は、 マガトが魔術の同時展開と繊細な威力のコントロール、 スウェントは戦闘系のスキルを伸ばす為の下地作り、 リュートは大質量の水分の制御、 そしてアルは【地属性】の基礎となる【土属性】の習熟を兼ねた一石四鳥の目的を有した、 冬場の恒例となったものであった。


 依代よりしろ――と言うか憑代――の完成まで二年の歳月を有したアダゴレ先生は、 その間トゥールーズ村の教師の様なポジションへとちゃっかり着いており、 魔術だけでなくあらゆるスキルの伝道師となっていた。


 その体は魔素を多分に含んだ鉄――所謂“魔鉄”――で構成されており、 顔の表面に着けた仮面や衣服の下からは、 妖しく輝く黒い部品パーツが覗いていた。


「スウェント兄さん……マガト兄さんは根に持つタイプなんだから、 今は諦めなよ 」


「おいリュート、 そういうのは俺の居ない所で言えよ…… 」


「……リュート君はマガト様の居ない時は、 いっつもマガト様をほめてますよ? 」


「アル……そういうのは照れるから、 親の居る前ではやめてくれ…… 」


「マガト兄さん、 顔が真っ赤だよ……ふふっ 」


 リュートの投げやりなフォローとアルの天然が飛び出した所で一同は笑いに包まれ、 スウェントは直ぐ様兄をイジリ返したのであった。





「さて…… 」


 そのまま雑談混じりの昼食を済ませた所で、 ラグナがおもむろ に立ち上がった。

 動作自体はゆったりとしたものだったが、 一方でその表情が彼の内心を雄弁に語っていた。


「子供みたいなマネしないでよ、 もう…… 」


 そんな夫をたしなめる妻のアリアであったが――


「いやいや、 母さんもやる気マンマンじゃん 」


 ――彼女も待ちきれないと言った気持ちを隠しきれずに、 リュートに指摘されてしまっていた。


「ふむ、 まぁ本日も軽く相手をしてあげましょう 」


 食事は不要なものの、 体面上リビングには同席していたアダゴレ先生も立ち上がる。

 子供達の訓練が終わった今、 これから先は彼等大人の時間なのであった。


「済まないね、 リュート君……僕らにとっても同等以上の相手とやり合える機会は貴重なんだよ 」


 大人達の心境を、 この中では最年長となるエジルが代弁した。

 アダゴレ先生の教え子は、 何もリュート達だけに限らず……グランディニアで十指に入る冒険者のラグナやアリアでさえも、 教えを乞う立場となっていた。


「夏の間に、 魔石を狩り貯めておいて良かったね 」


 グランディニアの貨幣は銅貨、 銅板、 銀貨、 銀板、 金貨、 金板、 オリハルコン貨……と金種も種類自体も国家によって様々あるが、 魔石も貨幣替わりとして流通していた。

 内部に魔素を蓄積出来る魔石は、 あらゆる魔道具の動力源となる為にグランディニアでは何処へ行っても通用する非常に便利な代物なのだ……なのだが。


「今日は一体いくつ使うんだろうな…… 」


「ポンポン飛んでいくよね……魔術もお金も 」


 マガトと復活したスウェントの会話にあるように、 トゥールーズ村では大人達の戦闘訓練の度に凄まじい量が消費されていた。

 その理由は勿論――


「高性能な私だからこそ、 この程度で済んでいるのですよ? 」


 ――アダゴレ先生の動力源と魔術の源となっている為だ。


 魔術には幾つかの発動方法がある。

 魔素から、 と言う点には変わりは無い為に、 魔素と魔術を繋ぐ道筋ルートの様なものだと考えてもらえれば良いだろうか。

 詠唱式、 魔法陣式、 装填そうてん式と呼ばれ、 前者二つはそのまま魔術系のスキルとなっている。


 装填式とは魔石を媒体として魔術を発動するもので、 これは本来、 魔物が扱う技術でありスキルとはまた違った分類がなされている。

 魔物を解剖した結果、 魔術を扱う為の器官が特にこれといって無かった為に類推、 発見された比較的新しい技術である。


 魔石を交換する魔道具では魔法陣が予め刻み込まれている為、 装填式と言えばその通りなのだが……魔法陣が不変の為に、 魔石の魔素が尽きるまでは効果が一定となり術式の強弱がつけられない。

 その為に魔導ランプを街灯等に設置した場合、 夜が明けた際には魔石を取り外さなければ燃費が悪くなってしまう。

 そこで、 知能の高い魔物が状況に応じて魔術やその威力を使い分ける事からヒントを得た研究者達が、 そう言った不便を改善する為に日夜研究を重ねている分野であった。


 アダゴレ先生は体内に内包した魔石によって魔術を使い分けており、 戦闘時には性能スペックの劣る現在のボディのハンデを埋める為にも有らん限りの魔石を使い倒す。

 その為にラグナ達からしても対魔物だけでなく対人戦闘の非常に良い訓練となるのだ。


 ちなみにアダゴレ先生はグランディニアでの分類によれば、 “体内に魔石を有する、 人では無い者”なので、 バッチリ魔物である。

 彼が外部の者に見つかってしまえば、 先に述べた学術的な見地けんちからも分類上の観点から言ってもお縄まっしぐらなので……ゴーレムで有りながら衣服と仮面を着用し、 形の上では人の有り様をとっていると言う訳だ。


「じゃあ私達は外へ出てくるから、 後は頼んだわよ~! 」


 まるでデートへと出掛ける時のような軽い足取りで、 寒空の下へと向かう母アリアを始めとした大人達を見送り、 リュート達は反省会を始めた。


「しかし……あの面子を相手にして時間制限があると言っても一対四をこなすのか、 俺達の師匠は…… 」


 マガトが零した言葉にスウェントも続く。


「……リュートから聞いてはいたけど、 凄いよね 」


 そう、 銀河を駆ける超高性能ゴーレムのアダゴレ先生は、 その蓄積された膨大な経験値データから、 “竜殺しラグナ”と“氷の魔女アリア”と“神速の射手エジル”と“風読みリーナ”を一度に相手取ってしまうのだ……凄いのだ、 アダゴレ先生は。


 無論エルフであるペイルレート夫妻の、 本来の得物である弓が先生にはあまり通じない事も影響はしているが。


「ん、 まぁ俺らは俺らに出来る事をやるしかないっしょ 」


 リュートが端的に事実を述べた。

 散々“才能が無い”と言われた彼からすれば、 師匠や両親達が自分よりも遥か高みに居ることは、 あまり問題では無いのだ。

 ディフェンス面受けスキルは伸び悩むも、 ひた向きさには定評のあるリュートであった。


「あっ、 やっと【魔紋】が生えました!! 」


 黙って話を聞いていたアルが、 突然声を上げた。

 彼も漸く最近になってから、 自分の保有スキルを一人で確認出来る様になったのだ。

 それまではアダゴレ先生が対面に座り、 医師が子供に症状を尋ねるかのような手間を掛けて、 定期的に判明させていた。


「おし、 これで全員だな! 」


「うん、 記録しておくよ 」


「やったな、 アル! 」


「うん!! 」


 マガトがの成長を喜び、 スウェントが漏れのないように記録に納める。

 リュートはハイタッチでアルを祝福、 アルも笑顔でそれに応えた。

【魔紋】とは魔術系スキルの一種であり、 魔法よりも簡易なによって素早く魔術を行使する為の技能だ。


 魔法陣ではどうしても展開速度に時間が掛かる為、 アダゴレ流の強者との戦闘ではこの魔紋の使用がほぼ前提となる。

 リュートは神界での下地があった為に割とすぐ習得出来たのだが、 詠唱が一般的なグランディニアでは扱う者はあまり居ない。

 先の訓練で誰一人として魔術名を詠唱しなかったのは、 このスキルを習得ないし鍛える目的があったからだ。


「基本的にこういうスキルは“秘伝”みたいな扱いだからね 」


 スウェントが誰に言うでもなく語る。

 一時期は彼もこの事で悩んでいたのだが、 アダゴレ先生の薫陶くんとうにより無事に習得に至っていた。


「のどを潰されながらシゴかれたら、 誰でも覚えるよ 」


 嫌な経験を思い出しながらリュートが苦笑いで自嘲するように告げると、 マガトが続く。


「【詠唱】も【魔紋】も等しく鍛えなさい、 だったな…… 」


 アダゴレ先生の教えによると、 対魔物と対人戦では技術が違うので、 使い分けが必須のようだ。

 確かに詠唱式では今から行使する魔術名が相手に伝わってしまう為、 ごもっともなのだが。


(「……人間の敵はあくまでも人間ですよ、 か…… 」)


 春になれば今よりも多くの人に囲まれる環境へと移るマガトが、 心の中で噛み締めるように呟く。


 他にもアダゴレ先生は、 一足早く巣立つマガトへと向けて子供に教えるのは早いような考え方や技術を惜しげもなく彼へと注ぎ込んでいた。

 マガトの望みをアダゴレ先生は彼なりに真摯に受けとめ、 叶える為の方法や心構えを授けていたのだ。


「ん? マガト兄さんもうホームシックなの? 早くね? 」


 マガトがアダゴレ先生と直接話した内容を知らない為、 リュートは一人考えるマガトのそれをホームシックと受け取ったようだ。


「12歳から学園にも通うんですし……友達くらい出来ますよ 」


「そうですよ、 マガト様! ファイトです!! 」


 兄を慰めるように告げるスウェントとアルの言葉に、 マガトは思わず顎を乗せていた両手を崩してしまった。

 端的に言えば軽くズッコケた。


「お前ら……人が真面目に考えてる時に…… 」


「いやいやそんなの良いから。 反省会しよ、 反省会~ 」


 マガトの反論をリュートがいつものように軽く流し、 笑い合う一同。

 変わらない穏やかな日々が続いた中で、 変化の時はもうすぐそこまでに迫っていた。








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