第12話

 明けて翌日、 本日もトゥールーズ村では澄みきった空が広がっていた。

 この付近は気候帯で言うところの亜寒帯に属し、 今の時点の季節は夏の為、 冬期と比較すれば格段に過ごしやすい日々が続いている。


 昨日はあの後、 アダゴレ君の説教とサウスパンディットウルフの解体処理を優先した為、 本日改めて精霊の祠へと集まる事となった。


 集ったメンバーはリュート達の兄弟にアル、 昨日の大人四人と手の空いていたレイラとダズ。

 更にはアダゴレ君の存在に興味を抱いた村人達数十名……結局、 大森林の警戒と村の警護に最低限の人員を残しただけで村内のほぼ全員が足を運んだこととなった。


 まずは、 改めてアダゴレ君の自己紹介が行われた。


「私はさるお方にお仕えする、 銀河を駆ける超高性能ゴーレムであり―― 」


 自分はリュートの前世における師匠のような者(物? )であり、 アフターサービスの一環でグランディニアに顕現したらしい。

 今は精霊石に間借りしているが、 必要な金属が集まればそちらに意識を移す予定であるとの事であった。


「――私がこちらに現れた手法とか、 そう言う事は気にせずにその辺の川か海にでも流してください。 どうせ貴方達が考えた所で、 理解は出来たとしても到底実現出来ませんから 」


 何とも傲慢な自己紹介が終わり、 少し長い話になるかもしれない為、 アダゴレ君が領主のラグナに要請し、 一同は車座になって話を聞いた。





 ちなみに昨夜に渡って解体された狼達は、 肉は村の南にある保存庫や各家庭の魔蔵庫――魔石を動力とする冷蔵庫の様な物――に収められ、 その他の有用な素材――牙や爪、 皮等――は各自のインベントリへと収納された。


 インベントリとはギルドカードに付随された魔法・・の事だ。

 重量のみを無視した約一立方メートルの空間を各自の収納空間として活用出来る。


 簡単に説明するとグランディニアの魔術とは物理法則と同様に、 規則性・法則性を持った魔素をいしずえとした純然たる技術であり。

 魔法とは魔術の様な定められたルールを逸脱した効果・効力を発揮する、 人間には不可能な御業みわざの事である。


 インベントリをギルドカードに付与する技術は盛んに研究がなされているが、 現在の技術レベルではカードの複製のみが可能とされている。

 詳しい原理が判明していない為、 専門機関である魔導ギルドによって魔術では無く魔法に分類されている。


 では、 何故現在のグランディニアの各ギルドで実現出来ているかと言えば……それが連合の初代国王が攻略した迷宮施設からもたらされた物だからである。


 グランディニアの各種ギルドは、 十歳から仮加盟、 十五歳から本加盟が可能だが。

 このギルドカードの特典のお陰もあって成人したグランディニアの住人のギルド加盟率はほぼ十割、 つまりほとんどの人が何かしらのギルドに属している形となっている。


「それで、 そのエルフの少年が魔術を使えないと言う話でしたか? 」


 集まった面々に対して、 現在は石のオブジェ――本人的には大変に不本意――なアダゴレ君が確認の意味を込めて言葉を発した。

 粗方あらかたの問答が落ち着いた上、 喫緊の課題も無い為に元々の目的であるアルの件についての話となったのだ。

 静かに頷きを返す一同の中で、 張本人であるアルがポツリと呟いた。


「やっぱりおかしいですか? ボクはエルフなのに…… 」


 吐き出された言葉は失意そのものであり、 アルが周囲には一度も明かさなかった負の感情が垣間見た瞬間であった。

 アルの父、 エジルは思わず歯を食いしばる。

 だが――


「種族がどうの、 と言うのは極めてどうでも良いことですよ、 アルフレッド君 」


 ――毅然とした口調でアダゴレ君は告げる。

 彼にまともな頭部があったのならば、 眼鏡をこすり上げる動作が加わったに違いない。


「君の場合は単に知識の不足です。 まぁ多少珍しいケースですので無理も無いかとは思いますが 」


 眼前の石から告げられた言葉に、 俯いていたアルが何かに弾かれたかの様にその顔を上げた。

 銀河を駆ける超高性能ゴーレム――もちろん自称――であるアダゴレ君からすれば、 どうやら大した問題では無いようだ。


「さて、 それでは私も暇では有りませんから……とっとと始めましょうか 」


 こうしてアルの“はじめてのまじゅつ”がトゥールーズの青空の下、 始まった。





 スキルとは、 魂に刻み込まれた資格や技能である。

 ファンタジーな世界でありながら、 現実であるグランディニアにはステータス画面等は無い。

 その為、 一見すると自分が何のスキルを所持しているか分からなくなりそうにも思えるが……実はそんな事は無い。


 瞑想等により精神を集中させ、 自分の内側へと意識を向ければ意外と簡単に判明したりする。

 自分の事は自分が一番知っている、 と言う話だ。


 ただここで問題となるのが、 あくまでも自覚していない、 理解出来ていないスキルは持っていても発動とはならない。

 更にアイデンティティーが十分に確立されていない場合は、 自問自答が曖昧になってしまい、 自分の所持スキルがハッキリとしない。


 リュートの場合は精神性がきちんと育っている為、 問題にならなかった。

 彼は転生者なので、 中身はおっさんなのだ。

 最近はかなり肉体に精神が引っ張られて、 ある意味幼児化してしまっているが。


「まぁ近々に魔物と言う危険の迫っているグランディニアのような世界では、 あまり無いケースと言えますね。 何せ―― 」


 命に関わるから、 と言うのがアダゴレ先生の弁だ。

 アルは幸運にも周囲にしっかりと守られて育った為、 興味以外の要素で必要性が不十分だったのかもしれない。

 “必要は発明の母”

 の逆を行ってしまっていたと言う訳だ。


 魔術が扱えなければ自分を守れない状況であれば、 自然と備わる筈のスキルが備わらず。

 学者や研究者の居ない、 “実戦こそ師”と言う冒険者だらけのトゥールーズ村狭い世界で育ったが故の、 言わばエアポケットのような事態に遭遇してしまったと言う事らしい。


 長々と説明したが、 要はアルは自分が何の属性スキルを持っているか分からない為、 魔術が使えない。

 そして周囲にアルの持つ属性スキルを教えてあげられる人間が居なかった。

 実はこれだけの話であった。


「――時間さえ掛ければ自然と解決したでしょうから。 何と言うか焦りすぎですね、 皆さんは。 確かに珍しいと言えば珍しいですけどね、 最初に持つ属性スキルが【】と言うのは 」


 アダゴレ先生の話にホッと胸を撫で下ろしたトゥールーズ村の面々であったが、 最後に落とされた爆弾によって大騒ぎとなってしまった。


「な、 そんな…… 」


「まさか【地属性】とは…… 」


「これは流石に…… 」


 騒ぎ立てる大人達の様子を見て、 事態が理解出来ずにお互い見つめ合い、 言葉を交わすリュートとアル。


「何かすげぇらしいぞ、 アル? 」


「うん……よくわかんないよぉ 」


 と言うことで二人の頼みの綱、 知恵袋のスウェントの方を同時に見やる。

 二人からの視線を感じたスウェントは、 それに気付くと苦笑いしながらも解説を始めた。


「えぇっと、 何て言えば良いのかな……【地属性】って言うのは―― 」


 この世界の魔術における基本属性は四つ、 火・水・土・風である。

 そして上級属性とされているのが、 光・闇・炎・氷・地・雷の六つ。

 習得している人間が少ない事からこの六つの内、 一つでも扱えれば魔導士――魔術士の上位の存在――と言う、 特別な存在として扱われている。

 トゥールーズ村ではリュートの母アリアが【氷属性】を所持しているが、 魔物の中でも上位とされている地竜を狩る事が可能な大陸随一の冒険者達が集まっているこの村でさえも、 アリア一人しか居ない。


 ちなみにトゥールーズ村は、 位置的にも設立の経緯から言っても外部からは“秘境”だの“魔境”だの“単独でワイバーンを倒せる修羅達の住み処”等と揶揄されている。


 その中でも【地属性】は断トツで所持者が少ないとされており、 持ち主は半ば英雄の様な扱われ方をされている。


『地中から任意の金属を集める事が出来る 』


 この一点だけ取っても世の鉱夫や鍛冶職人、 財政に困った領主達の涎の的となっている、 真に実用性に溢れた属性スキルなのだ。


「――そういう事もあってね、 持っている事が分かったら……色んな所からのお誘いが飛んで来るようなスキルなんだよ 」


 スウェントの解説を聞きながら、 『へぇ 』だの『ほぉ 』だのあれこれと言っていた二人の出した結論は――


「アル、 お前就職率100%じゃん!! 」


「リュート君、 しゅうしょくりつってなぁに? 」


 ――であった。


 さて、 長い前置きを済ませたトゥールーズ村の面々は、 いよいよ実践の時を迎えた。

 アダゴレ先生の指示によって地面に描かれた魔法陣の上には、 突如トゥールーズ期待の星となってしまったアルがちょこんと座っており、 他の者は距離を取ってその様子を眺めていた。


「ではアル君、 そこに置いてある銅貨をよく見て下さい 」


 アダゴレ先生に言われた通り、 魔法陣の直ぐ近くに置かれた銅貨をじっと見つめるアル。


「では地面に両手を着いて、 そのお金と同じ様な色の金属……まぁ何でも良いんですよ、 ダイコンでもゴボウでも。 それが下から伸びてくるイメージを持って下さい 」


 金属……の辺りもだが、 銅貨……の時点で既にアルが首を傾げていた為、 アダゴレ君は急遽説明する内容を変更した。

 リュートと違って付き合いが短い上に、 アダゴレ君自身があまり幼ない子供と接した機会が無い為に、 大根云々は苦肉の策だ。


 グランディニアはファンタジーらしく、 一見何の味か分からない様な野菜が多いが、 実はリュートのよく知る野菜や植物等も普通に有ったりする。


「……準備が出来たようですね。 では貴方の足下が光ったら、 あのお金と同じ色の……何か・・を引っこ抜いて下さい 」


 最後の方は投げやりになりながらも、 何とか説明を終えたアダゴレ君。

 この説明で無理な場合、 もう教えるのを止めようとさえ思っていたりする。

 超高性能ゴーレムであっても、 今話題の保育士の資格スキルは持っていないのだ。


 じっと息を飲んでアルを見守るトゥールーズ村の皆さん。

 エジルとリーナはお互いの手を固く握りあっている。

 アダゴレ君は行ったことは無いが、 幼稚園のお遊戯の発表会とはこんな空気なのだろうか……何て思ったりしていた。


「ん~~! やぁ~~!! 」


 シンと静まり返った村の中心に、 この場の空気にはそぐわない程に力の抜ける掛け声が響いた。

 祈るように見つめる村人達と、 当人の大真面目な姿が余計にアダゴレ君の気力を削ぐ。


 果たして無事に、 魔法陣は銀色に光輝き発動された。

 アルが地面から引き上げた両手の中には、 僅かばかりだか鈍く輝く金属が生まれていた。

 ここへ来てアダゴレ君は、 地面との色の兼ね合いからもう少し稀少な金属――例えば金とか銀――にすれば良かった等と思っていた。

 もっとも金属が稀少であればあるほどに必要な魔力は増え、 術式の成功率は低くなる為に銅以外の選択肢は無かったりもするのだが。


「おぉぉぉぉ!! 」


「アルがやったぞ!! 」


「アぁぁぁぁルぅぅぅぅ!! 」


 一目散に我が子の元へと駆け出して行ったエジル・リーナのペイルレート夫妻。

 快活に喜びの声をあげる村人達とは、 異なる空気を一人(一体)感じているアダゴレ君。


「はぁ……来なきゃ良かった…… 」


 やいのやいのと大騒ぎする村人達に、 聞こえない程のボリュームで石のオブジェがこっそりと呟く。

 その呟きと言うか愚痴を耳にしたリュートが精霊石の元まで駆け寄り、 師匠に向けて疑問を呈した。


「師匠、 師匠の体って今、 どうなってるの? 」


 世界を跨いでグランディニアへとアダゴレ君が辿り着いた。

 他の者からすれば信じがたい内容であったが、 実はリュートにとっては割とどうでも良いことであった。


 何せ彼がこのゴーレムと初めて顔を合わせたのは、 神界と言う有り得ない場所であり。

 彼がそこで見聞きした事から考えれば、 アダゴレ君とその後ろに控えるアイツ・・・ならばこの程度の事は容易くやってしまうだろう、 と予測が出来たからだ。


 だからなのか、 リュートとってはあの“総アダマンタイト製”の体の行方のほうが気になってしまったのだ。


「あぁ、 そんな事は貴方が気にする事では有りませんよ。 それより早く私に少しでもマシな金属パーツを提供して下さい。 このままだと喋れても動けないんですよ、 私…… 」


 騒いでいた住民たちも二人の会話の間に落ち着いたのか、 アダゴレ君の言葉は周囲によく通った。

 石のオブジェの嘆きを聞いた大人達は、 これを聞いて慌ただしく動き出し……。


 この後、 実に二年を有してアダゴレ君の仮のボディは一端の完成を迎える事となった。




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