第11話


 彼方此方あちらこちらで枯れ木の割れる音が響く夕暮れ。

 精霊の祠を背景にリュートは、 いやリュート達は並んで地べたに正座させられていた。

 照明の代わりなのか、 所々に焚き火が用意されている為に日が落ちかけている割には周囲は明るさを保っていた。


 以前からの話にあった南部大森林に潜む不穏な影の正体は、 若きリーダーに率いられた狼――個体名はサウスパンディットウルフ――達であった。

 過去形なのは魔物の群れは村の有志達、 特に大半が領主であり、 リュート達兄弟の父であるラグナによって打ち倒されたからだ。


 リュートの召還の儀――もどき――と同時に村へと押し寄せたその数は三十頭超。

 大抵の冒険者のパーティーであれば苦戦処か命からがら逃げ出しても可笑しくない規模の群れであったが、 そこは相手が悪かったと言えば良いのか。


 【風属性】を持ち、 素早い動きで村人達を翻弄しようと企んでいたであろう狼達は、 ラグナの大剣の一振りによって巻き起こされた炎の波とも言うべき魔術によって村に踏み込むのと同時に肺を焼かれ……怯んだ所を村人達に一気に畳み込まれ、 敢えなくその命を散らした。


 グランディニアの生物は魔物であれ人間であれ、 ほぼ全てが【◯◯属性】と言うスキルを持つ。

 紅白のボールに入ったモンスターの例に宜しく


 火<水<土<風<火


 と言った関係が成り立つ為、 サウスパンディットウルフの群れは歴戦の【火属性】使いであるラグナの前に効果抜群の一撃を食らい、 虚しく散ったと言う訳だ。


 リュート達は魔物の襲撃と同時に祠の東側にあるレイラの食堂へと駆け込んだ為、 あやうく難を逃れた。

 だが、 魔物からは逃れられたものの当然村の大人達に見つかってしまったので、 魔物の処理が落ち着いた段階でラグナに呼び出されしまい説教と相成った。


 解体作業を他の村人へと任せた彼等の親であり、 村の主要メンバーであるラグナ、 アリア、 エジル、 リーナが正座させられた四人の前で仁王立ちしていた。


「それで、 何でお前達は領主館を抜け出した? 魔物の習性は口が酸っぱくなる程に言い聞かせた筈だが? 」


 大人達四名を代表してラグナが子供達へと問う。


 魔物は魔素まそを主食としている。

 魔素とは字の通りに魔術の素となる無色透明で目に見えない程小さい物質で、 グランディニアのありとあらゆる所に存在している。

 当然大気中にも含まれ、 それを呼吸や飲食によって体に取り込む事で人は魔術を扱える様になる……スキルの有無は当然だが。


 体内の魔素は魔術の使用によって減少する為、 これが枯渇すると魔術を打てなくなる、 言わば“MP”のような物だ。

 この魔素を体内に溜め込める量を《魔力》とグランディニアでは呼ぶ。

 つまり《魔力》が多い者ほど魔術の使用回数や一度に扱える魔術の規模が大きいと言う訳だ。


 先に述べた通り魔物は魔素を主食としている為、 魔素を他――小動物や植物等--より多く含む人間と遭遇した際は、 余程彼我の戦力差が大きくない限りは戦闘となる。


 ここで問題なのが、 魔物はある程度の知性を持つと言う点だ。

 屈強な戦士と女子供や老人であれば当然後者の方が襲いやすい為、 同時に遭遇した場合はまず弱い者から狙う。

 この習性がある為にリュートやアルと言った幼い者はある程度の実力がつくまでトゥールーズ村から出る事を制限されているのだ。

 この方針は概ねグランディニアでは一般的な物である。


「どうした? この非常時に外に出たのだ。 当然何か理由があったのだろう? 」


 顔を伏せたまま黙する子供達へ、 ラグナは言葉を続ける。

 彼も頭ごなしに怒鳴り散らしたりはしない。

 自分の息子達は興味本意に危険を犯したりはしない、 その程度の信頼は当然ある。

 信頼が故に、 余計に理由を尋ねたと言う訳だ。


「えっと……っ!? 」


 リュートが言葉に詰まりながらも口を開いたが、 隣に座したマガトから素早く腰を叩かれた為に直ぐ様その口を閉じた。

 ここは自分やスウェントに任せろと言う合図の様なものだ。


 マガトやスウェントも、 リュートが転生した事実を両親やエジル達に話す事自体には異論は無い。

 だが今はタイミングが悪いと言う事だ。

 村人達とは多少、 距離が離れているもののやはりこう言った大事な事は然るべき時と場所で話すべき……少なくとも村のど真ん中で正座しながら話す内容では無い、 と考えていた。


「どうした、 リュート? お前から何かあるのか? 」


 しかし先のようなやり取りを大人達の目の前で繰り広げてしまっては、 何と言うか無駄な努力と言えるだろう。

 余計に不信感を煽ってしまっていた。


「父上……実は…… 」


 額どころか身体中に汗をかきながら、 マガトが顔を上げた。

 ここは長男、 と言うか兄として責任を被るべきだと考えたのか、 矢面に立とうとしたその時――


『マッタク、 私ヲ呼ビ出シテオイテ完全ニ放置トハ……ダカラ貴方ニハ才能ガ無イト言ッタンデスヨ 』


 ――リュート達の背面に位置する祠の辺りから声、 と言うか辛うじて聞き取れる程度の雑音混じりの音が響いた。


「な、 何だ今の音は!? 」


 思わず全員の視線がリュート達の背後へと集まったが、 そこにあるのは村の設立初期から変わらない精霊石――通常より魔素を多く含んだ石――が積み上げられた祠そのもの、 特に変化は見受けられない。


 慌てて周囲を見回す一同であったが、 やはりそれらしき物は何も見当たらず――


『私モ暇ジャナインデスヨ、 リュート。 ソレトモ馬鹿弟子・・・・トデモ言エバワカリマスカ? 』


 ――先程よりもややハッキリとした音が、 祠、 つまり精霊石からどういう理由か聴こえる。

 その台詞、 特に弟子・・の部分で漸く気付いたのかリュートが声をあげた。


「え、 えっ、 えぇ!? ま、 まさか師匠!? 」


『サッキカラソウ言ッテルジャナイデスカ、 コノ馬鹿弟子。 イイカラサッサト魔石、 ソレモ風ノヤツガソコイラニ有ルデショウ? サッサトソレヲ持ッテキナサイ! 』


「えっ、 はっ、 はい! 少々お待ちください…… 」


 言葉尻が荒くなりだした事に慌てたリュートが生返事を返して立ち上がった。

 他の面々は石が言葉を発した事に面食らってしまったのか……口を開いたまま固まってしまっていた。


 解体作業中の村人に一言二言話したリュートが、 サウスパンディットウルフから取り出された魔石を幾つか抱えて祠へと戻る。

 ちなみに魔物と動物の違いは、 体内に魔石が有るか無いかだけの話である。


「も、 持って来ました…… 」


 固まったままの一同の間をすり抜けたリュートが、 半信半疑のまま祠へと声を掛けた。

 するとリュートの腕の中にあった【風属性】の魔石が精霊石へと独りでに吸い込まれ――


「アー、 アー、 あ。 ふむ、 これで少しは聞き取りやすくなったでしょう? 」


 ――流暢なグランディニア標準語が広場に響き……。


「「「「えーーーっ!? 」」」」


 一同の驚愕の声が大音量で周囲へと響き渡った。





「――と言う訳なんだ……父さん母さん、 みんな……今まで黙っててごめんなさい…… 」


 その場に居た面々が大声を出してしまった為に、 解体作業や周囲の警戒をしていた村人達を呼び寄せる形になり……結局、 良い機会と言う事にしてリュートは自身の秘密――転生の事実――を集まった人々に告げた。


「どおりで…… 」


「流石に四歳にしては、 おかしいと思っていたが…… 」


 等と口々に感想を言い合う一同に対して、 ついでに自己紹介を済ませたアダゴレ君が声を掛けた。


「まぁ別段、 何らかの使命を持つわけでも特別な運命を持って生まれたわけでも無い……唯のちょっと賢いだけの少年ですよ、 彼は 」


 言葉を話す石――超高性能ゴーレムとは言え、 現在の見た目は唯の石――に自分の息子を結論付けられたラグナは、 何とも言えない表情でリュートへと言葉を掛ける。


「それで……リュート。 正直な所、 お前はどう思っているんだ? 」


 中身の年齢が自分とそう変わらないと言われた所で、 どう接すれば良いものか判断に困った為に質問は率直な内容となった。

 問われたリュートの方も、 顎に手を当てて少し考えた後で――


「えっと……俺の生前の知識とかスキルじゃ目新しい事業なんて出来ないから……取り敢えず五体満足と、 家族を大事にしていこうって思って……ます。 何せ前世の記憶何て無いし…… 」


 ――と返した。


「はぁ……そうか…… 」


 目標とかそういう話を聞きたかった訳では無かったラグナは、 深く、 それは深くため息を吐いた。

 それと同時に、 やはりリュートは自分の息子だと、 しっかりと面倒を見なければと言った思いが募る。


「少し驚いちゃったけど……貴方は大事な私達の息子よ、 リュート 」


 今まで黙っていた母アリアも、 慈母のような柔らかな眼差しのままリュートを正面から抱きしめた。


「うん……ありがとう、 母さん…… 」


 暖かい空気が一同を包み、 今まで秘密を抱えていたマガトとスウェントは安堵の息を吐いた。

 どうやら彼等の特訓も村人達にはバレていたらしく――両親には当然――いずれにせよ隠し通す事が困難な状況となっていたからだ。


「良かったね、 リュート君! 」


 アルも場の空気に乗っかったのか、 リュートへと声を掛けた。


「お前も巻き込んじゃって……ごめんな、 アル 」


 母の腕に包まれたリュートが、 首から上だけをアルへと向けて言葉を返した。

 これにて一件落着となったトゥールーズ村の人々だったが――


「それで……貴方は自分の尻拭いの為だけに、 私を呼んだのですか? 」


 ーー夏場にはそぐわない、 冷たい風が吹き抜けるかの様な声が広場に響いた。

 どうやらアダゴレ君はご立腹のようだ。


「あ! 師匠、 すいません! 実は―― 」


 本来の目的を思い出したリュートが、 アリアの腕の中から抜け出して祠の前まで戻り、 召還もどきを実行した理由を述べた。


「――アルが……魔術を使えなくて悩んでて……師匠、 と言うかロイなら何とかしてくれるかなって思ったら、 居ても立っても居られなくなって…… 」


 その言葉に最も反応したのはアルの父、 エジルだった。


「リュート君……君は…… 」


 余計な負担を掛けて、 と謝辞を告げようとしたエジルの言葉をリュートが遮る。


「いや、 正直上手くいくとは思って無かったから…… 」


 気にするな、 そう返されたエジルは思わず胸に込み上げるものを感じていた。

 彼の妻のリーナもエジルにそっと肩を寄せ、 頭を預ける。

 再び感動的な空気が蘇った所で――


「あんなデタラメな魔法陣で私を召喚出来るわけ無いでしょうに。 此方から態々わざわざ出向いたんですよ。 大体、 マスターは多忙を極めていらっしゃる上に…… 」


 ――血も涙も持ち合わせない、 石のオブジェが打ち砕く。

 リュートの召還もどきは陣の記述から……何から何まで正しくなく、 本来で有れば何も起きないものであったと。

 アフターサービスの一環で、 アダゴレ君サイドがリュートを注視しており。

 何やら魔物の襲撃も重なった様なので、 慌てて近くの適したサイズの人工物に憑依、 と言う形をとったらしい。


 世界を跨いで登場、 言ってみれば顕現・・した為、 本来の自身の超高性能のボディを捨てざるを得なかった様だ。

 その上で昼前から今の今まで放置された事が、 余程頭に来ていたのか……アダゴレ君の説教と言う名の愚直は、 その後も暫く続いたのであった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る