第9話

 

 マガトとスウェントによる、 年相応の言い争いが繰り広げらてれいたそれとほぼ同時刻。

 リュートはペイルレート家にて穏やかな食後の一時を過ごしていた。


 グランディニアでは未だに種族間のわだかま りが完全に取り除かれたとは言い難い状況ではあったが、 アルの両親――父エジル=ペイルレートと母リーナ――は二人とも当然エルフだが、 ヒューマン種のリュートに対してごく自然に接していた。


 同時にリュートも、 エルフであるアルや彼等に対して特に意識した事も無く、 トゥールーズ家とペイルレート家はお互いに所謂“ご近所付き合い”をする仲として交流を深めていた。


 今回のリュートのお泊まり・・・・は両家にとっては殊更珍しい訳では無い。

 単にまだまだ甘えん坊のアルが、 リュートと離れる事にグズった為、 特訓後のリュートがその足でペイルレート家にお邪魔したと言う流れであった。


「何時も済まないね、 リュート君 」


 新緑豊かな草原の草々をそのまま持ってきたかの様な鮮やかな緑色の髪を携えた青年が、 アルの我が儘に付き合わされた形になったリュートに労いの言葉を掛けた。

 家族三人で過ごすには、 やたらと広いとしか言えないリビングにてリュートは家主のエジルとテーブルを挟んで向き合っていた。


 リュートの父ラグナが荒々しくも精悍な太陽のような印象を持つ男性だとすれば、 彼は正に月と言えば良いだろうか。

 凛とした佇まいや落ち着いた振舞い、 燕尾服でも着ればそのまま執事に転職出来そうな程にある種、 男性として完成された雰囲気を身に纏っていた。


 彼の妻のリーナは、 リュートの母アリアと同じ様な可愛らしい容姿と性格をしている為、 アルは彼女に似たのであろう。

 そのリーナの方は先程うたた寝を始めたアルを寝室に抱えて連れて行った為、 今この場にはエジルとリュートの二人しか居ない。


「お互い様みたいなもんですよ、 アルと俺は 」


 四歳児の返す台詞では無かったが、 リュートは本心を隠すこと無くエジルへと伝えた。

 実の両親にはまだ転生の事実は伝えていない、 いないのではあるが恐らく自分の両親も何かしら事情を察しているとリュートは思っていた。

 その原因の一つがアルの存在であり、 此処に居るエジルの存在でもある。


 アルは知らない相手には殆んど口を開かないが、 知り合いや仲の良い相手に対しては非常に饒舌じょうぜつだ。

 リュートに対しても常に自分の両親の話をしている事から、 自分の両親にも間違いなくリュートや兄達がしている事を話しているに違いない、 と兄弟達は考えていた。


 一時はアルに対して秘密を守るように言い含める事を考えたりもしたのだが、 その計画は直ぐに棄却された。

 アルは何かを話すな・・・と言われたら、 普段から自分で自分の口を塞いでしまう程に隠し事の出来ない純粋な少年だったのだ。


 そのアルの姿にため息を吐いた三人に対して、 アルが泣いて謝る……と言った事件・・まで起きてしまった為、 リュートはアルの口から自分の秘密が漏れる事に関しては半ば容認する形で諦めてしまっていた。

 いつかは自分の口からキチンと両親や親しい者達に伝えなければとリュート自身も考えてはいるようだが、 今の所それはまだ実現には至っていない。


 ちなみにアルを仲間はずれ・・・・・にすると言う選択肢は、 一度たりとも兄弟間の議題に上がってはいない。


「リュート君が居てくれて本当に良かったよ、 あの子も毎日楽しそうに話をしてくれるからね 」


 一方のエジルも、 言外に普段の彼等――子供達――の行動を把握している事を匂わせながらも、 表面上は、 リュートに対しては何も言及しなかった。

 その事もあったが、 何より彼が本心からリュートに感謝している事が伝わって来た為にリュートも心からの笑顔で頷く事で彼の言葉に応えた。


「少し、 大森林の様子がおかしくてね―― 」


 暫し二人で世間話をした後の話題の転換に、 リュートは頷いて――今度は理解を示す意――話の続きを聞く為に姿勢を正した。


 エジルによれば、 どうやら最近の調査で南部大森林の魔物に異変を感じているらしい。

 基本的には魔物は領域テリトリーから出てこないものとされているが、 それは絶対の話では無い。


 小数でならば、 領域テリトリーの外周部から直ぐの距離に獲物ーー人間や動物ーーを見つけた際は領域テリトリーから出て狩り・・をする事案は報告に事欠かない程に存在している。

 彼等ーー魔物達ーーは別に何者か・・・そこ・・に在り続ける事を強いられている訳では無く、 単に生存本能と縄張り意識に基づいて行動しているのだ、 と有史以来の長年に渡る研究によって判明している。


 多数、 それも集団として領域テリトリーの外へ出現した事例も、 連合の初代国王没後に伴った戦争中や戦後は、 よく確認されていた。

 理由としては縄張り――つまりは領域テリトリー――の拡大を図ったものや、 強大な力を持った魔物が余所よそから突如襲来した事から逃げ出す為、 など様々なケースがあったらしい。


「――と言う訳でね、 暫くの間はあまり派手な・・・行動は慎んでもらいたいんだよ 」


 釘をさす様にも捉える事が出来る言い方であったのだが、 リュートはそれを純粋な心配によるものと受け取った。

 何せアルは二人――エジルとリーナ――にとっては念願叶って産まれて来てくれた子供だと言う事を、 リュートも聞き及んでいたからだ。


 種族差による寿命や生殖能力の違いはよくある話だが、 グランディニアではそこまで大きな差は無い。

 長命なヒューマンや獣人も居れば、 短命なエルフやドラゴニュートの話も有り触れていた。

 その為、 彼等の場合は単純に子供を授かりにくい体質だったと言う可能性が高い。


「わかりました、 状況が落ち着くまでは大人しくしておきます 」


 エジルの要求を、 リュートはすんなりと受け入れた。

 好奇心旺盛な子供であったならば、 ここで了承したフリをして後ほど隠れて大森林へと繰り出す場面であったが……彼は中身が成人した大人と言うだけでなく、 自身の力が不足している事を理解していた。


 トゥールーズ領が辺鄙な辺境である事に偽りは無い。

 偽りは無いが地理的な要因だけに留まらず、 この付近一帯は出現する魔物がやたら・・・強いのだ。


 北にはワイバーンの領域テリトリーの飛竜山脈が聳え、 東には海竜やクラーケンの出没が確認されている荒れた海が有る。

 そして西は狼や猪、 猿系の魔物が潜む南部大森林と言う、 正にキングオブ辺境とも呼べる位置にあるのだ。


『初期配置間違ってんだろ……あの野郎アロハは…… 』


 等と恩人を人知れず罵った回数はかなり多い。

 リュートが子供心に隣の街までどれくらい有るのかを尋ねた結果、 返ってきた答えが――


『あの山とワイバーンを越えた向こうだよ 』


 ――であったのだ。

 何故に自分の両親達が此処に村を築いたのか、 聞くのが恐くなってしまったリュートは未だにその答えを知らなかったりする。


 成人と見なされる年齢は十五歳だが、 各種ギルドへの登録は十二歳から可能な為、 リュートだけでなくマガトやスウェント、 勿論アルもそれまでは領内――イコール村内――から外に出ては行けない、 と厳しく言い含められていた。


 リュートの目標は現在“五体満足”と“家族を大事に”程度にしか決まっていない為、 この決定に否やは無い。

 四歳児がワイバーンに立ち向かうのは、 勇敢では無くアホの極み乙以外の何者でも無いのだ。


「実はもう一つ悩みが有ってね 」


 リュートが素直に大人の判断を受け入れてくれた事に安堵しながらも、 エジルにはまだ話したい事があったようだ。

 先程よりも雰囲気を少しだけ和らげたエジルの様子からすれば、 本命は大森林関連の話で、 これは余談の様なものかもしれない――


「アルが魔術を使えない事に悩んでるみたいなんだ…… 」


 ――否、 リュートにとって本命よりも大事な話であった。


 アルが四歳児にしてはかなりの《魔力》を有している事は、 彼を知る村内の人々には周知の事実であった。

 だがアルが魔術を発動させた事は、 彼が生まれてこの方一度も無いらしい。

 マガトの様な内側・・への魔術や、 リュートやスウェントの様に外側・・へ放つ魔術のどちらも出来なかったのだ。

 トゥールーズ式の属性診断も一度行ってみたが、 四属性の何れにも適性が見られなかった。


 元来、 エルフはヒューマンよりも魔術に長けた種族だと考えられており、 事実エルフには魔術の得意な者が多かった。

 エジルや彼の妻リーナ等、 その最たる例である。


 エジルはリュートの事情・・を言及はしない。

 だが、 やはり大事な息子の悩みを親として放っておく事は出来ないのかもしれない。

 リュートだけが持つ知識・・で何とかならないものか、 と言っているのだ。


「……残念ながら、 俺にも兄さん達にも解りません 」


 リュートは一瞬だけ唇を噛んだ後、 エジルに答えた。

 彼等も、 アルだけ魔術を使えない事を気に病んでおり、 色々な角度から試行錯誤してみたのだが……その何れも上手く行かなかったのだ。

 その内、 アルは自然と自分の魔術の話題を口に出さなくなったが、 魔術自体の勉強は熱心に続けていた。


 季節的に、 夜でもそれなりに暖かい筈の室内が二人には冷たく感じられていた。


「済まないね、 この事はアルがもう少し大きくなってからアルバレアやキクシュタルの専門家にでも尋ねてみるよ 」


 アルバレアとは連合から分離・独立――事実上――した四つの公国の内、 大陸の東に位置し、 トゥールーズから距離的にも付き合い的にも最も近くにある公国の名だ。

 十二歳から入学出来る学園を保有し、 様々な分野の研究と次代の担い手の育成に力を入れている国である。

 確かに大陸有数の学者や研究者が居るアルバレアであれば、 アルの事も何かしら解るかもしれない。


 だがリュートには一人だけ解決策を持った人物に心当たりがあった。

 その人物ならアルと会いさえ・・・・すれば、 簡単に解決してくれそうなのだが……それはつまり、 リュートの秘密を白日の下に晒す行為でもある為おいそれと決断出来る話では無かった。


「直ぐに何とかします、 とは言えませんが―― 」


 葛藤から絞り出したリュートの言葉に、 エジルが俯いていた顔を上げた。

 先程は気丈に振る舞っていたが、 アルをこれから先、 八年も魔術の使えない環境に置いてしまう事は彼にとっても苦渋の決断だったに違いない。

 表情から隠してはいるものの、 わらにでもすがりたい気持ちである事はリュートには容易に理解出来た。


「――アルは俺にとっても大切な家族・・ですから…… 」


 リュートも彼と同じ気持ちを抱いていたからだ。

 エジルは真剣な眼差しでリュートを見つめ、 リュートもそれに真っ向から応じた。

 二人の間に確認の言葉の必要は無く、 それだけでリュートの覚悟はエジルへと伝わっていた。


「遅くなってしまって済まないね、 寝室は何時もの所で良いかな? 」


 エジルの言葉にリュートは頷きと簡単な挨拶だけして、 馴れた足取りでいつも此処に泊まりに来た際に使う一室へと向かった。





 エジルはリュートを見送った後、 喉の乾きを覚えたので手元にあった水差しから木製のカップに水を注いだ。

 室内には、 夏場特有のやや寝苦しい程に高い気温がいつの間にか戻っていた。


「我ながら情けないものだよ、 子供に頼って…… 」


 飲み干したカップをテーブルへと置いたエジルは、 両肘を付き手を額の前で組んでから嘆いた。


 リュートの事情に関しては、 彼の予想通り息子のアルから何となくは推測出来ていた。

 子供によくある擬音や、 大人にとっては曖昧な表現の仕方が多いために正確な事情までは把握出来ていなかったが、 初代国王の歴史的な経緯等もあったので恐らく……と言う予想は立っていた。


 勿論リュートの両親達とも話はしていた。

 ラグナとアリアも当初は悩んでいたが、 今では自分の息子達を信じる事に決めたようだ。

 その為、 トゥールーズ領の人々は何があっても彼を守るべき対象子供として心に決めていた。


 その経緯が有ったのにも関わらず……エジルはリュートの子供で無い部分・・・・・・・に頼ろうとしてしまったのだ。

 ラグナやアリアは、 『リュート本人が了承するならば 』等と言ってくれていたが……エジルは自分の浅ましさが恨めしかった。


「ごめんよ、 アル…… 」


 今にも消え入りそうな声で、 エジルは愛する息子の名前を呟いた。


 我が子を愛する父親の願いは、 叶うことがあるのだろうか……その鍵を握る男は、 今このグランディニアには居ない。



 

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