第3話 休日の二人

「おかえりなさい」


 結局今日も帰りが遅くなってしまった。それでも遥は嫌な顔を見せずに笑顔で俺を迎えてくれる。


「ただいま。……すまん、今日も遅くなってしまった」


 ここしばらく帰りが遅い日が続いていた。早く帰ろうと思っても上司が仕事を振ってくるのだ。帰ったら遥が待っているというのに、ままならないものだ。

 遥と話をすることがあまりできていない。


「いえ、拓海さんは毎日がんばってくれていますし、気にしないでください」


 一瞬だけ寂しそうな表情がかすめるが、すぐに笑顔になる遥。だけど我慢をさせているみたいで俺が心苦しくなるばかりだ。


「いや……、でも……」


 気にするなと言われて気にせずにいられるわけもない。だからといって俺には返す言葉が見つからない。早く仕事を終わらせるということを実践するしかないのだ。


「だから、今はこれで拓海さん成分を補給しておきますね」


 気づかないうちに足元に視線が下がっていたが、ふわりと甘い香りが漂う。気が付けば俺は、遥に抱きしめられていた。

 ハッとして視線を上げると、いたずらが成功したみたいな顔をした遥がいる。


「きゃっ!」


 思わず抱きしめ返すと、弾力のある柔らかな体が腕の中に感じられた。勢いで遥の顔が俺の胸へとうずめられる。そのまま頭をなでていると、胸元から「えへへ」と声が聞こえてきた。可愛すぎるだろこれ……。


「今日もご飯冷めないうちに食べてくださいね」


 しばらくそうしていると、遥が顔を上げて促してくる。言われるがままにリビングへと向かうと、二人で夕飯を食べた。




 金曜日の夜。いつものように二人で夕飯を食べている時だった。


「明日は土曜日ですね」


 嬉しそうに遥がいつもよりニコニコと笑顔で告げてくる。


「そうだな」


 だけど俺の気分は沈んだままだ。


「どうかしたんですか?」


 そんな俺に気が付いたのか、不安そうに遥が尋ねてくる。


「ごめん……、明日は仕事なんだ」


 あんのクソ上司め……。定時直後に仕事を押し付けやがって、自分はライブがあるから休めないだと……!?

 内心の怒りを面に出さないように気を付けつつ、遥には謝ることしかできない。


「そう……、なんですか」


 しゅんとする遥に心が締め付けられる。遥が来てくれてから初めての休みだったのに、なんで仕事なんだ。こんなに寂しそうにしている遥をどうにかしてやりたい。


「でもほら、明後日は休みだから、二人で出かけよう」


 俺の言葉にハッと顔を上げる遥。


「本当ですか!?」


「絶対に明日で全部仕事を終わらせる」


「約束ですよ!」


「ああ、約束だ」


 嬉しそうにする遥に俺は気合を入れなおす。

 翌日、気合で仕事を終わらせた俺は日曜日を手に入れることに成功した。




「えへへ、これ美味しいですよ」


 食べかけのチュリトスが差し出されると、若干躊躇しつつも一口もらう。


「うん、美味しいな」


 俺は今まで遥自身のことには触れないようにしてきた。もちろん物理的に触れることもだ。スマホアプリから出てきただけに、何かあったら消えてしまわないかと怖かったこともある。


 それが……、間接……だと!?


 いやすでに食べた後だけど。躊躇しすぎるのも不自然かと思って食べてしまったあとだけど!

 まぁ深刻に考えるのはやめよう。遥と二人で楽しく過ごすのだ。せっかくの休日出勤を終えた日曜日なのだ。楽しく過ごさないと遥に悪い。


「ほら、これなんて拓海さんに似合うと思いますよ」


 そう言いながら、今度は黄緑色のジャケットを俺の体の前に当てて嬉しそうだ。


「そうかなぁ。あんまり派手なのは……」


 とかいいつつ、遥がいいって言うならいいのかな? と思考を放棄しそうな自分に苦笑いが浮かぶ。


「えー、一度着てみてくださいよ」


 ぷくーっと頬を膨らませながら言われたら、そりゃ着るしかない。それにジャケットならわざわざ試着室に入らなくてもいいし。


「わぁ、やっぱり似合いますよ!」


 仕方なさをおもてに出しつつ着てみると、賞賛の言葉が飛んできた。


「そうかな?」


 そう言われるとまんざらでもない気分になってくる。うん、買っちゃおうかコレ。

 決めた後は早いことに、紙袋を抱えてお店を出る。反対側の腕には遥がぎゅっと捕まっていて、その表情をみると上機嫌だ。そろそろおなかが減ってきたし、夕飯も外食にするか。


「はい、拓海さん。あーん」


 遥の注文したオムライスがスプーンに載せられて、俺へと向けられている。なんかこの年になって恥ずかしく思いつつも、口を開いてかぶりつく。すでに一回やったし、躊躇はない。そして美味い。


「じゃあ遥も」


 俺も自分のハンバーグをフォークに刺すと、遥へと食べさせる。


「美味ひぃです」


 咀嚼しながらしゃべるものだから、ちゃんと言葉になっていない。そんな様子の遥も可愛くてたまらない。こうして遥との日曜日は過ぎていく。


「はー、疲れました……」


 ふと気が付くと遥の眉間にしわが寄っている。ちょっと遊びすぎたかな。スマホで時間を確認するともう21時だ。電池残量も10%を切ってるし、そろそろ充電しないとな。


「そうだな。帰ろうか」


「はい!」


 こうして一日中デートを楽しんだ俺たちは、二人で手をつないで家路についた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る