第12話 三年

 ルミナが一緒に住むと決まった次の日、二人で買い物にいくことになった。これって初デート……。いや、お互い前のクエストで壊れた剣の代わりを買いにいくだけだし。アメリアから買い出し頼まれただけだし。ルミナの生活に必要な物を買うために町を案内するだけだし。緊張なんかしてないし。とか一人であれこれと考えていると、

「私この町初めてだから案内よろしくね、ルクス」

 と、ルミナがニコニコして話しかけてきた。

「うん、任せて。まずは武器を見ておこうか」

 冷静を装って答えるが心臓はバクバクと音を立てていた。くっ、情けない。たかが十三歳の女の子に動揺してしまうなんて……

 以前アルスに誕生日に剣を買ってもらった武器店へ向かった。この町では一番品揃えが良い店で、店主もきさくな方だ。

「よう、ルクスの坊っちゃん。今日はかわいい女の子を連れてデートかい?」

「ちっ、ちがいますよ。武器を買いにきたんです。なんか良い剣ないですか?」

「前の剣はどうしたんだい? あれも結構いい武器だったんだが……」

「ゴーレム切ったら、ボロボロになっちゃいました」

「わっ、私も折れちゃいました」

「お嬢ちゃんも冒険者なのかい?」

「はい、ルミナといいます。サンドラから来ました。一応C級冒険者です」

「C級! その年ですごいな! 坊っちゃんもC級に上がったんだっけ?」

「うん、C級にはこの前あがったよ」

「二人とも末恐ろしいな。ゆくゆくはランカーか」

 先ほどまでニコニコとしていた店主は急に眉根を寄せて真剣な顔をする。

 そしてちょっと待っていろと言って、店の奥に入っていった。暫く待つと両手にそれぞれ黒と白の輝く小ぶりの剣を持ってきた。

 黒の剣は、柄(持ち手の部分)と鍔(柄を握る手を守るもの)が白く輝き、逆に刀身が真っ黒ながら、光沢があり美しい。

 白の剣は、黒の剣とは逆で柄と鍔の部分が黒く輝き、刀身は真っ白になっている。自らが光輝いているようにも見える。これもまた美しい。

 しかし両方とも少し刀身が短い。子供用といった感じか。

 俺とルミナが剣に見とれていると店主がいつもと違う低いトーンで話しだした。

「この剣は、対になっている。希少な鉱石で作られているんだが、あまりに希少すぎてこのサイズしか作れなかった。この鉱石は特別な性質がある。この黒と白の鉱石が近くにあるほど強度、切れ味が増す魔法石なんだ。まるでお互いを守り合うようだろう。しかもどういう訳か、1人で持っても意味はない。おそらく持ち主の魔力が同じだと意味がないのだろうな。サイズ的にも、これを扱う実力的にもお前らにちょうどいいと思ってな。どうだ? まぁお前らがそんな関係じゃないって言うなら無理はいわないが……」

 俺がルミナを見ると目があった。ルミナの顔が少し赤くなっている。

「わ、わたし、その剣ほしいです。一目惚れしました」

「うん、俺もほしいかな。かっこいいし。でも高いんじゃ……」

 手持ちはこの前のクエスト報酬を合わせても百万ピア程しかなかった。話を聞く限りとてもこの金では買えそうにない。高価な剣や防具は数百万という金額が付けられる。

「私もそんなにお金ない……」

「はっはっは、金は気にするな。C級昇格のお祝いだよ。ただ一つ頼まれてくれ。俺はその剣を完成させたい。どの道お前らが成長して大人になるとその剣は小さく扱いづらくなるはずだ。だからそれまでに、この黒と白の鉱石を集めてみてくれ。そしたら、また打ち直して新しい剣にしてやる。まぁ俺からの個人的な依頼だな。剣は先払いってやつだ」

 なんていい人なんだ。

「わかりました。必ず集めてきます。ありがとうございます」

 ルミナと一緒に剣を受けとる。店主は剣に合う黒と白の鞘もつけてくれた。

 その後店主から鉱石について詳しい話を聞いた。鉱石の名はブラックロンズ、ホワイトロンズというらしい。問題はその入手方法だった。黒龍と白龍と呼ばれるドラゴンが絶命したとき、体が結晶化する。それがロンズと呼ばれる鉱石らしい。手に入れる為にはドラゴンを討伐するか、寿命で死ぬのを待つしかない。しかし、ドラゴンの寿命は長い。現実的には倒すしかないが、黒龍と白龍はドラゴンの中でも上位種らしい。もしクエストになればS級以上あるだろう。今まで普通のドラゴンは何度も戦って倒してきた記憶はあるが黒と白のドラゴンなど戦ったことはない。いや、見たこともない。今まで生きてきた世界とも違う所があるのかな。まぁ、本気をだせば倒せないことはないか。ただ見つけるのが大変そうだ。

 話をあらかた聞いて、武器屋をあとにした。背中には俺が黒、ルミナが白の剣を鞘にいれて歩いている。

 すると人気の無い道でルミナがいきなり前に走り出して、振り向いた。

「ルクス、この剣の為にも私達一緒にいないとね」

 陰りの無い眩しいくらいの笑顔だ。

「そうだね。一緒にいないとね」

 あれ、これプロポーズになってないよね? 

 俺も走ってルミナの隣に立つ。ルミナを見ると赤くなって下を向いている。

「じゃあ、次はお母さんのお使いだね。その次はルミナの欲しいもの買いにいくからちゃんと買うもの纏めておいてね」

「うん、わかった」

 その後、必要な物を買い揃えて家へ帰った。

「ただいまー」

 部屋に入るとアルスが荷物をまとめていた。

「どうしたの? 新しいクエスト?」

「あっ、いやちょっとな。アスールの王都に急な用事ができてな。少しばかり家をあけることになる」

「用事って何? 一人でいくの?」

「えっと、ちょっと知り合いのところにな。だから一人で大丈夫だ」

 よく見るとアルスの頬が手のひらの形に赤くなっている。アメリアにビンタされたのか。確かに昨日アメリアはアルスの何かに対して怒っていた。最後まで何に怒っていたのか分からなかったがそれが原因か? まさか離婚する気か? 荷造りしてそのまま出ていく気なのか?

 そうはさせるか!

「お父さん達、離婚するの? だからでていくの?」

 そんなことはさせまいと、悲しそうな、今にも泣きだしそうな声を出した。これでも演技には少し自信があるのだ。 

「違うのよ、ルクス。お父さんは本当に知り合いのところで少しお仕事があるの。お母さんは離れるのが嫌で怒っていたのよ」

「ルクス、俺はいつ帰ってこられるか分からない。少なくとも一年は帰ってこない。だから、ルミナと二人でクエストを受けなさい。次会うときは二人ともA級になっておけよ。そしたら次は三人でS級を目指そう」

 一年……長いな……いったい何の仕事なのだろうか……気になるが教えてくれそうにないな。

「わかったよ、お父さん。すぐA級に上がっちゃうから早く帰ってきてね」

「おう。母さんとルミナのこと頼んだぞ」

「まかせて」

 と拳で自分の胸を叩いた。

 アルスは安心したように笑い、家を出ていった。アメリアの方を見ると一粒の涙を流していたのを俺は見逃さなかった。


 それから三年の月日が流れた。

 俺は十五歳、ルミナは十六歳になった。この世界では歳が十五なれば大人として認められる。この世界でもやっと酒が飲めるようになる。まぁ俺は苦手なんだけど……お互い体も成長し、俺の身長はルミナを軽く追い越した。体つきもまだまだ細いが、筋肉がついてきているのが分かるようになってきた。ルミナは身長こそあまり伸びなくなったがどんどん女性らしい体つきになってきた。髪はツインテールから変わり、長い髪をポニーテールに束ねている。

 俺とルミナはふたりでパーティーを組み、クエストをどんどん達成していった。A級にもアルスが家を出てから一年後には上がっていた。それからはひたすらA級のクエストを受け続けた。三人でS級に上がるという約束を果たす為に。

 たった二人のパーティーで次々とA級クエストを黒剣と白剣で達成していくので、いつしかルミナには白き疾風、俺には黒き迅雷と言う二つ名がつくようになりプラシアでは知らぬ者はいないパーティーになっていた。二人合わせて疾風迅雷である。

 レベルも三年で結構上がった。レベルは730→735まで上がっていた。A級の魔物ばかり狩り続けていたのにも関わらず、これだけレベルが上がることはこれまでの転生では経験したことがなかった。レベル500を越えてくるとS級の魔物を狩り続けても一生で10レベル上げられるかどうかである。それを三年で5アップ。これが才能の力なのか。

 ルミナもその才能を見せつけた。52あったレベルが78まで上がっていた。もはや、三年前のアルスを越えている。たった十六歳でこの域まで達するのは普通でない。ただ俺と一緒にクエストに挑む為、其のたび力の差を見せつけられ、まだまだ足りないといつも言っている。

 これまでの世界でも天才や、神と呼ばれ100を越えるレベルを持つ者を何人も見てきたが、これ程まで成長が早いという者は記憶にない。将来どんな剣士になるのか楽しみだ。ちなみにルミナは魔法が苦手なようだ。あまり魔法を使うのを見たことない。その分スピードと剣技で相手を圧倒する。あの剣技は独学のようだが…… 

 いまだにアルスは帰らない。一体王都で何をしているのだろうか。毎月手紙は届くので生きているのは確かなのだが、何をしているのか、どこにいるのかは書かれておらず、さすがに心配になってきた。

 世の中も少し物騒になってきた。均衡を保ってきた三国のバランスが崩れかけているようだ。なぜかアスールの町やその同盟国だけが強い魔物に襲われているようだ。それにただ襲われているわけでなく、なぜかその国や町の主要な産業や資源を主に狙っているようだ。サンドラではオアシスだったように……

アスールも凄腕の冒険者を派遣しているようだが、町や同盟国につく頃には既にあらゆる被害を受けた後になっているが、その冒険者のお陰で国自体はなくならずにすんでいるのだ。たが返り討ちに合うケースも少なくなく確実にアスールにダメージは蓄積されている。プラシアは特にそういった被害にはあっていない。もしかしたら気づかず俺が倒してしまっているかもしれないが……

 アスールもさすがに他国の攻撃ではないかと疑っているようだか、相手は魔物。証拠もない。手を出せずにいた。俺も特に気にしてはいなかった。住んでいるプラシアは平和そのものである。もしプラシアがそういった魔物に狙われるのであれば話は別だが……


 そういった情勢の中でも俺達はいつもと変わらずA級のクエストを受けていた。

「ルミナ、そっちに逃げたよ」

「もう、またさぼって。たまには真面目にやりなさいよね」

 と文句をいいながら、逃げ出したジャイアントタイガーを追いかけ真白の刀身が首を跳ねる。大量の血が噴き出るが、刀身は白く美しいままだ。

「いやぁ、スピード自慢の魔物に走って追い付くなんてさすがだね、ルミナ」 

「いくら誉めてもダメなんだから。いつも私ばっかり働かせて。まぁレベル上げになるからいいんだけどね」

文句を言いながら白剣を鞘に納める。ムスっとした顔も可愛いな。

 三年の月日でルミナとは確かに仲良くなった。言いたいことは言い合えるし、一緒にいると楽しい。いつしかはっきりと俺はルミナのことが好きになっていた。だが、肝心の恋人になれたかというと何も進展がない。このままではまずい……本気でまずい……本当の姉弟のような関係になってしまう。と焦りながらも只々月日が流れている。

「はぁ、今日も進展なしかぁ」

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