第13話 決闘
「えっ、なんか言った?」
「いえ、何も言ってないです」
「変なルクス」
何をやっているんだ、俺……と呟きながら今回のクエストの報告をする為にギルドへ向かった。
「シャルルちゃん、こんばんわ」
「ルクスさん、何度言えばわかるんですか。シャルルさんです」
シャルルちゃんは三年経っても見た目は全く変化がなかった。相変わらず小さくて可愛いままだ。だから十九歳でありながらプラシアの冒険者達から未だにちゃん付けで呼ばれている。
「もう、いい加減シャルルさんと呼んであげなさいよ。ごめんなさい、シャルルさん」
「いえいえ、いいんですよ。もう慣れました」
この三年でこの二人は随分仲良くなった。最初出会った頃は何故かギスギスしていたものだが、いつしかルミナはお姉さんとしてシャルルちゃんを頼るようになっていた。二人が話しているのを見ると、ルミナの方がお姉さんに見えなくもないのだが。
「今日はジャイアントタイガーの討伐でしたね。見た感じ今日も問題なく達成できたようですね」
「まぁね」
俺が腕を組んで得意気に返事をすると、ルミナに軽く頭を叩かれた。
「今日ルクスはサボっていただけでしょう。倒したのは私です」
「はいはい、そうでしたね。ルミナさんのお陰です」
「わかればよろしい」
と言ってルミナも俺の真似をして腕を組んで偉そうにしている。
シャルルちゃんから報酬を受け取って、ギルド内にある食堂で夕食をとることにした。今日の献立は魚の塩焼きだ。ルミナも同じものを食べているが、俺が一匹であるのに三匹も皿にのっている。白米も自分の茶碗の三倍はあろうどんぶりにてんこ盛りにしてある。もう毎日のことでその光景にも慣れたものだが、よくそんな食って今の体型を維持できるものだ。幸せそうに食べるルミナを見ていると、後ろから誰かが話しかけてきた。
「よう、疾風迅雷のお二人さんじゃねぇか」
「なんだよ、ゴラン」
大柄でスキンヘッドの顔の厳つい男だ。三十代にも見えるがまだ二十歳になったばかりらしい。しかし冒険者であり、なんとランクはA級である。ルミナを気に入っており、自分のパーティーに入れたがっているようだ。なので、いつも一緒にいる俺に対しちょいちょい絡んでくるのだ。いつもは軽く流して収めるのだが、いい加減面倒くさいと思ってきた。
「なんだよじゃねぇよ、それに呼び捨てにすんじゃねぇ。大分年下のくせに生意気だな。その年でA級だからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ」
「はいはい、すいませんでした。ゴランさん」
と今日も軽く流そうとしていた。
「ふん、腰抜けが。なぁ、ルミナ。こんな奴ほっといて俺達とクエスト行こうぜ。腰抜けに合わせてクエストにいくのは飽きただろ」
と言いながら、ルミナの横の席に座る。
「ルクスは腰抜けじゃないわ。それに私は今のパーティーに満足しているから、あなたのパーティーに入る気はありません」
ルミナは凍り付くような冷たい視線で言い放った。
「こんな奴のどこがいいんだか。なぁ一回でいいから、一緒にクエスト行こうぜ。俺の強さを見せてやるからさぁ」
と言いながら、ルミナの肩に手を回し抱き寄せた。
「おい! その汚い手をどけろ」
机を叩き、立ち上がる。ゴランがルミナにふれた瞬間耐え難い怒りが込み上げた。
「あぁん? 誰に向かっていってやがる」
「お前だよ、ゴラン。お前こそA級だからって調子乗っているんじゃないのか」
俺はゴランを睨みつけ指をさす。ギルド内がシンと静まる。
ルミナも俺の言葉に驚いているようだった。
「おい、ルクス。もう後には引けないぞ。今までは年下だから多目に見てやっていたが、もう我慢できねぇ。決闘だ。まさか逃げねぇよな、腰抜けちゃん」
「こっちのセリフだよ。その決闘受けてやる」
同じギルドの冒険者同士で戦うことはギルドにより禁止されている。もし戦ってしまえばランクの降格、厳しければ冒険者としての資格を取り消される事もある。しかし荒れくれ者の多い冒険者だ。問題はちょこちょこ起こる。今回のように。
そうした時の為に、決闘制度が作られた。ギルドが審判として管理し、決闘を行う。またその決闘は闘技場で行われ観客も入る。その収益はギルドの収入となる為、ギルドも喜んで受けるのだ。
決闘を行う為の書類にサインして、シャルルちゃんに提出した。
「ほんとにいいんですか? ルクスさん。ゴランさんは強いですよ。近いうちにS級にもなれるだろうって言われています。本当に大丈夫なんですか?」
シャルルちゃんは日頃から冒険者が受けるクエストを管理している。ゴランが受けるクエストからだいたいの力が分かるのだろう。
「たぶん大丈夫だよ。あんなのには負けたくないし、頑張るよ」
「そうですか。無理しないで下さいね」
そう言ってシャルルちゃんは決闘の手続きを進め始めた。
「ではルクスさん、決闘は三日後の正午になります」
「ありがとう、シャルルちゃん」
「もう、またぁ」
「ごめん、ごめん」
手続きが終わると、ルミナが待っているテーブルに戻った。
「ごめんな、ご飯冷めちゃったな」
「ううん、いいんだけど……どうしてあんなこと言ったの? いつもみたいに無視すればよかったのに」
「いや……ルミナの肩をあいつが抱き寄せたんで……ちょっとイラっとして……」
「ふぅん、そっか……ありがとね、ルクス。守ってくれたんだね。私もあれは嫌だったんだ」
ルミナは嬉しげに顔を歪めている。
「でも大丈夫? ゴランさんはあれでもA級だよ。ルクスが同じA級に負けるとは思わないけど、あんまり手加減もできないでしょ。力はあまり見せたくないんじゃ……」
「いやぁ大丈夫だろ。もはや黒の迅雷って二つ名が付いてしまっている時点である程度強いっては思われているだろうし。ゴランがそんなに強くなかったってなるんじゃないかな」
「そうかもね。私としてはみんなにルクスは強いってこと知ってもらいたいんだけどな……」
「まぁ少なくともゴランよりも強いってことは証明してくるよ。あいつには普段からのイライラもつもり積もっていることだし。観客の前で恥をかかせてやる」
「ゴランさんに少し同情するよ……」
そして残っている食事を片付け、ギルドをあとにした。
決闘前日、プラシアの町は俺とゴランの話題でもちきりだった。下のランクでの決闘が多いプラシアではA級同士の決闘というだけで観戦チケットは完売となるのに、今回は将来有望な若手同士。
S級冒険者間近と言われているゴランと若干十五歳ながら数々のA級クエストをこなし黒の迅雷という二つ名を持ち、未だに実力が未知数な男の決闘。プラシアは大いに盛り上がっていた。
「なんかすごい事になっているね」
「うん。まさかここまで大きくなるなんて……」
俺達は町を歩いているだけで、多くの人から声をかけられていた。サインを求めてくる人もいた。いつもお世話になっている武器屋に行くのに倍の時間がかかってしまった。
「すいません。頼んでいた武器できました?」
「おぅ、お坊ちゃんか。できているぞ、ちょっと待っていろ」
決闘が決まった後、武器屋に行き、ある武器を作ってもらうように依頼しておいた。
「しかしほんとこんな武器でいいのか? 相手はゴランだろ。強いぞ」
武器屋の店主も心配してくれているようだ。
「大丈夫ですよ。心配しないでください」
「俺が心配しているのはお前さんが再起不能になって、頼んでいた依頼が達成されないことなんだがな」
と言って大声で笑っている。
「まぁ冗談はさておき、死ぬなよ。お前はまだ十五歳なんだ。まだ先は長い。絶対無理するなよ」
「だから大丈夫だって。でもありがとうございます」
新しくできた武器を受け取り、明日の決闘に備えることにした。
「さぁ、やって参りました。本日のメインイベント。A級冒険者ゴランと、こちらも十五歳ながらA級冒険者、黒の迅雷ルクスの決闘を行います」
闘技場内にアナウンスが流れている。
冒険者同士の決闘は頻繁に起こる。そういった理由からギルドはできるだけ同じ日に決闘を行い、その日の一番ランクの高い者同士の決闘をメインイベントにしているようだ。メインイベントの前座で五回の決闘が行われており、観客も大いに盛り上がっていた。
闘技場の真ん中で俺とゴランは向かい合っている。ルミナは観客席に座っている。ルミナをちらっとみると、最大サイズの容器に入ったポップコーンを食べていた。ほんとルミナはいつも食べているな。
「ルールを確認しておきます。相手が戦闘不能、もしくは降参した場合に決着とします。相手の生死は問いません。なお故意に観客や審判を攻撃するような場合は反則負けとします」
ゴランはそれを聞くとニヤリと笑った。おいおい、物騒だな。俺を殺すつもりなのだろうか。
「なお今回はA級以上の冒険者の決闘の為、特別審判を用意させていただきました。アスール国の王都ブランからお越し頂きました、伝説のランカー、グレイブ・ガーランドの一人娘であり、去年十八歳で史上最年少S級冒険者になられたクレア・ガーランドさんです」
「わあぁぁぁぁぁぁぁ、クレアさんかっこいいぃぃぃぃ」
「うおぉぉぉぉぉぉぉ、クレアさんかわいいぃぃぃぃぃ」
観客の絶叫がすごいな。なるほど噂には聞いていたけど、あの人がクレア・ガーランドか。アスールの誇るS級冒険者最強の一角か。初めて見るけど、こんな美人だったなんて。銀髪のショートカットで、身長も170㎝はあるだろう。体型もスラッと細く、言われなければ冒険者にはとても見えない。たしかガーランド家は剣術を使うんだったな。
何て言ったかな、うーん…そうだ天心天明流だったかな。ちなみ貴族以上には家名が付いている。まぁ俺には縁がないものだな。
「まぁ私のことは気にするな。存分に力を出して戦うといい。この戦い楽しみにしているぞ」
「はい、頑張ります」
一応好青年をアピールしておく。ゴランは無視しているようだ。どうせ年下に上から言われてムカついているのだろう。
「じゃあ始めるぞ。用意はいいか?」
準備しておいた武器を鞘から取り出して構える。するとそれを見ていたゴランとクレアは驚いた表情を見せる。それもそのはずだ。その剣は…いや剣と言えるのだろうか。柄や鍔の部分は剣であるが、刀身の部分に長い鉄の棒のようなものが付いているだけだった。これでは切ることはできず、叩くだけになってしまう。まさしく鉄棒だ。
「お、お前ふざけているのか。いつもの黒い剣はどうした」
「いやぁ、いくらお前がムカつく奴でも殺すほどでもないからな。それに剣だったら一瞬で切られて終わりだろうから観客も楽しめないだろ」
さすがに俺も殺すまで怒ってはいなかった。1日たって大人気なかったかなとも思ったのだ。でもルミナの肩を抱いたのは許せない。せめてこの鉄棒でボコボコにしてやろうと。
「ふ、ふざけやがって……ぶっ殺してやる」
ゴランは怒りで震えている。クレアは笑いを堪えているようだった。
ゴランはボックスからバカでかい斧を取り出した。2メートルはあろうかという斧を軽々と片手で持っていた。
「じゃあふたりとも準備はできたようだな。では、はじめ!」
「やっとこの日がきたぜ。安心しろ、お前が死んだらルミナは俺が大事にしてやるから」
ゴランは軽い剣を扱っているかのように斧をものすごいスピードで振り下ろしてきた。
「うおっ、意外に早い」
軽く後ろへ飛んで避ける。斧は地面に突き刺さり、大きなクレーターを作った。
うわぁ、本気で殺しにきたよこの人……十五歳を殺して周りから非難されるとか思わないのかな。
「ちっ、今の攻撃で終われば楽に死ねたのにな」
「今の本気? たいしたことないね」
「安心しろ。これからだよ」
薄気味悪い笑みを浮かべ、ボックスからもうひとつ斧を出して両手に一本ずつ構えた。二刀流? いや刀じゃないから二斧流っていうのか。なんて考えていると、
「驚いて声も出ないようだな。だがもうお前は許さない。あの世で後悔しな」
とゴランがまるで勝ったかのように調子に乗ったことを言ってきた。
「はいはい。もうお前と話すのも疲れたから早く来いよ」
「バカが!」
ゴランは二つの斧を高速で振り回してきた。それを全て触れることなく避けていく。相変わらず芸のない奴だ。
「クエイク」
ゴランがいきなり魔法を唱えた。クエイクは土の中級魔法である。地面が揺れバランスを崩す。おっ、意外に頭使えるじゃないか。バランスを崩したところに斧が振り抜かれた。やばい、避けられないかも……と思い片手で斧を受け止めた。
「なっ!」
ゴランは焦ったように、必死で斧を俺の手から離そうとするが離れない。
「ちくしょう、離しやがれ」
「しょうがないなぁ」
ゴランが引っ張っているところで、パッと手を離した。するとバランスを崩して尻餅をついてしまった。観客達も失笑している。
「なっ、お前何をした」
「何をしたって……ただ避けて、受けとめただけだ。次は俺からいくぞ」
一瞬でゴランとの距離を詰め鉄棒で切りつけた。いや、叩きつけた。
「い、いや、ちょっとまて」
尻餅をついたまま慌てて二本の斧で自分の前に壁をつくり守る。かまわず振り下ろすと二本の斧が粉々に砕けた。ゴランは砕けた斧をみて呆然としている。
「な、なんで。この斧はミスリルで作られた一本一千万ピアはする代物だぞ。それをただの鉄棒で砕くなんて……」
「あーたしかに固いんだろうな。俺の武器も折れちゃったよ。新しい武器はないのか? じゃあ男らしく殴りあうか」
慌ててゴランは立ち上がり
「やってやるよ、ちくしょう」
と叫びながら拳を振るった。その拳が当たる前に腹を一発なぐると、
「ぐえぇぇぇぇぇぇぇぇ」
と言いながら、あまりの威力に腹を抱えてうずくまる。かなり手加減しているんだけどな。やっぱりこんなものか……
うずくまる相手を構わず足で蹴りあげる。気絶しない程度に手加減しつつ。もはやゴランは動けないのか大の字になって息が荒くなっている。
「おい、ゴラン」
ビクッと体が震え、恐怖の表情が浮かぶ。
「殺される側の気分が分かったか。これに懲りたら次から誰かれ構わず喧嘩を売るのは止めるんだな。まぁ次があればの話だけどね」
と脅しをかけながらゴランの顔面に拳を振るう。
「まっ、参ったぁぁぁぁぁぁぁぁ」「それまで!」
ゴランとクレアの大きな声が同時に闘技場に響きわたる。
振り下ろした拳はゴランの目の前でピタッと止めた。風圧でゴランの頬が激しく歪む。
ゴランは思いっきり目を閉じて、震えていた。
「ゴラン戦闘不能と判断、勝者ルクスとする」
観客からは盛大な歓声があがる。
「たっ、助かった……」
「分かっているだろうが、もうルミナに手を出すんじゃないぞ。次はないからな」
ゴランはコクコクと首を縦に振っている。まぁこれに懲りて少しはおとなしくなるだろう。
ゴランは動けず担架に乗せて運ばれている。
「ルクス君、おつかれさま」
クレアさんが話しかけてきた。
「いえいえ、あれぐらいじゃ疲れたりしませんよ」
「君は何者なんだ?」
「何者ってただのA級冒険者ですよ。
「ふふ、そうだったな。ルクス君、あとで少し話をしたい。時間はあるか?」
「そうですね。お腹が空いたので今から昼食を食べたいぐらいですかね」
「なるほど。では私に奢らせてくれ。一時間後、この町のマルシェというレストランで待っている」
マッ、マルシェ! この町一番、いやこの国でも五指に入る超超高級店じゃないか! 噂ではサラダだけでも百万ピアはくだらないというあのマルシェか! しかも奢り!
「是非いきます」
「そうか、じゃあ楽しみにしている」
「あっ、女の子の連れがいるんですが、一緒に行って大丈夫ですか?」
「あぁ、男と女の話ではないから安心しなさい。一緒に食べよう」
いやそういう大丈夫じゃなくて……彼女、とてもよく食べますけど、と言いたかったんだけど。まっいいか。
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