【マスター代行】お人好し
時刻が午後十時を回るや、鐘の音が鳴り響き、攻城戦の終わりを告げた。
その音を聞くと、振り抜かれていたロランの剣が寸前のところで止まる。
「ひっ……」
最後の生き残りの女の子が、小さく悲鳴を漏らす。恐る恐る視線を泳がすと、触れるか触れないかギリギリのところにまで刃が迫っていた。
一瞬でもロランの動作が遅れていれば、自分も仲間と同じように切り伏せられていたかもしれないと想像したのだろう、女の子は腰砕けになってその場にへたり込んでしまった。
「ふぅ、今回もなんとか砦を死守出来てよかった」
はー、と深いため息をこぼしつつ剣を納め。盾を装備欄から外してアイテム欄へと入れた。
剣と盾の代わりに、蘇生アイテムを取り出す。
攻城戦が終了したのと同時に死亡者たちの頭上からはカウントが消えている。十分間の蘇生不可のデスペナルティは攻城戦中のみの特殊ルールであるから、終われば解除される仕組みになっている。
蘇生アイテムを四つ、女の子に手渡した。
ワケがわからない、とばかりにまじまじとアイテムを見る女の子に、ロランは、
「それ使ってお仲間を起こしてあげてください」
そう告げると、彼女は慌ててアイテムを使用する。やはりレベルが低いからか、一人蘇生するのにはそれなりに時間がかかった。ロランがやってもよかったのだが、自分で倒しておいて蘇生させる、というのは何だか違う気がした。
その様子を眺めていると、女の子が涙目になりながら、すいませんすいません、遅くてごめんなさい、すぐに起こしますから、と早口で謝った。これではまるでロランが彼女を脅して起こさせているようではないか。
(いや、あの状況ではそう取られても仕方ないかなー……断れる選択肢なんてないだろうし)
ささやかな罪悪感を抱いていると、遠くからロランを呼ぶ声がした。首を巡らし、そちらのほうを見ると、晴彦たちが連れ立ってこちらへと向かって来ていた。
「あれ、復帰地点から歩いて来たにしては早くない?」
「んにゃ、黒鉄っちが蘇生させに来てくれたんだわ。んで、ここに来てない他のやつらなら疲れたっつって先に戻ってるぜ」
「ああ、なるほど。黒鉄さん、ありがとうございました。装備が重いのに、大変だったでしょ」
「何の何の。今回は某、全く活躍出来ていませんからなあ」
「それは私も同じ。まさか自爆のタイミングをミスって誰も巻き込めないとは思わなかったわ」
「うう、ボクもだ……ごめんね、ロラン」
「ったく、皆して情けねえなあ。もう少し俺サマを見習えよな」
「……すまない、某の覚えでは、晴彦殿が活躍したように思えないのだが?」
「ハル、真っ先に死んじゃったよね」
「バカヤロウ、囮として盛大に役立ったわ!」
「秒殺だったではござらんか。無効なのでは?」
「んなことねえって! なあロラン」
「んっ、えっ、ああ」
突然判定を任されて、一瞬戸惑う。皆がロランの表情を窺っていた。
「あー……まあ、晴彦も囮としては役に立ったんじゃない?」
「じゃあボクも! ボクも役立てたかなっ!?」
「うん、ユーリもありがとうね。罠を配置して足止めしてくれてた分、晴彦より役立ってたよ」
「やった! ロランに褒められた!」
「俺の扱い雑じゃねえか、オイ」
「マスターはユーリ殿に対して甘いでござるなあ」
「そんなことはないと思いますけど」
「スルーされた黒鉄と、自爆でそのまま死んでったお姉さんの立場は?」
「いえ、いてくれるだけで十分にありがたいですよ。GMWも、結構メンバー減っちゃいましたし。今回は偶々決まらなかっただけで、アネモネさんの自爆の威力は凄まじいですから、次に期待してます。それに黒鉄さんも、時間稼ぎに貢献してくれましたから。それと、僕はマスターではなくて代行ですよ」
「はあ、何と言うか、やはりマスター……あいや、ロラン殿はアレですな」
「お人好しねえ。甘々よ」
「そうですか? 僕はそんなつもりないんですけど」
「――いいや、アンタはお人好しさ」
後ろを振り返ると、そこには蘇生されたリーダー格の男が立っていた。もう戦闘は終わったというのに、GMWのメンバーたちを――ロランを食いかからん剣幕で睨み付けていた。
「じゃなきゃ、性根が腐ってやがるかだ。何で俺たちを生き返らせた? そのまま転がしておけばよかっただろ。口利けるようにして、俺たちを煽ろうっていうのか? ええ?」
「そんな……僕はそんなことがしたかったワケじゃ」
「じゃあ、何だっていうんだよ」
ロランが視線を泳がせると、それに釣られて彼もそちらのほうを見やる。そこには拙い詠唱で仲間を蘇生させ続ける女の子の姿があった。
「一人で帰るのは、寂しいでしょ。せっかく居場所があるんですから」
微笑んでそう答えるロランに対し、リーダー格の男は口を開けっぱなしにして、ぽかんとしている。言葉の意味を読み取れなかったようだ。数秒の後、ようやく意味を理解したのか、首を左右に振った。
「……アンタ、本物のお人好しだな。そんな理由で俺たちを蘇生させたのか」
「僕にとっては、十分な理由だと思いますけど」
「そうかよ。あー、ケンカ売る相手を盛大に間違えた。こんなヌルいギルド潰したところで、俺たちの名声は上がんねえや」
彼は起き上がった仲間たちに、帰るぞ、と言うや、ロランたちの横を抜けてさっさと歩いて行ってしまう。
通り過ぎ様に、
「……んな生温いアンタがギルドを取り仕切ってるから、サーバー最強から落ちこぼれちまったんじゃねえのか?」
と吐き捨てた。
「おい、聞き捨てならねえな」
眉間に青筋を立てた晴彦が魔法を展開しそうになるも、ロランが肩を掴み、制止する。
「でもロランよぉ!」
「いいんだ、晴彦。多分、本当のことだから。マスターならもっと上手くやってたハズさ」
「……っち!」
帰り道、晴彦はずっとイライラしていた。他のメンバーも、晴彦ほど露骨にではないが、どこか怒りを秘めていたように思う。一番の誹謗を浴びたハズのロランだけが、へらへらと笑っていた。それがまた気に入らないのか、晴彦はクソッ、と一つ毒吐いた。
結局、辛くも得た勝利の美酒に酔えぬまま、その日のGMWの攻城戦は幕を閉じた。
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