【マスター代行】ロラン・ロマン

 床を砕かんばかりに踏み込み、駆け出す。それと同時に、背中に吊るしていた大剣の柄を握る。身の丈ほどもある大剣だというのに、彼はまるで自身の体の一部であるかのように軽々と片手で扱った。


 【狂戦士バーサーカー】クラスにのみ使用が許される、特大武器だ。同じ剣士職であっても【騎士】クラスのロランには振るどころか重すぎて持ち上げることも叶わない。

 盾で受けたとしてもその衝撃は凄まじく、体勢を大きく崩されてしまうだろう。そうすれば、他の仲間に攻撃の隙を与える。

 ロランが敗北すればこの砦の核は潰され、陥落する。そんなことになれば、ギルドの明日も危うい。それだけは何としても避けなければならなかった。


 このギルドはマスターが残してくれたものなのだから。


 無骨な刃が脳天をカチ割るよりも早く、ロランの盾が大剣の腹を殴り付ける。思わぬ方向からの衝撃に、使い手自身が振り回され、大きく姿勢を崩し、仰け反る。数秒の間、二の太刀を繰り出すことも、回避行動を取ることも許されない。

「なっ、しまっ……」

 重厚な鎧を着ていたところで、その隙間を縫って刃を通されたのでは意味がない。無防備なその体に、ロランの刃が鋭く突き立てられた。切っ先は体を貫通し、向こう側にまで顔を出す。そのまま力任せに彼の体を押し倒すと、ゆっくりと見せつけるように剣を引き抜いた。

「他のメンバーはふざけてんのに、ギルドマスターのアンタはまともなプレイスタイルとか詐欺だろ、そんなの……」

「ですから、あれでも真面目なんです。それに僕はマスターじゃなくて、代行ですよ」


 びくん、と痙攣すると、彼はそのまま動かなくなり、頭上に10カウントが浮かんだ。

 【騎士】クラスのスキル、《パリィング》。相手の武器を弾き、姿勢を崩させ、防御不可な体に致命的な一撃を加える。攻防一体の【騎士】ならではのスキルと言えるだろう。


「……さて、次は誰が向かってきます?」

 リーダー格を貫いた切っ先を、残りの四人へと向けると、彼らは一様に怯えていた。

 《パリィング》はかつてマスターが得意とした、形勢逆転の、見るものを魅了させる技。仲間には志気を昂らせ、敵には戦意を喪失させる、強力なスキル。


 そしてロランはそれを見様見真似で使っている。


(うわぁぁぁぁ、あぶねぇぇぇ! 何とか成功してよかったぁぁぁあ!)

 見様見真似であるため、実のところ成功率はそれほど高くない。このスキルはただ使用しておけば勝手に発動するというワケではなく、タイミング良く武器を弾かねば発動しない。ギリギリまで自分に引きつけなければならないため、失敗した時のリスクも大きい。

 ロランの《パリィング》の成功率は上級者の剣捌きに対しての成功率は一割、中級者相手で四割、初心者相手でも六割程度だ。


 練習を重ねればそれなりの成功率にまでなるが、結局最後にものをいうのは先天的な直感のように思われた。マスターはよく、ここで発動しておけば何となく成功する気がしたんだよね、と言っていたのを思い出す。

(これを上級者相手にバンバン成功させてたんだから、やっぱりマスターは化け物だ……)


 運よく成功したとはいえ、その事実を知っているのはロランだけだ。敵対者たちにはロランが狙って完璧に発動させたかのように見えていることだろう。これで彼らは迂闊に攻撃を繰り出せなくなった。初心者が予測出来ない大胆さを捨ててしまえば、後に残るのは拙いプレイヤースキルだけだ。そうなれば、圧倒的にレベルが上なロランに軍配が上がる。


 ――アンタはまともなプレイスタイルとか詐欺だろ、そんなの……。

 死に際に彼はそういったが、ロラン自身はそうは思わない。所詮真似事、酷く歪な、ロールプレイだ。決してまともでなどあるものか。

 それでも、マスターの残したギルドを守るためなら。

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