1章『守りたい居場所』

【魔術師】晴彦

プレイヤー:晴彦


 遠巻きにこちらへ向かってくる敵対者たちの姿を見つけ、晴彦はサングラスの奥の目をにやりと歪めた。


「フハハハ! よくぞここまで辿り着いたな、諸君!」

 晴彦が声高らかにそう叫ぶと、殺気立てて石畳を走ってきた敵対者一行の足が止まった。彼らの視線は行く手に立ちはだかる晴彦に釘付けだ。


「五人か。どこかの大手ギルドの偵察隊……ってワケじゃなさそうだな。編成も偵察向きじゃあねえし、何よりギルド名を聞いたことがねえ。発足間もない初心者ニュービーギルドってとこか」

 一目で看破された彼らは驚きを隠せず、どよめく。

「俺たちのことを知ってか知らずか、それともサーバー最強ギルドを打ち倒すつもりでいる蛮勇者なのか……この大魔術師、晴彦サマが試してやろうじゃねえの!」


 晴彦がローブを翻し、両腕を天へ掲げると、足元から魔法陣が展開され、線や文字の一つ一つが光を放ち始めた。迸る魔力が周囲にあふれ出し、空気がひり付き、小さな雷鳴を打ち出す。地響きを伴い、膨大な力が魔法陣へと集束していく。

 その場にいるもの全てのものが直感的にヤバい、と感じ取った。

 一行のリーダーと思われる男が、防御体制を取れ、と指示を出す。

「でっ、でも! 相手はサーバー最強の火力を持つと噂される【魔術師ウィザード】! ボスモンスターを一撃で沈めたなんて伝説もあるんですよ⁉ 十分なレベルも装備もない私たちが耐えられるワケないじゃないですか!」

「……っ、わかってる、わかってるが!」

「やっぱり無理だったんだよ! 俺たちがGMWに勝とうなんて! 誰だよ、落ちぶれたあいつらなら俺たちでもやれるなんて言ったやつ!」

 恐怖が足を竦ませ、砦の石畳へその身を縫いつける。

 こうなってしまえば、晴彦の大魔法が彼らに叩き込まれるのも時間の問題だ。


 ――そう、時間の問題だ。


「………………アレ?」

 待てども暮らせども魔法が降ってこない。不自然に思った一人が、恐怖で閉ざしていた目を開く。その目が捉えたのは、眩い魔法の光ではなく、いまだに腕を掲げて詠唱キャスティングを続ける晴彦の姿だった。しかも詠唱を聞く限り、半分も唱え終わっていない。

「……えっ、詠唱時間キャスティングタイム長くない?」


 これなら余裕で避けられると判断した一行は、魔法の効果範囲から難なく脱する。逃げ果せられたどころか、術者である晴彦に攻撃が可能な距離まで近付けてしまっていた。

 【魔術師】は自分で詠唱をキャンセル出来ず、また詠唱中は移動も不可能なので、晴彦はただただ無防備に五人に囲まれることしか選択肢がない。


「……魔法攻撃力INTにガン振りしすぎて、詠唱速度ステータスDEXに一切振ってないんじゃないのか、この人は」

「この詠唱速度だと、初期値のままってことも全然ありそう」

「ボスモンスターを一発で、なんて火力を出そうとすると、そりゃあそういうステータス振りにもなるのか」

「でも普通はやろうとしないよなあ。対人とかボス狩りとか以前に、レベル上げの狩りも難しくなるし」

 あまりの遅さに、五人は晴彦を取り囲みながら雑談を交わす始末だ。

 詠唱がそろそろ完了する、というタイミングになると、各々武器を取り出し、晴彦へと切っ先を向ける。


 魔法職というものは往々にして防御力が低い。体力ステータスVITに振ったところで付け焼刃なのだが、それでもないよりはマシとし、そちらにもステータスを回すのが一般的だ。しかし晴彦は火力のために他を全て犠牲にしてしまっている。


 つまるところ、初心者の適当に繰り出した攻撃であっても相当に痛い。致命傷になる。


「あっ、痛い、ちょっ、やめ……死ぬ、マジで死ぬって!」

 そんな紙装甲が五人に寄って集られるのだから、死ぬのにそう時間はかからない。

「――……ふはは、よくぞ我を打ち倒した勇者たちよ。しかし我を倒したところで第二、第三の我が立ちはだかるだろう」

 死に際、思い出したかのように魔王のロールプレイを再開する。

 それが晴彦の最後のセリフだった。


「……アンタみたいなのが何人もいられてたまるか」

 言い返されている間に、晴彦は物言わぬ死体となり、冷たい床に投げ出される。その頭上には10ミニッツと数字が表示されていた。秒読みで数字が減り、カウントがゼロになるまで蘇生や復帰リスポーンすることは叶わない。

 それが攻城戦のルールだ。

 今の晴彦に出来ることがあるとすれば、死体の周りを亡霊のように俯瞰して見るか、ギルドメンバーに向けて限定的なチャットを飛ばすことぐらい。もう彼らにいくら魔王っぽいセリフを吐こうが聞こえない。

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