第7話 三人で行け

「座って。煙草は?」


 導かれた部屋は、先ほどシオエラの言っていた通り空調も効いたホテルの一室のような装いだった。電気はふんだんに使えるのかシャンデリアが煌々と輝き電気冷蔵庫やラジオまである。

 三人は煙草を断りつつソファに座った。供される茶は貴族の隠匿物資だったのか、今じゃ高級時計と交換されるような代物。


「結構ですの。お心遣い感謝致しますわ」

「ううん。その歳の女の子が煙草喫みだったら不良よね。悪いこと聞いたわ。あ、シーちゃんは何してたっていい子だかんね」

「それより、何かお話でも?私たち先を急ぎたいのですわ」

「まあお待ちなさいな。シーちゃんを先頭に探しに行く気?そんなことさせないわ」


 急に力のこもった語尾と共にシオエラは抱き寄せられた。今度ばかりは困った顔で身を預けつつ、宙に止まった指先から煙草の灰が落ちる。


「一人でタンケ君を探しに行こうとするシーちゃんを何度も止めた話は聞いたかしら。彼が取引に行った連中っていうのはドントール地下連隊、ふざけた名ね。脱走将兵や空襲の際軍刑務所から抜け出した犯罪者、そんな奴らを大勢集めてしまった愚連隊よ」


 ドントールと言う名は聞いたことがある。これまで直接対峙することはなかったものの、街によっては恐怖の噂を囁かれている地域もあった。


「ならず者でも軍の装備施設に通じているし地下では強大な力を持ってる。手持ちの物資が甚大で良質なのは、を軍事行動の作戦として行えるからね。やっていることは略奪や恐喝に変わりないのだけれど。こんな危ない連中の所へシーちゃんを行かせられないわ」

「結構ですわ。解決屋として依頼人を危険な目に遭わせる訳にはいきませんもの」

「あんたたちだって止した方がいいのよ。これまで何人もの女の子が攫われて犯されて、挙句売り飛ばされたか分かったもんじゃないわ」


 少々の間があった。引き受けた仕事を今更渋るからというわけではない。ジェリコの言葉から想起される不快な現実に脳をゾワリ痺れさせていた。


「それでも、行かないわけにはいきませんことよ」

「ふーん、お嬢サマのくせして良い覚悟してんだ」

「あなた、いちいちつっかかるような・・・」


 鼻で笑うような態度にマリアが色を為して身を乗り出す。ルンシャはさっと腕を伸ばして彼女を制し、茶に口をつけた。

 その数秒の振舞いなんとelegantなことか。たったそれだけの動作ではあったが、ルンシャの作り物ではない真実の高貴は、兵装が纏われることによってジェリコを圧倒した。


「貴族だからこその覚悟はありましてよ。私たちが銃を執り実包を纏う意味、シオエラさんのような人々を救うために、我が身と命を燃やすことに何の躊躇いがありましょうか」

「・・・貴族は勝手よね。戦争を始めたり終わったら責任感じちゃったり」


 戦争は貴族が始めた訳ではない。諸外国の情勢に伴う政府による外交の結果である。しかしジェリコは国民を使ってきた権力者の象徴として貴族と吐き捨てた。三人は反論せずに、芯からの悪意はない皮肉と受け取った。


「三人で行くというのなら勝手になさい。こっちの部下には攻撃しないように伝えておく。言っとくけど下手にドントールを挑発するようなことはしたくないから何かあっても手助けはしない」

「結構ですわ。こちらの行動を黙認してくださるだけで感謝しますの」


 壁に掛かっている電話が鳴った。戦時の遺物らしく、ブザーの音で着信する形も武骨な軍用の物だった。ジェリコは受話器を取ると小さな声で何かを伝え戻した。「ドントール支配下のどこにタンケ君がいるかは知らない」棚から冊子を出して三人の前に差し出した。


「でもまずは、敵がどんなとこにどんなふうに配置されてるか知りなさい。それ一冊しかないから後で返してよね」


 いつかドントールを征服するためか防御に徹するためか、彼の陣地も中枢を省けば事細かく描写された図に当地で発揮される各種兵器の効果が記されており、この上ない資料、正直相手戦力の情報がない状態での仕事に心配があったものの、これがあれば百人力。

 加えて「後で返して」との言葉は、この解決屋が生還することを確信しているからなのか。


「ええ、承知ですわ。必ずこの御本をお返しにあがります」


 図嚢に書類を仕舞うルンシャの指は、この上なく丁寧に尾錠が掛けられた。

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お嬢様無頼帖 森戸喜七 @omega230

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