第4話 家族の責任

「お昼に観た活動写真も、リセイルの戦いの一部でしたわね」


 しばらく経ってから二人とも退席し、部屋に戻る階段でミーシャが小声で言う。昼間のことを考えるとどこか不思議な様子だった。マリアは、あの映画を身内がモデルの武勇伝が語られることで少々羞恥の混じる作品としてのみ鑑賞していた気がした。要は、戦争の暗い影だとかそういった雰囲気は一切感じ取れなかった。たった今になって、部下を大勢死なせた指揮官の娘としての負い目を纏ったと感じられた。


「マリア、よろしくて?」

『よろしいも何も、私だけで借りるお部屋じゃありませんことよ』


 変によそよそしいノックで部屋に戻った。当然の応答を発す声は一オクターブ低く聴こえた。彼女は窓際に座ってぼうっと手元を眺めている。白黒の、陰影が鮮明に残る写真は、マリアの父が出征する際家族で撮ったものだった。


「あの、マリア・・・」

「さっきの会話のことかしら。気にしてないって言っても、お父様の写真を眺めているのを見られたら無理ですわね」


 遠い目の先には戦時下の生活を捉えているはずだった。野戦の軍装に身を固めた父、戦時下故質素なシャツとブラウスの家人は、頬に翳りを見せて佇んでいた。

 生きて還らぬと前夜に語った父に誰もが覚悟決めた顔していたのだけれど、本音隠すのに耐えかねて疲れた思い出。しかし彼は帰ってきた。大勢の部下を死なした自責を伴って、信じられないくらいに痩せこけていた。家族からたまにはと豪華な食事を勧められても断り、周囲にはきちんとした食事を命じても自分だけは最低限の内容で食卓に並べていた。


「誰も、マリアのこともお父様のことも責めてなくてよ」


 ルンシャが隣に腰を下ろし肩を抱き寄せた。マリアはされるがままに身体を寄せ、力が抜けた首をもたげた。


「責められてるとは思っていませんわ。でも、あの子のお父様も、やはり私のお父様の部下ですもの。生きて返さなけらばならなかった一人ですもの。その責任が・・・娘の私にもありますわ」

「それなら私たちも同じですわ。だから、今まさに、臣民の皆様の側に立っているのではありませんの。少しでも不幸な民を救うべく、より良い平和をもたらすべく、償っていくのですわ。これでもう悲しいことは終いにしましょう」


 ミーシャが背後から、二人の身体を抱くように両腕で肩を包んだ。ルンシャ程の口上で慰められないからせめて彼女なりの寄り添い方だった。マリアも、ルンシャの言葉に全て納得している訳ではないが、彼女らの温かさに何も言わずに、ただ黙って微笑んだ。


『あの、よろしいですか?』


 廊下から、ノックと共に声がした。開けてみると、ダブつくズボンの腰元をキュッと掴み、俯きがちなシオエラの姿があった。何か思い詰めてるのだとは一目見てはっきりと判る。ルンシャは彼女を迎え入れた。


「どうしましたか、シオエラさん」

「あの、お客さんは解決屋さんなのですよね。市場で見た通り、お役人さんが来た通りに」

「ええ、一応は」

「みなさんがお仕事をする上では、その取り締まる相手とかは、特別な決まりがあるんでしょうか?」

「決まり、という決まりはありませんの。特別な取り決めがなければ、定期的に得られる情報を確認してやることを決めるか、今日みたいに急な出来事に対処することもあります」

「でしたら、私からお仕事を頼んでもいいのでしょうか」

「え?」


 思ってもみない言葉だった。シオエラは、銃を以て何かをしてほしいと言ってることに相違なかった。


「どうぞ、おかけになって」

「失礼します」


 席を勧められて座ると同時に、彼女はとつとつと語り始めた。

 よくある話だった。しかしよくある話も、シオエラの口から語られることで、より一層の悲痛を伴って聞こえた。

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