第2話 映画アクションの現実に


「トレン、おかえりなさいまし!」


 ミーシャは修理に出し戻ってきた軍用散弾銃を抱きしめた。トレンというのは、彼女が銃に付けた名前だった。


「ミーシャ、前からお尋ねしようと思っていたのですが、トレン、というのはどういう由来ですの?」

「マリアお姉さま、兵士たちの間ではこの子はトレンチガンと呼ばれておりましたの。塹壕戦で力を発揮したからだそうですわ。だから縮めてトレン、ですの!」

「そうなのですね。ミーシャらしく、可憐なお名前ですわ。これからもトレンを大切になさるのですよ」

「なんだか安直なお名前ですわね・・・」

「あ、ルンシャお姉さま、お姉さまの好きそうな活動写真が上映しているみたいですわ」


 ガンショップを出て宿を探しつつ歩くと、大通りに大看板掲げる映画館があった。看板には勇ましい軍装の男が短機関銃を乱射する絵、軍服の肩章には大佐の階級章が制式よりずっと大きく描き込まれていた。マリアは何の映画か理解して溜息吐いた。


「まあ!私の好みに合いますわ。まだ時間はありますし、マリア、ミーシャ、どうかしら?」

「私も、お姉さまのお気に入りなら観てみたいですわ!」

「結構ですけれど・・・あれ、お父様の映画ですわ。きっと」

「あら」

「まあ」

「よろしい、あのお父様がどんなお姿で描かれているのか、拝見させていただきますわ」


 マリアが先陣を切り、窓口に紙幣を叩きつける。


「三枚、よろしくて」

「長い銃があるならロッカーに入れてもらってもいいですか?」


 昨今の一般施設では当たり前のことを言われ、チケットを受け取るとマリアを先頭にぞろぞろとシアターに向かった。入口横に置かれるロッカーは小ぶりで、三人の銃をしまい扉を閉めるのに手間取った。


『私は王族だ、君たち王国臣民への責任がある。続け!我の銃に!』


 最後のセリフから派手なガンアクション、FINEとスクリーンに浮かぶと映写機の音が止まった。ルンシャは満足げにミーシャはしょぼつく目を擦り、マリアが痛む頭を叩いた。


「すばらしい活動写真でしたわね!マリア、あの俳優の殿方、あなたのお父様によく似ていらしたわ」

「ご冗談がすぎますわ。実物はもっと背が低く、潰れたお顔をしておりますわ。それにお話を盛りすぎですの。確かにお父様自ら戦闘を経験なさったそうですが、あんな接近戦ではなかったそうですわ。ミーシャ、寝ぼけ眼でも、擦るとに悪いことよ」

「ね、眠くなんかありませんわ!とても有意義な活動写真でございましたもの」

「無理言いなさい。あの活動写真、ルンシャだけのご趣味でありましてよ」


 マリアの言葉、この仕事をルンシャが勧めた理由でもあった。彼女はこの手のアクション映画を好んでいる。マリアが最後まで仕事への賛成を渋ったのは、ルンシャが趣味で危険な仕事を選んだのではないかと勘繰っていたからでもあった。


「シアターのお客様も、まさか主人公が持つ銃を同じ劇場の美少女が今持っているなんて、思いもよらないですわね・・・」


 ルンシャの微笑みが消え、強張った顔で固まった。異変に気づいたマリアとミーシャの耳にも、手に汗が分泌される仕事の音が微かに響いた。


「あれは、朝通った市場の方ではございません?」

「そのようですわね」

「お姉さま、銃声も」

「弾薬をお詰めになって。行きますわよ!」


 ワンカットで摘み出される弾薬クリップ、弾倉、ショットシェル、小気味良く薬室へ送り込まれ、ホルスターと鞄の拳銃も検められる。仕事の始まりはよく油の引かれた鉄の重なり、安全装置を解除すれば、いつでも悪党を討伐できる。

 市場へ走ると汚らしい格好のギャング、手当たり次第に拳銃を発砲している。崩れたテント張りの商店の影から敵を確認し、肉屋が襲われていた。格闘する店主の援護でルンシャが一発目を撃った。負傷する敵の隙を突き、店主は金庫を持ち逃げおおせたようだった。


「ルンシャの騎銃はよく当たりますわね」

「感心している場合じゃなくってよ。いつも通り、民々にお気をつけて、接近戦を繰り広げてくださいまし」

「行ってきますわ、お姉さま!」


 マリアの短機関銃とミーシャの散弾銃は接近戦で威力を発揮する。市民のほとんどはいち早く逃げてくれたから、二手に分かれて敵に踊り込んだ。


「降伏の意思はありまして?悪党のみなさま!」

「なんだこいつ!」

「やっちまえ!」

「汚らしいお言葉遣いは嫌いでしてよ!」


 凶器片手にギャングは襲いかかる。マリアはボルトを安全位置から外し引鉄ひきがねを握った。ギャングの悲鳴で形勢は逆転した。


「ボス!あいつ機関銃持ってます!」

「なにい、あんな小娘がか!」

「あら、小娘とは、随分とご挨拶ではなくて!」


 マリアが敵を引きつけるうちにミーシャがボス風の男に接近した。彼女の散弾銃はスラムファィアのできるポンプアクション、引鉄握るまま装填を繰り返せば自動小銃並みの連射が行える。散弾の雨霰は手下を襲い、ボスは辛うじて弾を避けた。


「お待ちなさい!」

「ミーシャ危ないですわ!」


 あらかたの敵を倒したマリアが合流し、彼女はボスの手に握られる拳銃を認めた。マリアは再装填するミーシャを下げ一連射、幾らかの弾はボスに当たったが弾切れになった。


「しまったですわ!」

「詰めが甘いな嬢ちゃん!」


 ミーシャを引き物陰に隠れようとするマリア、背後から駆ける足音、拳銃のトグルが戻る音、肩に騎銃吊るすルンシャが黒く光らない拳銃を片手にしていた。


「二人ともお退きになって」


 急停止したルンシャが真っ直ぐ右腕を伸ばした。ボスが引鉄握るより早く、軽く食指に力を入れる。呻き声一つ、ボスは倒れた。


「助かりましたわルンシャ」

「お姉さま!」

「いつもお口を酸っぱく、言っているじゃありませんか。残弾にはお気をつけになるようにって」


 騒乱が止み市場の人々が戻ってきた。彼らは拍手で少女たちを称えながらギャングを捕縛していく。


「やるなあ嬢ちゃんたち!あいつらにはほとほと困らされていたんだ」

「じょうちゃん、は止してくださいまし。それより、私どもはお宿を探しているのですが、どこかにありませんこと?」

「宿か、そうだなあ」

「あの、わたし!私の家は宿屋です!」


 取り囲む人々の中、細い手が挙がった。三人が見ると、年格好同じくらいか少々年少の少女が前に出た。


「どうぞ、ご案内します。小さな宿ですが、精一杯おもてなしします!」

「では、お泊め願いましょうか」

「ええ、疲れましたわ」

「お風呂大きいといいですわね」


 三人顔を見合わせて頷き合い、少女に従って道を歩んだ。

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