お嬢様無頼帖
森戸喜七
第1話 高貴な高貴な軍隊
薄く白く湯気が立っている。優雅に茶葉で彩られるティーカップは、ソーサーに置かれると荘重な音色が空気を震わす。美しく雅な少女三人が上品に紅茶を味わい頬を綻ばせた。
「美味なお紅茶ですこと」
「お姉さま、お砂糖壺を取っていただけません?」
「ミーシャ、入れすぎはいけませんことよ」
「承知ですわ。ほんの、三杯だけ」
「マリア、お紅茶の飲み方も人それぞれ、よいではありませんか」
「でもルンシャ、ミーシャは時折入れすぎますわ。お砂糖の摂りすぎは美容やお身体によろしくなくてよ」
「ふふ、気をつけますわ。あら、綺麗な小鳥」
青い小鳥が一羽、宙を舞い三人の間を飛翔する。ルンシャ、マリア、ミーシャは小さな羽ばたきに目を細め、どこに降り立つのか視線で追った。
小鳥は降りた。青黒く冷たい鉄、1mと10cmある木と鉄の塊、その先、
「あっ、お客さんすいません。こいつすぐ籠から逃げて。お客さんの銃汚したりしてないですかね?」
髭面の喫茶店店主が
ルンシャは椅子に立てかけてある騎銃を見やった。自分の銃に特に異常はない。
「結構ですわ。可愛らしい小鳥ですことね」
「はあ、どうも」
「ルンシャ、そろそろガンスミスの許へ参りませんと」
「そうですわね、ミーシャのトレンチガンが届いている頃ですわ」
「
「店主に伝えてくださる?たいへん美味なお紅茶でありましたと」
「あ、俺が店主です。どうも」
「そうですの。貴殿の腕前なら王室の専属ティーインストラクターにもお成りになれますわ。お代金を」
「まいど」
席を立つ三人、とても容姿とは似つかわしくない音がそれぞれ身体から鳴る。ピストルベルトに拳銃のホルスター、騎銃、短機関銃、散弾銃のマグポーチやバンダリア、細い腰と肩に巻き付けられていた。
カウンターの老人客が物珍しそうに彼女たちを眺め店主に耳打ちした。
「なんだいあの嬢ちゃんたち。ええとこのおジョーサマって感じだけど、あんな物騒な物持って」
「俺知ってるよ。煙草切らした、持ってる?」
「客に煙草ねだるない」
老人から煙草をもらい一服、ルンシャのしなやかな掌から手渡された小銭が煙でくすんだ。
「今出ていくとこの前から、カービン・ルー、SMGマリー、ショット・ミシャ。これはアダ名だけど。去年からかなあ、あの銃で揉め事を解決したり賞金稼ぎみたいなことしてる子たちさ」
「店主、SMGっていう呼び方はお止しになってくださらない?サブマシンガンならともかく、えすえむなぞと入っているとなんだかいやらしく響きましてよ」
マリアが店主の言葉に耳ざとく、つり目がちの瞼で睨んだ。急な指摘に彼は慌ててそっぽ向き、落ちた灰が老人のコーヒーに沈没した。
「あっこのやろう!」
「すまねえ!新しいのと取り替える」
「ったりめえだ。しかし、あの
新しいコーヒーカップに手をかけると、既に三人は退出していた。店主は頬杖ついて溜息混じり、髭を撫でてポットを傾ける。
「没落貴族の娘さ。三人とも」
「もうマリアったら。SMだなんて、耳年増ですことよ?」
「だって・・・そう呼ばれてみると、恥の心が無いでもないですわ。ルンシャだって、『ルー』だなんて、お料理の素みたいな呼ばれ方ではありませんの。ミーシャは、『ミシャ』、なんだかこう、カエルでも踏まれたみたいな音ですわ」
「ルーで通っていること、私はなかなか可愛らしくて素敵と思いますわ」
「ショット・ミシャって名も、私気に入っておりますの、お姉さま」
「お二人とも変わり者ですことね」
「お姉さま、ガンショップですわ」
変形長靴、革脚絆、黒短靴の脚が、ガンショップの扉が軋み板敷の床を鳴らした。
どこかの世界のどこかの国、戦後ガタガタの王政府が建て直しを図ろうと、貴族への
「なんてこと!没落いたしましたわー!!!!」
真っ青な顔で招かれる、幼友達ルンシャのお茶会。一つ下のミーシャも一緒で、この顔ぶれがいつもの仲良しこよし。他は売り払い一台だけ残る乗用車に乗り、ルンシャの豪邸の門に着くとすれ違うトラックや馬車の群、荷台には見覚えのある調度品がズラリと。ルンシャの家も同じく非常時だった。
「ご機嫌よう。ルンシャ、メイドもおりませんのね。お茶会なぞ開いて、余裕がありまして?」
「ご機嫌よう。でも、マリアのお宅も同じと聞き及んでおりますが、来てくださったではありませんか。お手土産もご持参いただいて」
「まあ・・・たしかに、私もこのお茶会を楽しみにしておりますわ。クッキーをお持ちしましたの。でも、料理人を解雇せざるを得なかったものですから、手作りですわ」
「あら嬉しい!お心、ありがたく頂戴いたしますわ」
「形は滑稽ですの。笑わないでいただけます?」
閑散とする庭、最早手入れをする庭師もいない。目を移す豪邸の窓にはルンシャの父の影が慌ただしく動いていた。日頃穏やかな笑みを湛える伯爵を哀れに思い、空の皿にクッキーを出した。ルンシャは優しく微笑み上品な唇でクッキーを口にする。
「美味ですわ。マリアの真心がこもっていらして」
「光栄ですわ。それより、ミーシャが遅刻ではありませんこと?」
「お待ちしましょう、クッキーとお紅茶で。あら、いらっしゃったようですわ」
ミーシャの家はもっと哀れ。家まで売り払ってボロ小屋同然の貧農の家を買い、彼女は徒歩に風呂敷提げ駆けてきた。
「お姉さま!遅くなって申し訳ないですわ!」
ミーシャも手作りの菓子を持参し、またもやクッキー。マリアのよりは出来が良かったが、プレーンクッキーばかり並ぶ皿には、先月までは派手にデコレーションされた大ケーキが鎮座ましていた。
「では、ミーシャ、貴女のお宅も?」
「ええ、お姉さま方よりも酷いかもしれませんわ」
「これからどういたしますの?上の兄や姉は働きに出ることが決まりましたわ」
「私のお母様も、街のお店で働くことになりましたの。贔屓にしていた甲斐あって、快くお雇いいただけましたわ」
「私たちも、働きにいかなければならないですわね」
「そう、そのことで、提案がございますの」
ルンシャは薄い紅茶が空になりティーカップを置いた。次に置くのは一冊の雑誌。どう見ても彼女たちの気品に不釣り合いな業界情報誌は、ロクな仕事が載っていないことで有名だった。
「これ・・・あまりよろしくないお仕事ばかり載っているのではなくて?」
「でも、これで稼げそうですわ。今乱れた地域で流行っているそうですの」
小さなコラムを指差した。覗き込むマリアとミーシャ、眉をしかめる。正直、非常識で危うい提案であることは間違いなかった。
「危ない仕事ではございません?」
「お姉さま、私怖いですわ」
「でも私たち共通の趣味、それに共通でもそれぞれ違った性格の腕を持っているのではなくて?組み合わせれば強くなれると思いますの」
コラムには、銃を使う仕事が載っていた。巷では
このお嬢様たちには、家族の影響から射撃の趣味があった。拳銃は共通に扱えて、あとそれぞれ、騎銃、短機関銃、散弾銃。この三挺は軍用であり、父たちは皆軍人であるか士官学校に在学経験を持ち、その記念品。特にマリアの父は戦時に、高級将校であるというのに短機関銃を用いて部隊の先頭に立ったことで有名だった。
「お姉さまがどうしてもとおっしゃるのなら・・・このミーシャ、散弾銃持って参上いたしますわ!」
長時間の説得、陽が傾きかけた頃、まずミーシャが折れた。マリアは最後まで抵抗感を持っていたが、おいてきぼり食らうのも寂しく思い、信頼するこの二人となら、と渋々賛成した。
「危ない仕事ですわ。お父様が許してくださるかどうか」
「マリアのお父様は勇名馳せる陸軍中将閣下ですもの。民ををお助けする仕事ですから、大丈夫ですわ」
「だといいのですけれども」
当然のように家族は反対、ただマリアの父は、反対というより決心を何度も確かめるような説教だった。それでもなんとか、ルンシャは説得、マリアは涙の壮行会で送り出され、ミーシャの場合は家出同然だった。
そして一年、ようやく汚い仕事にも慣れ、二つ名くらいは付くようになった。手を血に染めても、没落しても貴族という心持ちは優雅な雰囲気と言葉遣いに表れ、むしろ貴族であるから、悪人に虐げられる国民への責任感が有るのかもしれない。
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