第十七話 オータムフェスタ編(その2) 挫けぬ強さは胸の中に
模擬戦の行われる城通り広場は、街の北側東西に貫く城通りを、プランツ街道との交差点からカルサ城の方へ少し行った所にある。今日は広場の中央にあるイベント用の大理石製ステージが模擬戦に使われ、試合が行われるようだ。
シルト達が着いた頃には、試合を見にきた大勢の観客でごった返していた。と、そこに見たことある人影が……。
「あれ、ペノさん?」
「わわっ!シルトさん、リリィさん!お久しぶりです。」
「ペノさんも、ミルちゃんの試合を見に来たんですか?」
「その通りです!ミルトニア様の晴れ舞台、見逃すわけにはいきません。あっ、もう始まるみたいですよ!」
銀色に光る鎧と青いマントを身に纏ったカルサの騎士団員や、他の地方領の騎士、一般参加でエントリーした冒険者、義勇兵など、様々な人がステージに上がり、カルサ騎士団の騎士団長らしき人が挨拶を始めた。ミルトは団長の隣に立っている。ミルトニアも遊撃部隊の中隊長で、四個師団200人程の部下を持つ指揮官でもあったりする。鎧にはカルサ騎士団の紋章と大尉の胸章が付いている。
挨拶が終わると参加者は一旦退場、代表選手二人が残り、試合が始まった。試合は武器を失うか相手に致命傷を与えるであろう攻撃を受けた方が負け。勿論、使用武器は模造刀、攻撃は寸止めだ。
「あっ!ミルちゃんですよ!」
「本当だ。遂に来たね。」
「ミルトニア様!頑張れー!!」
ミルトの相手は、ちょっといかつい風貌の冒険者の男だった。剣は、少し大きめのバスターソード(やや大型の両刃片手両手両用剣)を使うようだ。
「おっと、こいつは偶然。まさかプランツの『蒼剣姫』様とお手合わせ願えるたぁね。たまには良いことも有るもんだ。」
「ふふっ、そう言ってくれて光栄だよ。」
「あの豪傑ロドルフの孫娘なんだろ?あの大男からは想像もつかねぇや。」
「よく言われるよ。剣の流派も違うしね。」
「にしても見れば見るほど綺麗なお姫様だこと。へっ、俺が勝ったら俺の女にならねぇか?」
「……それは困ったね。ますます負けられないじゃないか。」
両者とも静かに剣を抜いて構える。
「……カルサ騎士団、ミルトニア・レア・ルエル。」
「……冒険者、ミニッツ・ジャーラス。行くぜ!!」
冒険者は高めに構えた剣を素早く振りかざし、袈裟切りに一撃、ミルトはこれを剣で難なく流す。冒険者は手慣れた動きで二撃目、三撃目を繰り出す。振り下ろす剣の重みを利用する攻撃的な剣術。冒険者に多い斬圧流だ。ただこの男、かなりの強者のようだ。ミルトは、剣で攻撃を逸らし続けているが、少しずつ押され始めている。
「くっ、流石に一撃が重いな。だが、スキも多い!」
ミルトが一瞬のスキを突き、横凪ぎに一閃。鋭い斬撃を放った。だが、
「……甘いな。ウォォォォォ!!」
強烈なカウンターを受け、ミルトは吹き飛ばされた。すぐさま体制を立て直そうとするが、追い討ちのように強烈な剣撃を受ける。
「剣技、烈斬!!」
「くっ!」
ミルトはすんでのところで横っ飛びで転がり剣撃を回避した。
「……なかなか手強いね。」
「へっ、怖じ気づいたか?」
「……まさか。」
迫る冒険者の剣を捌き、右へ左へ回避する。時折スキを突き攻撃を仕掛けるが、どれも有効打には至らない。
(……くっ、強い!)
ミルトは姿勢を低くし、一気に駆け寄ると下段より斬り上げる。
「ハアアアアアア!!」
振り下ろされる冒険者の剣を一回転でひらりとかわし、すぐさま袈裟切り。聖剣流の上級剣技『旋風』だ。だが、冒険者はとっさに身体を動かし、斬撃を肩の鎧で受けた。
「くそっ!」
「ふん、何年冒険者やってると思ってるんだ。この位捌けなくてどうする?」
そして力魔法で強化された強烈な右蹴りを放つ。ミルトは左腕で庇うが、蹴りの威力は凄まじく、ステージの壁に勢いよく叩きつけられた。
「がはっ、あぁ!!」
左腕と後頭部に激痛が走る。恐らく咄嗟に庇った左腕の橈骨が折れたのだろう。頭からも出血しており、顔に血が滴る。口の中も血の味がした。剣を杖に立ち上がるが、激痛が身体を苛み、身体の自由が利かない。
(くっ!……身体が動かない……私は、このまま負けるのか?応援してくれた皆の期待には、応えられないのだろうか?すまない、ペノ、リリィ、シルト……。シルト?)
ふと、首もとに手をやる。そこには、シルトにプレゼントされた白と青紫のラン <ミルトニア>のネックレスがあった。『大丈夫。ミルトなら絶対勝てるよ。僕は信じてる。』愛する彼は、そう言った。人混みに紛れて見つけられないが、シルトもこの会場で私を見ていてくれているだろう。シルトはきっと、最後まで諦めずに応援してくれているだろう。そっとネックレスを撫でると、シルトがすぐ傍に寄り添っているように感じた。
(そうだ、シルトが居る。シルトが見ててくれるんだ。負けたくない!まだ……まだ負けない!!)
口に溜まった血反吐を吐き出し、再び剣を構える。
「……まだだ、まだやれる。この勝負、なんとしても勝たせてもらうよ!!」
「……まだやるか。へっ、面白ぇじゃねぇか!」
「ハァァァァァァァァ!!!」
「ウォォォォォォォォ!!!」
ミルトの剣と、冒険者の剣が激しく衝突し、火花を散らす。だが、片手しか使えないミルトは力押しで勝てるはずは無く、剣が弾かれる。だが、ミルトの正確な斬撃で冒険者の剣もごく僅かに軌道を逸らされた。その一瞬の間に、姿勢を低くし相手の懐をくぐり抜ける。冒険者の裏手に回ったミルトはありったけの力で、冒険者の首筋へ剣を突きつけた。
「ハァ、ハァ……私の……勝ちだ。」
「……へっ、負けたよ。良くやったな、嬢ちゃん。」
会場から歓声が沸き起こり、ミルトの勝利を祝う声が方々からかけられる。しかし、ミルトが聞きたかった声は、ただ一人の声だった。
「ミルト!!大丈夫か!!!」
その男〈シルト〉は慌てた表情で観客の群衆を掻き分け、一直線にミルトの元へ向かった。
「ミルト、怪我してるでしょ!?すぐ治療しないと!」
既に傷だらけのミルトは、駆けつけたシルトの胸に優しく飛び込んだ。
「ふふっ、私勝ったよ。シルトがくれた、このネックレスのおかげだね。」
「バカっ!こんなに無理しちゃって!ミルトがこんなに傷ついて、本当に辛かった……。」
シルトは半泣きになりながらミルトニアを抱きしめた。
「……ああ、すまなかった。あと、ありがとう。」
ミルトは幸せそうにそう言うと、シルトの腕の中で意識を手放した。
ミルトが目覚めたのは、試合会場横にある医務用仮設テントのベッドの上だった。
「おっ、目が覚めたみたいだね。」
「ミルちゃん。良かった!」
「お嬢様ぁー!!お身体大丈夫ですかー!!」
「……ペノ、リリィ、シルト。ああ、あの後、気を失って……。身体はとりあえず大丈夫そうだよ。あと、その……いろいろとすまなかった。」
「そうですよー!凄く心配したんですからねー?」
「お嬢様に何かあったら、私どうしようかと思いましたよぉ。」
「……まったくだな。今回はいくら何でも無茶しすぎだ。」
そのテントには、シルト達の他に役人の礼服を着た見知らぬ男の人が立っていた。
「お、お父様!?」
そう、この男はミルトニアの父親であり、現プランツ領主のヴィクトール・レア・ルエルだ。
「領主様は、ミルトが試合で大怪我したって聞いて、式典を抜けて駆けつけてくれたんだよ。」
「治癒魔法で治せるとはいえ、大事な娘が大怪我したんだ。式典はルークスとイグザム(ミルトの兄)に任せて、見舞いに来たよ。」
「……そうですか。その……ごめんなさい。」
「……私はロドルフ父様のような剣の才能は無い。騎士の事もまったく分からない。だから私はミルトニアが騎士をやって、戦うことについては口を挟むつもりはない。だが、こんな無茶をするのは、なるべく止めて欲しい。もっと自分の身体を大事にして欲しい。……というのが、私の正直な気持ちだ。」
「……はい。」
「だが、これだけ無茶をすると言うことは、絶対に負けたくない理由もあったんだろう。勝つために必死に努力した頑張りまで私は否定はしない。……よく頑張ったな、ミルトニア。」
「……お父様。ありがとうございます。」
ヴィクトールはそっとミルトの頭を撫でた。
「……シルト君、後は任せた。ミルトニアを宜しく頼むよ。」
「はい。分かりました。」
「えと、私も失礼させて頂きます。お嬢様、失礼しますね。」
ヴィクトールさんとペノさんは、テントを後にした。
「……良い人ですね。領主様。」
「……ああ。私も頭が上がらないよ。」
「さて!ミルちゃんの怪我も治った所ですし、皆でオータムフェスタの露店でも見て回りましょうよ!」
「そうだね。皆は何か食べたい物とかある?」
「私、カルサ焼き食べたいですー!」
「うーん、私は焼きマシュマロの店が気になるな。」
「じゃあ、順番に回ろうよ。まずはカルサ焼きだね……。」
オータムフェスタは、まだまだ続く。
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