第十六話 オータムフェスタ編(その1) お祭りの幕開け
「おはよう、シルト、リリィ。」
「おっ、ミルト。おはよう。」
「ミルちゃん、おはようございますー。」
「シルト、今日は4時頃にはあがらせてもらうよ。」
「おっ、了解。騎士団の模擬戦だっけ?」
「そうだよ。オータムフェスタの催しで、城通り広場に設けられたら舞台で、他の地方の代表や腕に自信のある冒険者と勝負するんだ。」
「そうです!今日は少し早めに店を閉めて、応援に行きましょうよー!」
「そんな!お店は大丈夫なのかい?」
「うん。今日の夜は屋台にお客さん捕られちゃって殆ど来ないだろうし、みんなでミルトの勝負を見に行くよ。」
「……ありがとう。期待に応えられるよう、頑張るよ。」
「頑張ってね。ミルト。」
「ふぁいおー!です!」
「さて、そろそろお店開けようか。ミルトは着替えてきたら?」
「うん、そうするよ。」
「今日も一日頑張りましょう!」
オータムフェスタとは、プランツ地方の収穫祭にあたる行事で、二日かけて行う街がとても賑やかになるお祭りだ。元々は人々を助ける魔法と、土地を豊かにしてくれる様々な精霊達に感謝を捧げる行事だったが、今では大通りや広場には屋台が立ち並び、大人は夜通し酒盛りをする、割と何でもありなお祭りになっている。街の外から多くの人が観光に訪れ、経済効果がとても大きいため、わざわざ街の外から商売に訪れる商人も多い。そして残念ながら夜の間は、祭りのメイン会場の城通りがある街の北側が賑わい、街の南にある喫茶シルリィはかなり寂しい感じになるので、いっそ店を閉めて自分たちも楽しんでしまおう!という訳だ。
と、そこに騒がしく誰かが駆け込んできた。
「シルトぉ!リリィぃ!だずげでぇぇぇ!」
「ちょっ、リテラ姐さん!一体どうしたの?」
「なにがあったんですー!?」
「オータムフェスタ限定で、『お買い得!焼きたてパンの詰め合わせセット!』って言うのを作って売ってみたんだけど、予想以上にお客さんが来ちゃって全然人手が足りないのよ……。申し訳ないんだけど、手伝って貰えるかしら?」
「リリィ、リテラ姐さんの方を手伝ってあげなよ。」
「喫茶店の方は私とシルトで何とかするよ。」
「そうですね。じゃあ、お願いしますー。リテラ姐さん、行きましょう!」
「ありがとう、リリィ。お願いするわね。」
「いってらっしゃい。リリィ。」
「気をつけてね。」
今日は観光客のお客さんが多かったため、いつもより店は賑わっていた。夜もこの位来てくれたら嬉しいのだが……そこはどうにもならないので仕方ない。交代で軽く昼食を取りつつ、二人で働いた。
ミルトもその昔、この店で働き始めた頃は慣れない仕事に苦戦していたが、今では調理から接客までしっかりこなしている。元々ミルトは剣に関しては無類の天才だが、それ以外はかなり不器用らしい。……一度ミルトの手料理を食べさせてもらった事があったが、……何というか……割とひどかった。昔はよく食器を落として割ったり、オーダーを間違えたりしていたが、ミルトの必死の努力により、それらを克服してきた。まぁ、今でもたまに食器を割ってしまうこともあるが……。ちなみに料理下手な所は、ちゃんとレシピ通りに作ってもらうことで解決した。苦手なことを必死に克服してまでも、なぜこの店で働いてくれるのはよく分からないが、とにかく彼女には感謝している。
「ミルト。いつも、ありがとうね。」
「なっ、なんだい突然……。///」
「いや、特に理由は無いんだけどさ。僕が言いたくなっただけ。」
「そう……なのか?突然だったから驚いたよ。」
「ごめんごめん。でも、いつも本当に頑張って貰ってるから、何かお礼したいと思ってさ。あっ、そうだ!ちょっと待っててね。」
自室に戻り、机の引き出しからある物を取り出してくる。
「おまたせ。これあげるよ。いつものお礼と、今日の試合に勝てるようにお守りを兼ねてさ。」
ミルトに差し出したそれは、白い螺鈿と青紫の宝石を使って、ランの花をかたどった小さいネックレスだ。母が昔、『大切な人が出来た時にプレゼントしなさい。』と言って買ってくれた物だ。
「こんなに素敵な物……いいのか?」
「勿論だよ。昔母に買ってもらった物なんだけど、女物だし、良かったら使ってよ。」
「……ありがとう。大事にするよ。///」
ミルトは受け取ったネックレスを首に掛け、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「どう……かな?」
その姿は、野に咲く一輪の蒼い花のように可憐で美しかった。シルトでさえしばし見とれてしまう程に。
「……うん!とっても似合ってるよ。ミルトニアにピッタリだね。」
「こんな素敵なものまで貰ったんだ。今日の試合は負けられないな。ははっ、少し心配になってしまったよ……。」
「大丈夫。ミルトなら絶対勝てるよ。僕は信じてる。」
シルトはとても真っ直ぐな目で、ただそう言った。
「ありがとう。頑張るよ、シルト。」
「うん。頑張れ、ミルト。」
さて、時間は夕方5時半を周り、客足も少なくなってきた。
「それでですねー、リテラ姐さんとポールさんでパンを作って、私とアンナさんで売ったんですけど、お客さんにアンナさんの娘だと思われちゃったんですよー。」
「確かによく似てると思うよ。同じ茶髪だしね。」
「問題はその後です!お客さんが『アンナさんに初等学生(小学生のようなもの)の娘さんなんていたっけ?』なんて聞いてたんですよ!私これでも16歳なのに!」
「あぁ……。」
「どうして身長が全然延びないんでしょう……。胸だってミルちゃんみたく大きくないですし……。ミルちゃんがちょっぴり羨ましいです。」
「まぁ父さんは身長高いから、リリィもそのうちきっと伸びるって。」
「……お母さんはあんまり身長高くなかったじゃないですかー。」
「きっと大丈夫だよ。それに、今心配しても仕方ないじゃん。さっ、早くお店閉めてオータムフェスタ行こうよ。」
「……まぁ確かに気にし過ぎても仕方ないですね。支度しましょう!」
街は建物の間に、色とりどりの三角旗が張られ、お祭りムード一色だ。プランツ街道も行き交う人々や観光客や商人の馬車で賑わっていた。プランツ街道は飲食店や宿屋が多いので、店先に露店を出す店もちらほら見かける。
「今年は大分出店が多いな……。お菓子が当たる紐クジに、炭火焼き串肉……。ん?あの『スライムエステ』ってなんだ?」
「ああ、スライムエステですか?最近女の人に人気のエステですよー。生きてるスライムに身体の角質を溶かして食べてもらうんです。お肌がツルツルになるって評判らしいですよー。私も今度行ってみようかな……。」
「へぇ、そんなのが……。」
「あっ、中華料理の『大猫熊』がシャーピン売ってる。よし、買おう!」
「兄さんそれ好きですよねー。じゃあ私の分もお願いします。」
「こんにちは、イーノゥちゃん。」
「あっ、シルトガァガァ!(シルト兄ちゃん)いらっしゃい!」
店先の屋台でシャーピンを売る彼女は、中華料理店『大猫熊』の看板娘、劉 一诺(リュウ・イーノゥ)ちゃん。天真爛漫なチャイヌ人で15歳の女の子だ。
「持ち帰りで、シャーピン二つ下さいな。」
「リーチェ!(了解)お代、3カパーアル。」
「はい、どうぞ。」
シャーピン(餡餅)とは、中華風のおやきで、挽き肉と野菜の餡を小麦の皮で包み、平たくして鉄板で焼き上げるおやつだ。餡は餃子に似ていて、モチモチの皮と相まってとてもおいしい。
「ハイ、お待たせネ!」
「ありがとう。また来るね。」
「ハオダデイェ!(さようなら)」
「はい、リリィ。買ってきたよ。アツアツだから気をつけてね。」
「ありがとうですー。はむっ、うーん!おいしいですぅ!」
「たまに食べたくなる味だよね。じゃあ、食べながらミルトの試合会場に向かおう。」
「はいですー!」
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