第十八話 オータムフェスタ編(その3) 祭りの醍醐味食べ歩き

 ミルトの試合が終わり、シルト達は、カルサ焼きを買うため、城通りを散策していた。カルサ焼きとは、ジャガイモとマッシュルーム、一口大のソーセージを炒めて、溶かしたチーズとトマトベースのソースをかけた物を、薄焼きパン(ナンのようなもの)でくるんだ郷土料理だ。カルサでは、お祭りやイベントの定番の料理でもある。カルサ周辺はジャガイモ栽培が盛んで、カルサの料理と言えば、ジャガイモや獣肉、カルサの北東のオー湖やルークレア川の魚、プランツ地方のすぐ南にあるパストラル地方の食肉や乳製品が基本の材料である。ドゥオキデムの小麦の主な産地であるブレ地方はカルサから少し離れているため、ジャガイモは貴重な主食として古くから食べられてきた歴史がある。


「カルサ焼きか……。お祖父様が好きで、よく食べていたな。私もよく分けてもらっていたよ。」

「やっぱり、お祭りと言ったらカルサ焼きです!これは外せません!」

「確かにちょっと手間がかかるから、家で作る料理では無いよね。あっ、あそこで売ってるみたいだね。」

「本当です!早く買いましょうよ!」


 見つけたのは赤い幌の、カルサ焼きの屋台だ。


「らっしゃい!カルサ焼きアツアツだよ!」

「すみません、カルサ焼き3つ下さい。」

「毎度あり!お代は3カパーと6ペブルだよ。」

「はい、お願いします。」

「丁度のお預かりで!」


 露店の店主は、手早くカルサ焼きを包み、手渡した。


「へい、お待ちどう!」

「わぁー、美味しそう!ありがとうございます!」

「おっ、アツアツだね。美味しそう。」

「久し振りに食べるな……。」

「そこのテーブルの所で食べよう。……って、あそこに居るのってフィリゼとルーヴかな?」


 大通りの真ん中に設置されたテーブルに、魔導ランプの灯りを受け、薄いオレンジ色に輝く白髪の少女と狼耳の女の子。間違い無くフィリゼとルーヴだ。


「おーい。フィリゼ!来てたんだ。」

「おっ!シルト。それにリリィとミルトニアも。こんばんはじゃな。丁度ルーヴと一緒に回ってた所なのじゃ。いやー、祭りと言うのはやはり楽しいものじゃな。」

「……これ、買ってもらった。」


 ルーヴは狼のぬいぐるみを両手で持って、嬉しそうに眺めている。


「わー!可愛い狼さんのぬいぐるみですねー!」

「……ん。」


 ルーヴはうつむいて、少し照れたようにはにかんだ。


「さっきまで城通り広場で模擬戦をやってて、ミルトが凄かったんだよ。」

「そうじゃったのか!それは見たかったのぅ……。」

「毎年やっている行事だし、見る機会は何時でもあるさ。また見に来てくれたら嬉しいな。」

「そうじゃな。機会があったら見に行くのじゃ。……それと。さっきから気になっていたんじゃが、その手に持っている料理は何なのじゃ?」

「これはカルサ焼きって言う料理ですよー。カルサのお祭りの定番料理ですね。そこの赤い幌の屋台で売ってますよー。」

「よし、買いにいくのじゃ。ルーヴも食べるか?」

「……食べる。」


 結局、皆で丸いテーブルを囲んでカルサ焼きを食べることになった。


「この後、皆はどこを回りますか?」

「そうじゃな。城通りで食べ歩きしてから、マーケットを覗いてみたいの。」

「……確か6時くらいから、ソラトビブタに乗って街を一周する空中レースがあるらしいね。」

「あぁ、カルサが誇る謎の伝統行事か……。」

「街の外周を一周するのに一時間以上かかるらしいですよねー。でも、あれで優勝すると、地中海の港街を巡る豪華船旅が当たるらしいですよー。」

「なんと、それは凄いな!妾も欧州位だったらなんとか飛んでいけるのじゃが、大海原をのんびり船で旅と言うのも、憧れるのじゃ。」

「最近は魔導蒸気船も増えてきたらしいね。風聖霊の加護を受けた帆船と同じ位の速度が出るんだって。ラズール海(メンルティア大陸とヨーロッパの間の海)を2日半で横断できるとか……。」

「うーむ。あんまりのんびりしてられない速さじゃ……。便利なのは良いことなんじゃが、ちと旅情に欠けるの。」

「……わたし、ご主人様の背中好き。景色が綺麗に……見える。」

「それは、私も体験してみたいな。今度、機会があったら乗せてくれ。」

「あ、私も乗ってみたいですー!」

「うむ、承知したのじゃ。」

「さて、みんな食べ終わったことだし、そろそろ行こうか。」

「了解じゃ!」



 城通りには主に飲食店の屋台が多く並ぶ。元々、収穫祭が元となった祭りであったため、ドゥオキデムのみならず、世界中の様々なご馳走が売られている。特に、鉄板焼きやソーセージなどの屋台からは、美味しそうな匂いが漂ってきて……なかなかに危険である。


「うわぁー!あの串焼き肉見て下さい!ステーキみたいにおっきいですよ!」

「あの大きいバーガー、焼きたてのハンバーグと目玉焼き、レタスとアボガドにマヨネーズベースのソースがかかっておるぞ!あれ、絶対旨い奴なのじゃ!」

「くっ、あの揚げドーナツ……美味しそうだ。ああっ!生クリームとチョコをトッピングだって!?なんて卑怯な……!」

「……美味しそう。」

「あはは……。じゃあ、各自で一旦買いにいこうか。後でそこの木の所に集合しよう。」


 僕は、切り売りの四角いピザと、ドネルケバブを買ってきた。切り売りの四角いピザは、リタリアで『ピッツァ・アル・タッリョ』と言われ、主にリタリア北部で売られている。リタリアではパニーノに並ぶポピュラーな軽食だ。そしてドネルケバブは、下味を付けた肉を大きな串の周りに巻き付けて重ね、それを回転させながら炙り、焼けた外側を薄く削ぎ落としたトロコ発祥の中東料理である。それをピタという薄く円形のパンの中に野菜と共に挟んで、ソースをかけて提供するのが、ケバブの屋台では一般的である。


「お待たせしましたー!兄さんも串焼き食べませんか?」

「おっ、いいの?じゃあちょっと頂戴。」


 リリィは先程の串焼き牛肉と、豆とソーセージのトマト煮を買ってきたようだ。リリィが買ってきた串焼き牛肉は、カルサの露天でお馴染みの、ピリカラシ(プランツ地方原産の山唐辛子)ベースの香辛料が効いた、スパイシーな味である。もう一方のトマト煮は、ドゥオキデムなら大体どこ行っても食べられる定番の家庭料理だ。母が昔よく作っていて、リリィにとっては思い出の味なんだとか。


「買ってきたのじゃー。」

「……買ってもらった。」


 フィリゼとルーヴが買ってきたのは、さっき見ていたハンバーガーと、イチゴの甘いフローズンだ。麦のストローでフローズンを吸うルーヴの目が、キラキラと輝いている。ルーヴの甘いもの好きは、相変わらずのようである。


「……おまたせ。買ってきたよ。」

「おお、そのドーナツ美味しそうだね。」


 ミルトはハムとレタスのサンドイッチと、先程のドーナツを買ってきたらしい。


「そのドーナツ、揚げた後に、生クリームとチョコソースがかかってるのか……。ちょっとカロリー高そうだね。」

「うっ!あえて考えないようにしてた事を……。」

「ごっ、ごめんね!でもミルトは全然大丈夫だよ。全然痩せてるし、気にすることはないよ。」

「そうなのか?それなら……まぁ良いかな。」


 少し日が傾きだしたカルサの街。幸せが溢れる楽しげな雰囲気の中、オータムフェスタはまだまだ続く。

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