第十二話 森とキノコととっておきの場所

「こんにちはー。フィリゼいる?」

「おお、来たか。待っておったぞ。」

「……いらっしゃい。」

「今日は午前のうちに獲物が狩れたから、先に街に寄って残りを売ってから来たよ。はい、これお土産のブドウ。甘くて美味しいよ。」

「ブドウとな?もうそんな季節か……。」

「ジャガイモやニンジン、ワイン用のブドウも収穫時期だね。カルサの街はオータムフェスタの準備で忙しそうだよ。」

「お主の店は何かやらないのか?」

「うちの店はポルチーニのクリームパスタとか、ブドウのケーキとか、特別メニューを出す予定だよ。」

「おぉ!それはうまそうじゃな。よし、今日は山にキノコ狩りに行くぞ。」

「お、いいね。行こう行こう。」

「ルーヴは付いてくるか?」

「……!」


 嬉しそうにコクリと頷いた。


「いつも留守番ばっかりじゃもんな。と言っても、行くのは近場の山だけじゃからちょっとつまらないかも知れんが……。」

「それなら僕面白いところを知っているよ。もしよかったら案内するよ。」

「それは楽しみじゃな!是非案内してくれ。」

「……楽しみ。」

「じゃあ、準備して出発じゃ!」


 さてさて、やってきましたはカルサの南東、エートゥル山。この山は良く霧が出る少し湿った山だ。山のほとんどがブナの林で、葉が密集していてかなり薄暗い。ブナの密集した葉のせいで日光がほとんど遮られてしまうため、他の植物はあまり生えていない。

 ブナの木材はとても重く水に沈むため流通には向かない木だが、木目が細かく工作やニス塗りがしやすいため、カルサでは家具や木工品に使われる。カルサの林業者が定期的に山の手入れをしているので、山は綺麗で歩きやすい。落葉広葉樹のブナの葉は赤く色づき、とても綺麗な紅葉になっていた。


「綺麗な紅葉じゃなぁ……。」

「だねー。だけどここに来た理由は紅葉を見るためじゃないんですよ……。では、足元をご覧ください!」

「……きのこがいっぱい……!」

「これは凄いのじゃ!」

 このブナ林にはポルチーニを含め様々なキノコが生えている。知る人ぞ知るキノコ狩りの穴場だ。

「この凄くキノコっぽい見た目の茶色キノコがポルチーニ。正式にはヤマドリタケって言うらしい。新鮮なものはナッツのような香りもする高級キノコだね。貴重なキノコだから採りすぎには注意。」

「乾燥させてスライスした奴は市場でよく見かけるぞ。生えてるところは初めて見たが……。」

「……レアきのこ。」

「食べ方は、パスタやスープはもちろん、ソテーしたりシチューなんかに入れてもいいね。」

「どれもうまそうじゃなぁ。」

「さて、こっちの黄色いキノコはアンズタケ。アンズ(アプリコット)の香りに似た匂いがするからこの名前がついたよ。漏斗型の波打つヒダが特徴だね。フィランスだとアンズダケの仲間のジロールってキノコがよく食べられているよ。」

「すんすん、確かにいい香りじゃな。」

「……フルーツきのこ。」

「アンズみたいな香りと、コショウのようなピリッとした味で、肉や卵、ピザやシチュー、揚げ物なんかにも。……変わり物だとシャーベットにすることもあるらしい。」

「キノコシャーベットって斬新じゃな。」

「こっちの、ちょっと不気味なキノコはアミガサタケ。傘が網みたいに見えるからこの名前なんだって。これでもちゃんとした食用キノコだよ。」

「うーん、ちょっと見た目が不気味じゃな。」

「この模様、蓮の実の穴と同じ不気味さを感じるよね。まあ、見え方には個人差あるみたいだけど。このキノコは生クリームやバターと相性がよくて、パスタやグラタン、オムレツなんかが美味しいよ。ただ、微量の毒があるからちゃんと加熱して食べよう。あと、アルコール類と一緒に食べると、悪酔いしちゃうから注意。」

「……それは気をつけなくてはな。」

「このキノコは……なんだこれ?」


 やたら丸っこい赤い傘に大きな白い斑点、太い軸には目のような模様が入っている。


「取りあえず食べちゃまずいじゃろうな。これ。」

「どれどれ、持ってきたキノコ図鑑によると……一応食べれるみたいだ。これを食べると体が二倍ほどに巨大化する……とある国ではこのキノコで巨大化して、囚われの姫を救った中年男性がいるらしい。でも、食べすぎると体に赤白の斑点が出来ることがあるとか……。」

「何それ怖いのじゃ。」

「……テレテレテレ。」

「因みに、この場所はごくまれにだけど、天然の黒トリュフが取れることもあるんだよ。ほら、これはこの間偶然ここで採ったトリュフ。ちっちゃいけど本物だよ。」

「おお!黒いダイヤ!本物じゃ。」

「……すんすん。」


 ルーヴがトリュフの匂いを嗅いでいる。


「どうしたの?」


 ルーヴは何やらこの辺りの匂いを嗅ぎだした。ルーヴはしばらく歩き回り、立ち止まった。


「……ここにある!」

「え?まさか分かるの!?」

「そういえばルーヴは神狼じゃったな。鼻はとても利くはずじゃ……。」

「うーん、確かにトリュフを探すとき犬を使うとは聞いたことがあったけど……。」

「取りあえず掘ってみるぞ!」

「ラジャー!」


 数分地面を掘り進めると、黒っぽい塊が出てきた。掘り出したこぶし大のそれは、紛れもない黒トリュフだった。


「うおお!?本当に出てきた!!」

「でかしたぞ、ルーヴ!」

「……。///」



「キノコもだいぶ採れたし、僕のとっておきの場所に案内するよ。ついて来て。」

「宜しくなのじゃ。その場所はどんな所なんじゃ?」

「ふふっ、来てみればわかるよ。」

「むぅ……随分勿体ぶるのぅ。」


 向かう先は、東カルサ山の北側にある戻り谷と言う場所だ。ここは常に霧がたちこめていて谷底は見えず、谷へ降りようと歩いても、気付けば来た道を戻ってしまう不思議な場所だ。


「ああ、ここなら妾も知っておるぞ。妾も色々試したが、どうやっても谷底にたどり着けなかったのじゃ。見た所、かなり特殊な結界が張ってあるみたいなのじゃ。」

「ふっふっふ、今日案内するのはここの谷底だよ。」

「なんと!?ここに入れるのか!」

「……すごい。」

「準備するから、ちょっと待ってね。まず、鏃を外した矢に、オークの葉っぱを二枚刺して……谷から出てる大木に向かって弓で射ります。それっ!」


 矢を木に射ると、鈴の音のような音が辺りに響き渡り、どこからか声が聞こえてきた。


『はいはーい。お客さん……って、シルトじゃん。どったの?』

「なんじゃ!?声が直接頭に!」

「……びっくり。」

「久しぶり、ルーン。友達を連れて遊びに来たんだ。開けてくれないか?」

『おっけー。ちょい待ちー。』


 すると、霧が道を作るように空間が出来た。


「よし、これで降りられるよ。坂が急だから気をつけてね。」

「……驚きすぎてちょっと混乱してきたのじゃ。」

「……シルト兄ぃって……なにもの?」


 少し急な獣道を降りると、そこには大木を中心に木造の家が立ち並ぶ、美しい村が広がっていた。


「わぁー!すごいのじゃ。」

「……すごい。」


 村はさまざまな植物に囲まれ、地面には綺麗な黄色い花が咲き乱れていた。畑には様々な作物が植わっており、まるで町全体が森に溶け込むような美しい村だ。


「いらっしゃい!シルトとお友達さん。ようこそエルフの里へ。って言っても、もう私しか住んでないんだけどねー。」

「紹介するよ。僕の弓の師匠で、友達でもあるエルフの女の子、ルーンだよ。」

「えへへー。よろしくねぇ。」

「よ、宜しくなのじゃ。」

「……よろしくおねがいします。」

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