第八話 喫茶シルリィの看板娘

 僕はいつも、バータイムの営業が夜遅くまであるので、朝は少し遅めに起きている。逆にリリィには早く寝てもらって、朝の喫茶店営業をやってもらっている。そして、前の晩にお客さんが早く帰って店を早く閉めた時や、ミルトがバイトを休みの日は早く起きて店を手伝う事にしている。

 今日はミルトが騎士団の仕事でお休みなので、リリィと開店準備をしている。店内を軽く掃除して、テーブルを拭いた。


「兄さん、拭き終わりましたー。」

「お、ありがとう。そろそろ店を開けようか。」

「はい。今日も1日頑張りましょう!」

「うん!」


 ドアに掛けてある札をひっくり返し、OPENにする。しばらくすると、鉱山役員らしきお客さんが2人で来店した。


「いらっしゃいませー。」

「お好きな席へどうぞー。今メニューとお冷やお持ちしますので、少々お待ちくださいね。」


 うちの店は、朝に来るお客さんも多い。昔はそれ程ではなかったのだが、父があるサービスを始めた事がきっかけでお客さんがとても増えたのだ。

 昔、両親が東洋へ旅行に行った時、ニャゴヤという街に立ち寄ったのだそうだ。その時に出会ったというある喫茶店では、朝方に店に来て飲み物を注文するとトーストとゆで卵が付いて来るサービスを行っていて、人気を博していたらしい。両親はそれを真似てモーニングサービスを始めた所、カルサの商人や鉱山役員が商談や会議の為に訪れたり、仕事前の職人やお年寄りに好評で朝方も店が賑わうようになった。


「ちょっと、注文いいかい?」

「はい、ご注文お伺い致しますー。」

「私はブレンドとミックスナッツを。君は何にする?」

「じゃあ、私はカフェラテとミニサラダで。」

「ドール君、コーヒーは苦手かね?」

「はい、苦いのが少々……。」

「えっと、ブレンドと、カフェラテ、ミックスナッツ、ミニサラダですね?モーニングサービスのトーストとゆで卵お付けしてよろしいでしょうかー?」

「付けてくれ。」

「かしこまりましたー。メニューおさげしますー。」

「ありがとう。キミ、年はいくつだい?」

「16歳ですよー。」

「そうかそうか。いやぁ、うちの孫娘がちょうど君くらいの年でね。君を見ていると思い出すよ。」

「えへへ、それは良かったです。」


 カルサの街は飲食店が多いので、サービス競争も激しい。ある店では、頻繁にサービス券を配り、ある店では期間限定メニューを沢山出したりしている。うちの店は元魔導書屋の店舗なので、壁際に大きな本棚が置いてある。読書が好きだった母が生前集めた本が並んでおり、自由に読むことが出来る。

 さらにうちの店の隣にはとてもおいしいパン屋があり、何か飲み物を注文してくれれば、そこで買ったパンを持ち込む事も出来る。勿論、うちの店で使っているトーストやバゲットはその店の物だ。ブレ地方産の厳選した小麦とアヴァンタージュ山脈の綺麗な水で作ったパンはほんのり甘く、とても美味しい。


「お待たせいたしましたー。ブレンドとモカ、カフェラテとモーニングサービスになります。ご注文以上でお揃いでしょうか?」

「大丈夫だよ。」

「はい、それではごゆっくりどうぞー。」


 午前11時から11時半までは、お客さんも少し少ないので、つかの間のお昼休憩を取る。


「ふぅー。少し疲れましたー。」

「お疲れ、リリィ。少し休憩にしよう。」

 椅子に座ったリリィの頭を優しく撫でる。

「えへへ、ありがとうです。兄さんこそ、疲れてないですか?」

「うん。少し眠いけど、大丈夫。」

「うーん。あんまり大丈夫そうには見えませんよー?寝不足は身体に悪いですからね……。そうです!私良いことを思いつきましたー!これをこうして……よいしょっと。はい、どうぞ!」


 リリィは椅子を並べて端の椅子に座ると、ふとももを叩いた。


「ん?……どういうこと?」

「分かりませんかー?膝枕ですよー。」

「うーん、それはちょっと恥ずかしいかな……。///」

「ダメです!兄さんは疲れてるんですから、ちゃんと休まないと。ほらほら!」


 リリィに腕を引っ張られ、半強制的に膝枕されてしまった。


「気持ち良いですかー?」

「うん。気持ちいいよ。重くない?」

「私は大丈夫ですよー。」

「なら、良いけど。」


 ……膝枕されるのなんて、何年ぶりだろうか。リリィに膝枕されていたら、ふと懐かしい感じがした。そう言えば僕が小さかった頃、母さんがよく膝枕してくれたっけ。リリィと半分こで膝枕されて、仲良く寝てたなぁ。


「えへへ。兄さん、ちょっと可愛いです。なでなでー♪」


 優しく頭を撫でてくれるその姿は、昔の母さんの姿にそっくりだった。疲れと寝不足もあって、ついつい眠くなってしまった。


「眠くなってきましたか?いいですよ。あんまり時間はありませんけど、ゆっくり寝て下さい。お休みなさい、兄さん……。大好きですよー。」


 リリィの言葉を聞き終える前に、僕の意識は深い眠りの中へ落ちていった。


「さて、このままだとお昼ご飯食べれませんね……。後でサンドイッチでもつまみましょうか。」


 ……それから時間は経ち、時計の針が11時半を指した。お昼の休憩終了の時間だ。


「兄さーん。そろそろ時間みたいですよー。」

「……うぅん。ああ、時間か。よいしょっと。リリィ、ありがとう。おかげでスッキリしたよ。」

「この位お安い御用ですよ!またいつでも言って下さい。」

「ふふっ。ありがとう、リリィ。……さて、お店を開けようか。」

「はい!うあっ!?ひゃぁ!ふぇぇ……。」

「……どうしたの?」

「あっ、足が……痺れましたぁ。凄く、くすぐったいですー。」

「ありゃりゃ……。」


 昼時は昼食のために来るお客さんが多い。うちの店のランチは各種サンドイッチやパニーノ(リタリアの軽食パン)などの軽食はもちろん、本格パスタやピッツァもある。父はリタリア出身なので、メニューはリタリアのバール(軽食喫茶店)の影響を受けている。夏場はリタリア風ジェラートなどのデザートも出していて、女性を中心に人気がある。もちろんコーヒーも様々な種類を取り揃えていて、こだわりの一杯が楽しめる。ぶっちゃけて言うと、メニュー多過ぎで働く側としては大変なのだが、それがうちの店の特徴なので仕方がない。

 けれど、悪いことばかりじゃない。最近、冒険者向けの情報雑誌にうちの店が載ったらしく新たな常連さんも増えている。お客さんが喜んで食べてくれるのは、働いている側としてはとても嬉しい。働き甲斐はある職場だ。

 そうそう、僕がたまに山へ入って狩ってくるクロツチイノシシの肉は、自家製ローストポーク(正確にはローストしし肉)にしたり、じっくり煮込んでブラウンシチューにしている。狩猟が解禁される秋冬の期間限定人気メニューだ。でも流石に一頭丸々は使いきれないので、残った分は街の肉屋に売って、ちょっとした副収入にもなっている。

 カルサの近くでは、ツムジカゼキジや貴重で美味なハヤテシギ、天然フォアグラが採れるアサギリマガモなどの野鳥や、エダツノシカ、そして、僕を吹っ飛ばしたあのクロツチイノシシなどが生息している。

 ちなみに、動物はそれぞれ決まった1属性の簡単な魔法を使える。動物なので高度な魔法や魔術は使ってこないが、油断をするとこの前の僕のように痛い目を見る。中には、魔力を大量に吸い込み、強力な魔獣になる物もいるらしい。

 街のすぐそばや、街道沿いは騎士団や義勇兵、冒険者達によって魔獣討伐が行われているので安心だが、人里離れた所には強力な魔獣が潜んでいる事があるので、注意しなくてはならないそうだ。

 僕も小さい頃、父親の知り合いの元で半年修行して、ドゥオキデムの狩猟資格を取得したのだが、どうしても実戦は苦手なのだ。弓術には自信があるんだけどなぁ。

 さて、何の因果か、僕を吹っ飛ばした例のイノシシは、現在ブラウンシチューの具となってリリィに調理されている。


「兄さん、ちょっといいですかー?」

「どうしたの?」

「ちょっとシチューの味をみてほしいのですー。」

「いいよ。どれどれ……。」

「あっ!熱いですよー!よく冷まして。ふぅーふぅー。はい、あーん。」

「あーん。うん、いつも通り美味しいね。」


 そう言うと、リリィは頬を膨らませてむくれてしまった。


「……いつも通り?兄さんひどいですー!私だって一生懸命作ったのにー!」

「あっ……ごめんって。」


 取りあえずリリィの頭を撫でる。


「むぅぅ。そんな……。そんなのじゃ足りません。許しませんよ!」

「じゃあ、どうしたら許してくれる?」

「えーっと……そうですね。兄さん、今日はバータイム営業お休みですよね?だったらその……、えっと今夜私と一緒に寝てください。それで許してあげます。」


 リリィは抱き着いてきて上目使いで僕を見る。


「そんなことがいいの?」

「そんなことだからいいんですよ♪」

「分かった。いいよ。」

「えへへ、ありがとうです。」

「それで……あの……お客さん見てるからそろそろ離れよ?」

「うふふ、可愛い妹さんね。」

「あっ!?わわわっ、私ったらつい……///」

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