第七話 フィリゼのお薬講座
今日は薬のことを教わるために、フィリゼの薬屋へ向かう。
フィリゼの店へ行く途中には、前回来たときには無かったいかにも手作りな感じの看板が建っていた。木の板に『とってもよくなるクスリあります。お店はこの先森の奥。』と書いてあった。その看板だと、どう見ても怪しい店にしか見えないんだが……。
アブナイ薬は扱ってない事を祈りつつ、フィリゼの薬屋に到着した。
「こんにちはー。」
ドアを開けると、三角巾を被ったルーヴがはたきで店の掃除をしていた。
「……こんにちは。ご主人様は……たぶん、裏の庭。」
「分かった。ありがとう。」
軽く頭を撫でてやると少し恥ずかしそうにうつむいた。
一旦店を出て建物の裏側へ回ると、麦わら帽子を被ったフィリゼが庭の雑草を抜いていた。
「おっ、来たな。待っておったぞ。」
「今日は宜しくね。フィリゼ。」
「任せるのじゃ。」
フィリゼは胸を張ってニッと笑った。
「さて、まずはここに植えてある植物から説明するかの。植物にはそれぞれに合った気候や風通し、日当たりの環境があるのは分かるな?それと同じように、植物にはその土地の魔力バランスの好みがあるのじゃ。ここの畑に植えてある植物は、偏った魔力の影響を受けやすい奴でな。魔力的に中性を保つように手をかけてやらないと良く育たないのじゃ。」
「へぇ……。」
「妾の店で使う薬草のほとんどは天然の物じゃが、特殊な環境じゃないと生えない薬草は、妾の庭で育てているのじゃな。」
「ほー。家庭菜園みたいな感じか。」
「あと、滅多に生えてない薬草や、温室が必要な植物はそこの温室で育てているのじゃ。隅の方に趣味で植えてある植物も少し植わってるがの。珍しい植物で七色に光る宝石が実る木なんかもあるのじゃ。かなり貴重らしいのじゃが、知り合いの竜族からこっそり分けてもらったのじゃ。見てみるか?」
「おお、それは是非見てみたい。」
「いいぞ。ただし、この事は秘密じゃからな。多分お主が他言すると、盗っ人がわんさかやってくる。下手すると軍隊が来る。」
「そんなに貴重な物なの!?」
「……と言うのは冗談じゃが、貴重なのは本当じゃ。気をつけるんじゃぞー?」
「うっ、うん。分かったよ。」
フィリゼに案内してもらって温室に入る。温室の中は段々になっていて、小さな水路には水が流れ、薬草と思われる様々な植物がところ狭しと植わっていた。と言うかこれ植えすぎじゃない?
「……かなりびっちり生えてるね。これ大丈夫なの?」
「相性の悪い植物は近くに植えてないし、とりあえずちゃんと育つから大丈夫じゃろ。」
「そう言うものかなぁ?」
さて、お目当ての木は……あった。何かキラキラした物のついている、どうみても怪しい木が奥の方に生えている。一応周りの植物で隠してはいるが、木の背丈が高いせいで全然隠しきれてない……。
「もしかしてアレ?」
「おお!よく分かったな。」
「……全然隠せてないよね?」
「……気にするな。よいしょっ。ほれ、コレが実じゃ。」
「これは実……なのか?」
「実を言うと妾にもよく分からん。完全に宝石じゃからな。どうやって繁殖してるのやら。」
「……そうか。」
「何か他に気になる植物があったら聞いてくれ。」
「うーん……。あっ、これはなんて植物?」
赤紫色の大きな花が咲いている植物を指差す。
「それはスクブス草じゃな。これのめしべには超強力な催淫効果があることから、サキュバスの別名に因んで名付けられた草じゃな。これでも結構珍しい植物なんじゃ。効能はぶっちゃけ媚薬にするには強力すぎて、男の不能治療位にしか使われんな。」
「なにそれ怖い。……じゃあ、これは?」
次はなんか動いているモコモコした物が生っている植物を指差す。
「ああ、それはソラヒツジじゃな。秋になるとモコモコした部分が分離して飛んでくぞ。そのモコモコした部分は一応実なんじゃが、ちゃんと意識を持っていて、いまいち植物なんだか動物なんだか分からん奴じゃ。」
「なんじゃそりゃ。」
「綿は木綿に似ているから、沢山集めれば布が作れるぞ。種は栄養満点で、ナッツみたく食べると身体にいいのじゃ。薬の材料と言うよりは、食材じゃな。」
「ふーん。それは食べてみたいな。ん?そこの鉢に植わっている花は?」
小さな植木鉢に、真っ白な花が咲いている。
「あっ、アレか?あれはその……ルーヴが妾の誕生日にプレゼントしてくれた花じゃ。/// シラハネソウって言う名前じゃな。」
「そうなんだ。白くてとっても可愛い花だし、フィリゼにピッタリだね。」
「かっ、可愛い……!?もう!突然恥ずかしいこと言うでないっ!///」
「ダメなの?本当の事言ってるだけなんだけどなぁ。」
「おっ、お主もあんまりからかうのは止めるのじゃ!!///」
「ははは、叩かないでよ。痛いってー。いたゴフッ!」
みぞおちに照れ隠しがクリーンヒットした。
「い、痛い……。」
「あっ……。すっ、すまんシルト……。ついやりすぎてしまった。でも、妾をからかったシルトも悪いのじゃぞ?」
「ごめんごめん。」
すると、ルーヴが温室にやってきた。
「……ご主人様、お客さん。」
「おお、今行くぞ。シルトもついて来るのじゃ。」
「分かった。」
僕が温室を出ようとすると、ルーヴに服の裾を掴まれた。
「……ご主人様に……いじわるしちゃダメ。」
「……ごめん。本当に悪かった。」
どうやら見られていたらしい。
店に入ると、僕の背丈より大きいリザードマンのお客さんが立っていた。
「やあ、しばらく。」
「おお!久しいな、シュルシ。今日はどうしたのじゃ?」
「仲間がバキャラオオミズワニに噛まれてしまってね。いい傷薬ないかな?」
「そうじゃの……。それなら光魔力粉とキズヤキダケの煮汁、それに蜜蝋と植物油で作った軟膏が良さそうじゃな。キズヤキダケの汁は結構傷にしみるが、消毒効果は抜群じゃ。光魔力粉で傷の治りも早くなるぞ。」
「おお、それはいいね。じゃあ、それをもらおうか。おいくらかな?」
「5チノール(約100g)の小瓶で7カパーと5ペブル(約750円)じゃな。」
「ほう、安いね。助かるよ。」
「光魔力粉って原材料、光魔力結晶でしょ?かなり高いんじゃ……。」
「妾を誰だと思っているのじゃ。光竜なら、自分の魔力から魔力結晶くらい作れるわ。まぁ、薬剤師組合の連中にばれると面倒じゃから内緒にしてくれ。」
「薬剤師組合って?」
「えっとじゃな、薬と言うのは有用な毒の事じゃ。じゃから間違えて使うと毒になる。そこで、薬剤師の知識を悪用する輩を取り締まり、全ての薬屋を監視するのが薬剤師組合じゃ。」
「ほう。」
フィリゼは湯煎で軟膏を調合しながら話を続けた。
「薬屋として営業するには組合の認定薬剤師試験に合格した上で、営業許可を取らなくてはならないのじゃ。更に3カ月ごとに組合の職員が調査に来て、薬品の管理状況や店の衛生状況、薬の品質や違法薬物の所持などをくまなく調べられるのじゃ。その時に薬品や薬草の仕入先や販売の記録も調べるのじゃが、自家製の魔力結晶があると色々と面倒なのじゃ。なんでも光魔力結晶は金や銀と同じ位高価だから、勝手に作られると困るとかなんとか……。まぁ今の所黙認されとるがの。」
「うーん、なんだか大変だね。」
湯煎で溶かした蜜蝋と植物油の中に、キズヤキダケの汁と光魔力粉を溶かして、ガラス棒でかき混ぜる。出来た軟膏を小瓶に流し入れて、少し冷ませば完成だ。
「よし完成だ。シュルシ、薬が出来たぞ。」
「ああ、ありがとう。ここの薬はよく効くからね。ぜひまた来るよ。」
そう言うとリザードマンの客は帰っていった。
「そういえば、バキャラオオミズワニってどんなワニなの?」
「顎が直角まで開く、凶暴なワニじゃ。簡単な水魔法を使ってくるぞ。ちなみにリザードマンの主食の一つじゃ。」
「リザードマン、主食に食われかけたのか……。」
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