第六話 アルバイトのミルトニアさん

 喫茶シルリィのバータイム営業は、基本的にお客さんが全員帰るまでだ。なので決まった閉店時間があるわけではない。

 昨晩の最後のお客さんは深夜2時位に帰っていった。その後、店を閉めてから深夜3時位までフィリゼと2人で話ながら、お酒を飲んでいた。すると、フィリゼが寝てしまったので、二階の客室(元 両親の寝室)のベッドへ寝かせた。僕は店の片づけと明日の仕込みをして、眠りについた。

 翌朝、目覚めたのは朝の6時だった。カルサ城にある鐘楼の鐘が朝の街に鳴り響き、街が活動を始める。

 カーテンを開けると眩しい朝日が差し込んできた。


「うーん。流石にちょっと眠いな……。まぁ、楽しかったし、たまには良いかな。」


まずは二階の洗面所へ行き、顔を洗う。朝はこのあたりの家々が一斉に水を使うので、水道からはちょろちょろとしか水が出ない。水を桶に貯めていたら、リリィが起きてきた。


「兄さん、おはようですー。」

「おはよう。リリィ。」

「今日もあんまり水出ないですねー。魔法で出しちゃいましょう。」


 リリィが水魔法を発動させるとリリィの手元から水があふれ出た。

 この水を出現させる魔法は魔力の変換効率が悪く、普通の人はあまり沢山水を出すと魔力切れになってしまうような魔法だ。だが、リリィは生まれつき魔法能力が人一倍高い。魔力総量も多いし、何より魔力の扱いが上手い。リリィは去年まで中等魔法学校に通っていた事もあって、様々な魔術を扱えるのだ。特に水魔術は得意らしく、水不足の時はとても助かっている。

 ……それだけの魔法の才能があるのだから、魔法大学に入れてあげたかったのだが、我が家は余り裕福ではないのでそこまでの学費を捻出出来なかった。うぅ……不甲斐ない兄でごめんよ……。リリィは大丈夫だと言っているが、魔法大学に未練もあっただろう。年齢制限はないので、お金を貯めて、いつかリリィを魔法大学に通わせるのが、僕のひそかな夢だったりする。


「ありがとう、リリィ。」

「どういたしましてー♪」


 僕はリリィの出してくれた水で顔を洗う。おっ、水が暖かい。ついでに温熱魔法で温めてくれたみたいだ。顔を洗い歯を磨いたら、自室で喫茶店の制服に着替える。

 そう言えば、フィリゼはどうしただろう?様子を見に行ってみる。


「おはよーう。起きてるー?」


 ドアをノックして声をかけると、暫くしてルーヴがドアを開けた。


「……おはよう。……ご主人様は、……二日酔い。」

「ああ。昨日かなり飲んでたもんね。リリィに解毒の光魔術かけてもらおう。」

「……私がどうかしましたかー?」

「おっ、ちょうど良い所に。フィリゼが二日酔いみたいなんだけど、ちょっと解毒魔術かけてもらえるかな?」

「いいですよー。さてさて、フィリゼさーん。大丈夫ですかー?」

「うぅ……。あまり大丈夫じゃないな。頭痛い……。」


 とりあえずフィリゼはリリィに任せて、僕は朝食を作ることにした。今日の朝食はバゲットを切ってバターと木苺のジャムを塗ったタルティーヌと、ゆで卵のサラダ、カフェオレボウルに注いだカフェオレだ。


「みんなー、朝ご飯出来たよー。」

「はーい。今行きますー。」


 四人で朝食を食べていると、うちの店でアルバイトをしている女の子、ミルトニアが出勤してきた。ミルトニアは長い青髪をポニーテールに纏めて、腰には剣を下げている。


「おはよう、シルト。ん?……その方は、どなたかな?」

「ああ、その人は僕が色々とお世話になった人で、昨日うちの店に来てくれたから、泊まっていってもらったの。」

「うむ、初めましてじゃな。妾はフィリゼ・ミレニアじゃ。こっちはルーヴ。まぁ妹のようのものじゃ。もうすぐ帰る所だが、よろしく頼むぞ。」

「……よろしくです。」

「そうだったんだね。私はここで働かせてもらっている、ミルトニア・レア・ルエルだよ。長いから、ミルトと呼んで欲しい。」

「む?ルエルとな?もしやお主、ロドルフ・レア・ルエルの親戚か?」

「ロドルフなら私のお祖父様だよ。お祖父様の知り合いなのかい?」

「妾の知り合いと言う訳ではないのじゃが、妾の両親が昔世話になったみたいなのじゃ。達者にしておるかの?」

「うん。領主を父に譲ってからは、『残りの人生は、自分の好きなように生きる!』って言って、魔物狩りに行ったり騎士団に稽古をつけたりしているよ。元気なものさ。」

「ははは。流石は北東戦争の英雄、豪傑ロドルフじゃな。」

「……フィリゼは北東戦争の頃まだ生まれてないでしょ。」

「すまん。少し知ったか振りだったのじゃ。」

「そう言えば、ミルちゃんは朝食食べました?まだなら一緒に食べませんかー?」

「いや、食事は大丈夫だよ。……それより私は、シルトのカフェオレが飲みたいな。頼めるかな?」

「了解!」


 カフェオレとは濃いめに淹れたコーヒーと同量のミルクを注いだ、フィランス発祥の飲み物だ。一般的には酸味の強い浅煎り豆を使う。

 ちなみに似た名前のカフェラテは、エスプレッソ(深煎り豆を微細に挽いた粉に圧力をかけながら、お湯を短時間通して淹れる濃いコーヒー)を使い、コーヒーより多めにミルクを入れた、リタリア発祥のものだ。こちらは苦みの強い深煎り豆を使う。そして、カフェラテにフォームドミルク(細かく泡立てたミルク)を入れると、カプチーノになる。


「はい、お待たせ。」

「ああ、ありがとう。……うん。シルトの淹れたコーヒーはやっぱりおいしいね。」

「ありがとう。そう言って貰えると何よりだよ。」

「さて、そろそろ魔法の効果が切れそうじゃし、妾はおいとまするのじゃ。シルト、世話になったのじゃ。」

「魔法?どんな魔法なんだい?」

「うーむ。簡単に言えば、見た目を変える魔法じゃな。」

「幻術系の闇魔法かな?出来るのなら君の本当の姿を見てみたいな。」

「いや……本気で本来の姿になるとこの店が壊れるし、街中大騒ぎになってしまうでな。」

「ひぇぇ!それは大変ですー!」

「それ程まで大変なのか。無理を言ってすまなかったね……。」

「いや、本来の姿は無理じゃが、少しなら元の姿に戻せるぞ。」

「街の人に正体バレるんじゃない?大丈夫なのかフィリゼ?」

「大丈夫じゃ。人に見られない位速く走ればなんとかなる。ルーヴも走れるじゃろ?」

「……任せて。ご主人様。」

「んなムチャな……。」


 フィリゼが短く呪文を唱えると、円形に光り輝く見たことの無い魔法陣が、上から下へフィリゼの身体を通り抜け、ツノや翼、しっぽのあるいつもの姿になった。


「どうじゃ?これが妾のちょっとだけ本来の姿じゃ。」

「……ははは、流石に驚いたな。君はドラゴン……なのかい?」

「そうじゃ。妾は光竜種の竜人じゃ。取って食ったりはしないから安心してくれ。」

「光竜!?かなりの希少種じゃないか。……私も本の中でしか見たことが無い。」

「へぇ……そうだったんだ。」

「まあ、昔はもっとたくさんいたのじゃが、固い鱗も無いし、戦闘力が他のドラゴンより弱いから、仲間の大半は狩られてしまったのじゃ。竜の血を啜れば、軽く300年は寿命が延びるし、肉を喰らえば超人のような力が手に入る。おまけに爪や牙も高く売れると来れば、みんな血眼になって狩りに来る訳じゃな。今生きている仲間は古代の光竜族が封印した光竜族独自の竜魔術を復活させて、今みたく変装してひっそり暮らしたり、竜魔術で自分の身を護ったりしながら暮らしているのじゃ。」

「……ドラゴンも楽じゃないんだね。わざわざその姿を見せてくれてありがとう。」

「この位お安い御用じゃ。あ、でも妾の正体は内緒にしておいてくれぬか?」

「分かった。秘密にするよ、我が剣に誓って。」

「……ん?剣の誓いと言うことは、お主は聖剣流の剣士なのか?ロドルフは撃鋼流だったはずじゃが……。」

「私は聖剣流だよ。小さい頃にお祖父様に撃鋼流を教えてもらったのだけど、私には、大きい両手剣バスターソードは重すぎて扱えなかったよ。」

「それでもミルちゃんはスゴいんですよー!たった5歳で序級聖剣士になって、今では中級聖騎士ですよー!!」

「おお、その年で聖騎士とは!……と言うか、お主の年を聞いてなかったな。」

「私は17歳だよ。」

「なんと!妾より一つお姉さんじゃったか。」

「大した差じゃないよ。気軽に接してもらって構わない。」

「なら、そうさせてもらうとするのじゃ。……おっと忘れてた。そろそろ帰って店を開けないとなのじゃ。ルーヴ、行くぞ。」

「分かった。ご主人様。」

「また来るぞ。達者でな!」


 そう言ってドアを開けると、フィリゼ達は疾風のごとき速さで走って帰っていった。


「あれ、逆に目立たないか?」

「大丈夫じゃないですかねー?」

「ふふふ。愉快な人達だね。」

「……さて、そろそろ開店準備をしますかー?」

「そうだね。そろそろ始めよう。」

「今日も一日頑張りましょう!」

「……ふふっ。シルトに女の子の知り合いか……。少しカン違いしちゃったじゃないか。まったく。」

「ん?何か言ったか?」

「……なんでもないさ。さて、仕事仕事。」


 ……後日、カルサの東門が高速で突っ込んできた謎の二人組によって、衛兵を吹っ飛ばし強行突破されたという噂が流れてきた。何やってるんだあの二人……。

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