第五話 喫茶シルリィのバータイム

 喫茶シルリィは夕方6時からバーとして営業している。カルサの街には、街の北に広がるアヴァンタージュ山脈の魔力結晶鉱山や、炭鉱などで働く労働者が多く住んでいるため、仕事帰りに酒を飲みに来る客が多いのだ。

『鉱山で肉体労働をした後の一杯は、この世の飲み物で一番旨い』と、ある客は言った。そんな一杯を求めて、バータイムの喫茶シルリィに、今日も沢山の客が訪れる。

 ……今日はその客の一人に、フィリゼがいた。


「お主もそんな恰好してカウンターに立っておると、ちゃんとした酒場の主人に見えるの。」


 フィリゼはカウンターチェアに腰かけて、色々と準備している僕を、観察するように見ている。フィリゼは元々小柄なので、バーのカウンターはあまり似合っていない。


「ふふっ、なにそれ。これでも本職のマスターだよ。……さて、何にしますか、お客さん?」

「うーむ。いつもはワインとかビールをよく飲んどるがの。せっかく街に来たんじゃし、なにか洒落た酒でも飲んでみたいの。」


 うーん。『洒落た酒』か……。うちの店にはいろんなお酒を取り揃えてるから、大抵のお酒はあるけど……。


「……じゃあ、カクテルなんかどうかな?」

「ほう!カクテルか。いろんな酒とかジュースとか混ぜるやつじゃな。いいな。それで頼むぞ。」

「了解。」


 しばらくするとカランカランとドアベルが鳴り、新たな客がやって来た。


「よう!あんちゃん。いつものな。」

「いらっしゃい。ジントニックですね。」


 彼は近くの魔力結晶鉱山で働く、ドワーフのゲオルクさんだ。両親が店をやっていたころから通っている常連さんでもある。ドワーフというと剛毛でもじゃもじゃしてそうなイメージだが、最近ははちゃんとひげをそりさっぱりした見た目が流行っているらしい。ゲオルクさんもそんな感じだ。


「おっと、いつもの席が取られちまった。嬢ちゃん隣いいかい?」

「うむ。いいぞ。」

「嬢ちゃんはあんちゃんの連れか?」

「はい。まぁ、いろいろあって知り合いまして。」

「そうかそうか!。あの奥手のあんちゃんが女引っかけてくるたぁな!驚いたぜ。」

「違う(よ/ぞ)!」


 ……あれ?ハモってしまった。


「はっはっはっあ!お似合いじゃねぇか。いいねぇ。あんちゃんにはもったいなすぎるぐらいの娘だな。」

「もう……。冗談はよしてくださいよ。」


 僕はフィリゼとゲオルクさんのカクテルを用意する。

 フィリゼのカクテルはドライジン4:ドライベルモット1の比率でお酒を混ぜる。氷を入れたステアグラス(撹拌用の大型グラス)に注ぎ、バースプーン(撹拌用の柄の長いスプーン)でステア(撹拌)し、カクテルグラスに注ぐ。最後にオリーブの実を飾れば完成だ。

 使う酒と作り方でお分かりの人もいるかもしれない。そう。カクテル『マティーニ』だ。


「はい。お待たせ。」

「おお!うまそうじゃな。」

「えっ!?嬢ちゃん……。酒はマズいだろ?そういうのは大人になってからだぜ?」

「失礼な!妾は竜人じゃ。竜人種は赤子でも酒が飲めるのじゃ。」

「おっと!マジか!?こいつぁ驚いた!嬢ちゃん、ドラゴン様かよ!ツノはどうしたんだ?」

「今は邪魔だからの。魔術で消してあるのじゃ。」

「へぇー。そりゃまた凄いな!いやー、すまんかったな。てっきりませたガキだとばっかり。」

「妾はこれでも16じゃ。子供じゃないぞ!」

「俺らオッサンにとってみりゃ、嬢ちゃんもそこのあんちゃんもみんなガキなんだよ。」

「そうなのか?」

「ああ。ガキさ。……あんたたちはまだガキだ。ガキっつうことは、若いって事でもある。頑張れよ。俺みてぇなオッサンになっちまうと、どうも若さってモンを忘れちまう。若さはどうしたって帰って来ねぇんだ。……若いうちに沢山遊んで食べて寝て泣いて笑って恋をして、後悔の無いように生きろよ。」

「……。」

「……おっと、いけねぇ。説教たれちまった。どうも年をとると説教臭くなっちまうな。すまんね。」

「いえ。お客さんの話を聞くのも私の仕事ですから。」

「なかなかためになる話じゃったぞ。面白かった。」

「そいつはよかった。オッサンの説教もたまには役に立つんだな。」


 ゲオルクさんがいつも頼むカクテル、ジントニックはドライジン1にトニックウォーター(香草や柑橘の香りを付けた炭酸飲料)が3。タンブラーで直接混ぜる。タンブラーにくし切りにしたライムを飾って完成だ。


「はい。お待ちどおさま。」

「おう、ありがとな。」

「うん。これ結構うまいな。よく冷えてるし、ちょっと辛いが香りが癖になる。」

「嬢ちゃん、見かけによらず分かってるじゃねぇか。でも、俺的にはウォッカ・マティーニのほうがお勧めだな。ジンよりウォッカのほうが風味が少ないからベルモッドがガツンとくるぜ。」

「ふむ。初めて飲んだが、カクテルも奥が深いんだな。」


 すると、また新たな客が入店してきた。常連で義勇兵のネリオさんだ。女性を連れているらしい。


「よっ、マスター。今日は酒飲まねぇんだがいいか?」

「はい。お食事だけでも結構ですよ。」

「そりゃよかった。さっ、入って入って。ここのピッツァが旨いんだよ。」

「わー!素敵なお店ね。」


 ……ネリオさんはけっこうな色好みとして有名で、よく店に女性を連れてくる。しかも毎回違う女性だから驚きというか呆れるというか……。二人は空いているテーブルへ座った。


「これ、メニューです。決まったら呼んでください。」

「おっ、ありがとな。」


 うちの店には魔導レンガで出来た大きなピザ窯がある。魔導レンガとは、魔力を注ぐことで様々な特殊効果の起きるレンガの事だ。魔導レンガの窯は温熱属性の液化魔力を燃料にしているから、すぐに窯を高温に出来るし、ピザがパリッと焼き上がる便利なものだ。

 この窯は両親がこの建物を買う前からあったらしい。魔導書屋が何故この窯を作ったのかは全くの謎である。


「注文いいか?」

「はい。どうぞ。」

「マルゲリータ(トマトとモッツァレラ、バジルのピザ)とマリナーラ(漁師風ピザ。トマトとニンニク、オレガノ、オリーブが載っている)、あとボスカイオーラ(木こり風ピザ。きのことモッツァレラ、ニンニクのピザ)一枚ずつ。飲み物はブレンドコーヒーとレモネードで。」

「承りました。コーヒーは食後にご用意しますか?」

「食後で頼むよ。」


 流石にちょっと人手が足りないのでリリィを呼ぶ。


「リリィー。ちょっと手伝ってもらっていいかな?」

「いいですよー。」

「ルーヴちゃん大丈夫だった?」

「今はぐっすり寝てますよー。」

「それはよかった。ブレンドとレモネードをテーブルのお客さんにお願い。ブレンドは食後にね。」

「分かりました!」


 飲み物はリリィに任せて、僕はピザを作る。

 あらかじめ作っておいた生地を魔冷庫から取り出し、打ち粉をした台で伸ばす。パーラーと言うピザを窯から出し入れする道具に乗せ、トッピングをする。マルゲリータはトマトソースにモッツァレラチーズとバジルをのせる。マリナーラはトマトにニンニクやオリーブオイル、オレガノを加えたマリナーラソースを塗り、軽くオリーブオイルをかけ、薄切りにしたオリーブの実とチーズをトッピング。ボスカイオーラはモッツァレラチーズと炒めたニンニクときのこを盛り付ける。トッピングが終わったら生地が湿ってくっつかないうちにあらかじめ暖めておいた窯へ投入する。およそ450℃の窯で一気に焼き上げ、窯から出して皿に移せば完成だ。


「お待ち遠様、マルゲリータとマリナーラ、ボスカイオーラです。」

「うわー!とってもおいしそう!!」

「でしょ。食べてみな。」

「いただきまーす。熱っ!ハフハフ。うん!とってもおいしいわ。生地がパリッとしてて最高!!」

「でしょ。」


 ふふ、うちのピザに満足してもらえたようで良かった。


「なあなあ、シルト。アレ、すごくおいしそうじゃな!妾も一枚頼むぞ。」

「毎度ありっ!」

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