第三話 お手伝いの神狼ちゃん
フィリゼの薬屋は二階建ての木造住宅だ。一階の正面が店舗になっていて、簡単なカウンターと薬の入った棚が置いてある。
その奥はフィリゼの寝室兼・材料保管庫になっている。僕が寝かされていたのはこの部屋だ。
その部屋の奥へ進むと、右手に台所兼調剤室がある。薬を煮たり調合したりはここで行う。台所の床の蓋を開け梯子をかけると地下の貯蔵庫にいける。そこでは冷暗所に保管したほうが良い薬剤や素材、食料などが入る。
反対側は洗面所とトイレ、お風呂場だ。突き当りには二階への階段がある。 二階へ上ると三つ程部屋があるがそのうち二つは雑多なものを入れる物置と化しており、残りは応接間となっている。屋根裏には小さいロフトがあり、同居人の寝室になっているらしい。
家の中は掃除が行き届いていて、パッと見散らかっているようには見えない。物置を除いて……。
物置という名を冠したその部屋は、ぶっちゃけただ荷物を突っ込んだだけで、部屋の中はひどい有様である。他の部屋が片付いて見えるのは恐らくこの部屋にいろいろ突っ込んだ結果であると思われる。
僕は喫茶店の食材の仕入れの時にフィリゼの店に寄る事になっているので、その時に多少片付けさせて貰おうと思う。
……フィリゼは片付けが得意ではないらしく、どうやらフィリゼの不在の際の店番や家事を手伝ってくれる、お手伝いさんがいるらしい。
「お手伝いさんってさっき言ってた同居人の人だよね?どんな人なの?」
「ふむ……ちょっと人見知りな所もあるが、よく働いてくれるし、頑張り屋で良い子なのじゃ。店に戻ればすぐ会えるじゃろう。書置きを残しておいたから今頃店番をしてくれていると思うぞ。」
そうこうしているうちに、フィリゼの薬屋に到着した。フィリゼはまた少女の姿へ変身したが、先程とは何かが違う。頭にはちょこんとツノが生えているし、背中にはドラゴンの姿の時の翼を小さくしたような翼が生えている。よく見るとシュルっとしたしっぽも生えていた。
「そのツノ……と言うか羽とかしっぽもなんだけど、さっきまで生えてなかったよね?どうしたの?」
「ふみゅ?コレか?寝るときに羽とかツノとかしっぽは邪魔じゃからの、魔法で消してあるのじゃ。羽があると仰向けに寝れんし、しっぽの付け根が痛いしな。魔法が切れるとまた出てくるのじゃ。」
「ツノとか羽とかしっぽって、しまったりできるものなんだ……。」
「一応この羽でも飛べるぞ。ほれ。」
フィリゼがバサバサと羽を羽ばたかせると、フィリゼの体は宙に浮いた。
「ただ、この状態だとあんまり早くは飛べないぞ。結構疲れるし。」
「よくわからないけど、なんかすごい……。」
「このツノも魔法を使う時に、魔力を増幅させて効果を強く出来るな。まあ、そのせいで苦労も多いがの。」
そう言えばフィリゼが魔法を使うとウサギが木っ端微塵になるって言ってたな……。魔法が強くなりすぎたりするのだろうか?
「これはどうでもいい話じゃが、しっぽは特に役目がないのじゃ。ハッキリ言って邪魔なのじゃ。」
やはりドラゴンもいろいろと大変そうだ。
さて、その話と全く関係ないのだが、一つ思い出した。
「そう言えば、今朝なんで同じベッドに寝てたの?」
「そっ……それはじゃな、えっと……うちのベッドは人数分しかないからじゃ。決して夜寂しくなってお主を寝かせたベッドにもぐりこんだわけじゃないぞ?ほっ、本当だぞ!」
うん、寂しくなってもぐりこんだのか……。この娘、分かりやすいな。それに、しっぽを見れば簡単にバレる……。
「もう!乙女になんてことを聞くのじゃ全く……。」
フィリゼは少々乱暴に店のドアを開けた。
「ルーヴ、今帰ったぞー。今日はいいウサギが取れたのじゃ!」
「おかえりなさい。その人……だれ?」
店に入るとカウンターに置いた踏み台の上に、小さい女の子が立って店番をしていた。フィリゼよりも身長が大分低く、どう見ても子供だ。いや、見た目が幼く見えても、実際は大人な種族も居るから分からないか……。その女の子は、銀髪に近いグレーの髪を二つ結びにしていて、可愛い子供服の上にエプロンを付けているので、なんというか……お手伝い中の子供感がにじみ出ていた。しかも、この子は犬のような耳と、フサフサしたしっぽが生えている。
「こやつは、昨日店の近くに倒れておったやつじゃ。目が覚めたらお礼がしたいと言ってくれたから、ウサギ狩りを手伝ってもらってたのじゃ。」
「……そう……なの?」
店番の女の子は僕に近寄り匂いを嗅ぎはじめた。
「すんすん。悪い人じゃ……なさそう。」
僕は女の子の前にしゃがんで自己紹介をした。
「僕はシルト・アーカシウスだよ。昨日、フィリゼに助けてもらったんだ。あ!そうだ。これあげるよ。」
ポーチに自分の喫茶店に来た小さい子に渡す、手作りのはちみつキャンディがあったのを思い出し、女の子に手渡す。女の子は包み紙にくるまれた飴を不思議そうに眺めている。
「……これは何?」
「はちみつで作ったキャンディだよ。」
「きゃんでぃ?」
どうやらキャンディを知らないようだ。
「えっと、これは、はちみつキャンディと言ってはちみつと砂糖を煮詰めて、丸い形にまとめたお菓子だよ。噛むんじゃなくて口の中でなめるんだ。甘くておいしいよ?」
包み紙からキャンディを取り出して食べさせてあげる。
「!…………おいひぃ。///」
どうやら気に入ったようで、女の子の表情がほころぶ。
「そう言えばこの子の名前を聞いてなかったな。」
「この子の名前はルーヴ。神狼と言う珍しい種族の女の子じゃ。神狼というのは普通の子狼が死んだときに精霊が憑依して生まれる種族じゃ。獣人のような姿と知能を持っているが、基本的に中身は狼じゃな。いつだったか、この店のロフトに住み着いての。妾が育ててやったのじゃ。読み書きそろばんも教えたらすぐ覚えるし、よく働いてくれるし、とってもいい子なのじゃ。」
「……。///」
「少々口下手で引っ込み思案じゃが、とっても強いぞ。もし変な客が来ても骨ごと噛み砕いてくれるし、お店を任せても安心じゃ。」
「……それは過剰な程頼もしいね。」
そしてどうやら、可愛いけどちょっと怖いらしい神狼のルーヴちゃんに随分と懐かれてしまったようだ。のどをゴロゴロ鳴らしながら顔を擦り付けてくる。ご機嫌らしく、しっぽをブンブンと振っている。確かに仕草がどことなく動物っぽい。
「ふふふ。お主、随分と懐かれたようじゃな。ルーヴにしては珍しい。」
とりあえず頭でも撫でておこう。
「……。///」
頭を撫でられて、ルーヴは目を細めた。気持ちよさそう。
「そう言えばお主、いつ頃帰るのじゃ?もし時間があったら、さっき採ってきたヒャクセンを煎じるのを手伝って欲しいんじゃ。」
「分かったよ。ここから家までは遠くないみたいだし、今日の昼過ぎまでは大丈夫だよ。」
獣肉の仕入れの時は、獲物が見つからないこともあるから、帰るのは遅くなるかもと言ってある。少し手伝っていくぐらいは大丈夫だ。
そうして、フィリゼを少し手伝っている間にお昼になった。
今日のお昼は昨日のクロツチイノシシの肉をフィリゼの家庭菜園……と言うか薬草畑でとれたハーブと、香辛料を入れた特製タレに一晩付け込み、オーブンでこんがりと焼いた香草焼きだ。フィリゼの手作りらしいのだが、これが凄く美味しい。
ジューシーな猪肉からは肉汁が溢れ出し、付け込んだタレのハーブが臭みを消して、癖がない。アクセントに黒胡椒がピリッと聞いており、スパイシーでとても美味しい。
「これ本当に美味しいよ!うちの店で出したいくらいだ。」
「ふふふ。じゃろう?今度教えてやろうか?」
「本当!?僕も料理好きだし、特に僕の妹が料理好きだから、教えてもらえたらすごく喜ぶと思うよ。あとで家に来た時にでも教えて欲しいな。」
「ふむ、そうじゃな。じゃあ、今日は早めに店を閉めてお主の店に行ってみるかの。」
「お店の方は大丈夫なの?」
「なぁに、滅多に客は来ないから大丈夫じゃ。ルーヴも来るじゃろ?」
ルーヴはこくりと頷いた。
「じゃあ、三人で行こうか。きっと妹も喜ぶよ。」
僕はフィリゼとルーヴを僕の自宅兼喫茶店に連れて行くことになった。
「妾は二人乗せたぐらいじゃびくともせんから任せておれ。」
「いや、町中にドラゴン飛んで来たら大騒ぎになっちゃうって!……みんなで歩いて行こう。」
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