第11話 大魔法使いカーラ・リシュタイン

 俺達はカーラ様の家の前に転移した。カーラ様は森の奥深くに住んでいた。


「ふぅ、久しぶりに来たけど、相変わらずこの家はボロボロね。お祖母様ったら、魔法薬の実験で家を破壊するのに、面倒がって修復しないんですもの」


「ほんとっすね。こんなボロ屋、なかなかお目にかかれないっすよ」


「失礼なことを言ってはダメだぞ、カイン。カーラ様は上皇陛下なのだよ」

 姫様のボロボロ発言は聞かなかったことにして、アレク様は俺に注意した。


「えーそりゃないっすよ、アレク様。姫様だって同じこと言ったじゃないっすか。これだから恋する男は……いてっ!」


 最後まで言う前に、なぜかリディ様が俺に鉄拳を食らわせた。

「そこっ! その辺にして行くわよ」


 歩き出すリディ様に、姫様が慌ててついて行く。


「お祖母様! お祖母様ぁー! ローラです! 可愛い可愛いあなたの孫がやって来ましたよー」


 トントンっと姫様がドアをノックしていると、ドーンという轟音とともにドアが吹っ飛んだ。ドアの前にいた姫様が、ドアの下敷きになる。


「ローラ様っ!」と、慌ててアレク様が抱き起す。

「リディ! 早く! 治癒魔法だ!」


 姫様は白目をむいて倒れていた。白目をむくお姫様なんて聞いてことない。

「ぐっ……なんて可愛くない倒れ方」


「ぶっ……ほんとだわ。旅では治癒魔法の出番がなかったのに。旅が終わった後に治癒魔法かけるなんて思わなかったわ」


 よっと、リディ様は姫様に治癒魔法をかける。


 開け放たれたドアから、カーラ様がのそっと出て来た。

「おやおや、なんてタイミングで来るんだい、可愛い孫や」


 立派な白髪にグレーの瞳の老婆、カーラ・リシュタイン。伝説の大魔法使いにしてこの国の元女王陛下だ。

 顔はどことなく姫様に似ているかな? でも目力が違うな。ぼやっとした目をした姫様とは対極だ。さすが元女帝。


 カッ! と姫様の瞳が黒目に戻る。

「お祖母様! まーた懲りずに実験されていたんですか⁈」


「お前は相変わらず、口の聞き方がなってないねぇ……おや、私が封じ込めた魔力を解放しているじゃないか。全く、魔力がダダ漏れだよ。この腕輪をはめな!」


 カーラ様は自分にはめていた腕輪を外した。


「どーせならもっとおしゃれな腕輪にして欲しかった」とブツブツ言いながら、姫様は腕輪をはめる。


「口の減らない小娘だね! そこの三人も! なに突っ立ってんだい! さっさと入んな! 茶ぐらい入れてやるから」


「「「は、はいっ!」」」と、あまりの迫力に、俺達三人は同時に返事をした。


「ほんと、どーなってんだよ、うちの王族は……元お姫様だろ、姫様といい、ワイルドすぎんだろ」

 俺はごくごく小さな声で呟いた。


「そこの赤いのっ! 私はね、耳がいいんだよ。お前には特別美味い茶を入れてやるよ」


「ひぃ! すみませんっ」


 地獄耳すぎんだろ⁈

 俺は慌てて土下座をした。このばあさんには、嫌な予感しかしない。俺は覚悟を決めてカーラ様の家に入っていった。


 家の中は、何とも怪しげな物で溢れていた。部屋の中央には大釜がモクモクとどす黒い黒煙を上げている。

 天井からは、蛇やコウモリ、カエルに蜥蜴がつらつらと吊り下げられていた。


 ここに拷問器具があっても、死体が転がっていても、何の違和感もないであろう部屋に、なぜか可愛いぬいぐるみが何個も鎮座している。

 可愛いはずのぬいぐるみだが、この部屋にあることで呪具にしか見えない。


 その部屋の主であるカーラ様は約束通り、お茶を入れていた。だが、なぜか右手にカエル、左手には何の目玉かわからないが、目玉を握っている。


「姫様! カーラ様はお茶を入れるですよねっ⁈」


 お茶の正体を知っているであろう姫様はそっと目を伏せる。


「姫様っ⁈ お茶、お茶なんですよねっ⁈」

 俺の目に涙が浮かぶ。俺まだいたいけな十三歳の少年なんだけど⁈


「……お茶よ、色々ブレンドした……お祖母様特製のお茶……」姫様も涙目だ。


「その色々って何ですかっ⁈ 色々の正体が怖すぎる!」


 一方で、カーラ様はハーブティーのような、爽やかな香りのするお茶も同時に淹れていた。

「俺っ! あれが飲みたい!」


「お前はこっちだよ!」と、カーラ様がどす黒い液体を俺に差し出した。


「なぜっ⁈ 俺はまだ死にたくないです! そっちのハーブティーは⁈」


「こっちはそこのイケメンと、綺麗なお嬢さんにだ」と、カーラ様はアレク様とリディ様にハーブティーを渡した。


「「あ、ありがとうございます」」と、二人は見るからにホッとしている。


「な、なぜっ⁈ 顔面差別だ!」

 俺は恐怖に打ち震えた。


「はっ⁈ 美形優遇ということは、まさか姫さんもハーブティー……って、黒い液体なのかよ! 悲しすぎるまさか判定……」


「違うわよ! 私だってリディほどじゃないけど、そこそこ可愛いもの! ……って何言わせるのっ⁈ 仕方ない!」


 えいっと覚悟を決めて、姫様はどす黒い液体を一気に飲み干した。あまりの不味さにゲホっとえづいている。


「ゔっ……安定の不味さ……私は飲んだわよ! 覚悟を決めて、カインも飲みなさい!」


 退路を断たれた俺は、もはや飲むしかなかった。

 もしかしたら霊験あらたかな? 飲み物かもしれない。

 そうだ! 俺はこれを飲んで魔法使いになるんだ!

 もうそう思い込むしかない。俺は覚悟を決めて一気に飲んだ。だが、脳天を突き抜ける不味さにあの世に行きかける。


「ぐはっ………で、でも飲みましたよ! どうっすか⁈ 俺、魔力が溢れていますか⁈」


「ほんとに飲んだわ。カインは飲む必要がないのに。これはね、魔力を抑える魔法薬よ!」


「逆に無くなるのかよっ! てか、元から魔力なんてないけどな! じゃあ何で俺も飲まされたんだ⁈」


 俺の魔法使いなるという、淡い期待を打ち砕かれた。王族が少年の夢を奪っていいのかよ?! 俺は断固お上に抗議したい。


「嫌がらせだ。口の聞き方がなってない坊主には指導が必要だからな。飲んでも害はないから心配するな」


「害……害はありますよ…俺のか弱いメンタルが毒された。リディ様、ち、治癒呪文を俺に……っ」


「残念ながらバカを治す呪文はないのよ。あったら真っ先にかけてあげるわ」


 その言葉がトドメとなり、ごふっと俺は床に崩れ落ちた。さすがツンモードなリディ様は容赦がない。


「さて、ローラや。お前が魔力を解放するなんて、魔王でもぶっ殺したか?」


「ぶ、ぶっ殺すなんて、ちょ、ちょっと話し合い?に行っただけです」

 姫様は慌てて、チラチラとアレク様の方を見る。


「なるほどな……あの騎士に惚れたか。本当にお前は、サーラ様に見た目も行動もそっくりだよ」と、カーラ様はため息をついた。


「サーラ様って?」と、俺が聞いたその時、バサっと羽音がした。開け放たれたままの入り口から、真っ白なフクロウが入ってきた。

 

 フクロウは、カーラ様の前に手紙を落とし、そのまま、すーっと消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る