第12話 王家の秘密を知ったからには?

「白いフクロウ! お父様の魔法だわ!」


 俺達が転移してから、三十分ぐらいしか経っていない。この短時間で王様はどんな手紙を書いたんだ?!


「お、俺なんだか嫌な予感がします!」

「偶然ね……私もよ」


 俺とリディ様はそれぞれ身をブルっと震わせた。

 そんな俺達を他所にカーラ様はメガネをかけ、手紙を読み始めた。


 メガネを外したカーラ様に、すかさず姫様が尋ねる。


「お父様はなんて?」

「フェルナンドは、ローラの魔力を完全に封印してほしいそうだ」


「完全に封印っ⁈ ……そう言えば『魔力を封じてもらいなさい』って軽い感じで言われたような?」


 姫様は王様とのやりとりを必死で思い出しているようだ。


「で、でも完全に封印だなんて! 今までみたいに魔力を抑える程度で……」


「私もフェルナンドに賛成だ。魔王はいなくなった。王女のお前が、魔力を持たなければならない世の中じゃなくなったんだ。それに下手に魔力があると、ローラは勝手に魔力を解放しちまうからね。今度は完全に封印する」


「そ、そんな……でもお祖母様……」


 姫様は青ざめ、うろたえている。

 そりゃそうだろう。いくら姫様がアレク様に可愛く思われたいとはいえ、魔力ゼロはないだろう。

 そんな姫様を見て、かわいそうに思ったのだろう。何となかならないかとアレク様が口を開く。


「魔力を解放したのは、魔王を討伐するためです。それまでローラ様は、強大な魔力をひけらかす事なく、上手に隠しておいででした。一緒に旅をしていた私達すら、ローラ様の真の力には気づかなかったのです」


「何だい、ローラに魔力がなくなるのが怖いのか? でかいなりして、ローラを守る自信がないのか?! その腰の立派な剣はお飾りか!」


 カーラ様は、眼光鋭くアレク様を一喝する。そのあまりの迫力に、俺は腰を抜かした。


「そんなことはありません! ローラ様は私が必ずお守りします!」


 アレク様の『ローラ様を守る』宣言に、姫様はキュン死寸前だ。顔を真っ赤にして、瞳はうるうるしている。

 俺には姫様の後ろにお花畑の幻影が見えた。ピンクの薔薇が咲き誇っている。たまに赤い薔薇も混じって見えるのは、きっとお年頃のせいだろう。


「お祖母様! わたくしの魔力を封印してください! 魔力なんていりません! ……だ、だって、ア、アレクが守ってくれますもの……」


 しまいに姫様は、体をくねくねとし始めた。

 そんな三人を我関せずと、リディ様が遠巻きに眺めている。


「リディ様、さすが元女帝は違いますね。人心の操り方がうますぎます。カーラ様、魔法使ってんすか? てか、姫様はともかく、アレク様までイチコロすぎです」


「カイン、よく覚えておきなさい。王族には純粋培養人間か腹黒人間のどちらかしかいないのよ。純粋な人間なんて、腹黒王族にしたら手のひらで転がる、ペットみたいなものよ」


「腹黒王族こえぇ……魔王も討伐したことですし、これ以上関わりたくないっす」


 俺とリディ様がヒソヒソと話していると、「聞こえてるよ!」と、カーラ様が声を張り上げた。


「「ひぃ!」」と、俺たちは震え上がる。


「さて、諸君」


「何ですか⁈ 大魔法使いカーラ様!」

 また黒い液体を飲まされないために、俺は必死に媚を売る。


「お前達は王家の秘密を知ってしまった。よって、その身を生涯王家に捧げよ」


「「「………っ⁈」」」


 王族以外の人間、つまりアレク様とリディ様と俺は、その場で固まってしまった。


「は、はい! 我々は王家の秘密など知りません! ですよね⁈」


 俺は必死に二人に同意を求めた。二人ともコクコクと頷いている。


「いいや、お前達は知ったはずだ。たった一人であっさり魔王をぶっ殺す、ローラの真の力を」


 何だ! ビビって損した! 姫様のバカ力のことかよ!


「そういうことでしたら、私の身はすでに王家に捧げておりますし、ローラ様の身に危険が及ぶようなことは決して口外致しません」


 アレク様は臣下の礼をとった。一枚の絵画のような光景に、姫様が『きゃあ』っと小さく悲鳴をあげる。


「お前はオーウェイン家の者だったな? まあオーウェイン家なら心配ないだろう。フェルナンドの手紙でも、特にお前については触れていない。問題はそっちの二人だ」


 そっちの二人…俺とリディ様⁈


「わ、わたくしも王家に忠誠を誓った身! 決して口外など致しませんわ」


「お、俺も忠誠は誓っていないけど、絶対に言いません!」

 誓いたくもないけどな!


「リディアナ・スペンサー。王家の秘密を知ったからには、お前には王家の一員となってもらう。城に戻ったら、フェリクスと婚約を発表するから、その心づもりをしておけとのことだ」


「……えっ? わたくしが? フェリクス様と……?」


 リディ様が目が点だ。そりゃそうだ。フェリクス殿下の嫁、すなわち未来の王妃になるということだ。


「お前は貴族で、しかも魔王を討伐した英雄の一人だ。婚約はすぐに了承されるだろう」

 カーラ様はリディ様の肩をポンっとたたいた。


「まあ、あれだ。フェリクスが王家の秘密にかこつけて、お前を囲う腹づもりだろう。お前の言葉を借りるなら、フェリクスは腹黒の方だからな」


 腹黒王太子にロックオンされたら一生逃げられないな。頑張れ! リディ様!


「わ、わたくしが、フェリクス様と……」


 なおもうろたえるリディ様に向かって、姫様が突撃して抱きつく。


「リディがお兄様と結婚っ!? ということは、リディは私のお義姉様! リディが本当のお義姉様になるなんて夢のよう! 私ずっとリディをお姉様のように思っていたのよ!」


 姫様は満面の笑みを浮かべて、ぎゅうぎゅうとリディ様に抱きついた。


「ローラがわたくしの義妹…ふふっ、困ったわね、こんなにおバカ……可愛い義妹ができるなんて」


「そうよ! 私とリディは姉妹よ!」

 きゃっきゃと喜ぶ姫様をぼーっと見ていた俺はふと我に返った。


「王家の秘密を知った者は王族と結婚っ⁈ ということはもしかして、俺は姫様と結婚っ⁈」


「王家の秘密を知った者は……抹殺だ…」


 チャキっとアレク様が腰の剣に手をかける。ごごごっと音がしたと思えば、部屋中がカタカタと揺れている。


「ギャーーー! やめてー! 魔力を上げないでーアレク様ぁ! 冗談っすよ、小間使いジョークですよー!」


 その時、ドンっと部屋に圧力がかかったかと思うと、アレク様が「うっ…」と呻き、片膝を着いた。


「イケメン、落ち着きな。我が家で物騒なもん手にするんじゃないよ」


「も、申し訳ありません」と、アレク様がゆっくり立ち上がる。


 そんなアレク様に姫様が駆け寄った。

「アレクっ! 大丈夫⁈ お祖母様! アレクになんてことするの⁈」


 姫様の訴えをよそに、アレク様は愕然としていた。相手は大魔法使いとはいえ、八十歳を超えた老人に、アレク様が魔力で負けるなんて……


「ショックだったかい? まあ相手がこんな老人じゃ無理ないけどね。お前は近衛騎士としては申し分ない力を持っている。十分な強さだ。でもね、ローラの騎士としては不足だ」


「お祖母様っ!」と叫ぶ姫様をアレク様が制止する。


「ローラ様、構いません……本当のことです」


「で、でもっ……っ!」


「ローラや、お前は黙っていな。王家の秘密、それは始祖サーラの力だ。わたしはね、これでも昔は黒髪だったんだよ。黒い髪に黒い瞳を持つ王族は、世界を滅ぼす力を持っている」


「黒い髪に…黒い瞳…ローラ様ですね…」


「そうだ、私は黒髪だが、瞳はグレーだ。だから力はローラよりは劣っている。劣っているとはいえ、ローラが誕生するまでは世界最強の魔法使いだった。私の力でさえ悪用しようとする者がはびこったから、私はフェルナンドに王位を譲り、表舞台から世界を消した」


「「「………」」」


 俺たちは黙り込んだ。今まで姫様のぶっ飛んだ力を、軽く思っていたかもしれない。

 姫様本人でさえ、その力を重くは受け止めていないだろう。 


「私はまだいい。賢く立ち回れた。だがローラはダメだ。このバカで可愛い私の孫は、その純粋さが故に力を悪用される可能性が高い。だから悪意のある誰かがローラの力に気づく前に、ローラの力を完全に封印する。それに関しては私もフェルナンドに賛成だ。だからわかったね?」


 確かに姫様は強いけど、単純だしな。腹黒さもゼロだから、利用されそうではあるよな。


「はい、お祖母様」


「よろしい、では本題だ。アレクシス、このままの力では、お前をローラの騎士とすることはできない。だが、お前以外に適任者はいない。よって、お前の魔力を底上げする」

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