3 goddamn

「さて、昨日出した課題を見せてもらおうか」


 翌日、俺が部室に入るなり鈴音はそう言った。

 既に他のメンバーは全員揃っており、みんなして俺を見ている。


「分かったよ……見て驚くんじゃねぇぞ?」


 俺は鞄から数学の問題集を取り出し、鈴音に渡す。

 すると鈴音はすぐにペラペラとめくり、中身をチェックしだした。

 優奈と早川も一緒に見ている。


「これ……優也がやったの?」


「当然だろ? 昨日の夜必死こいてやったんだ」


 お前らに怯えながらな。


「答え見たんですかね……」


「いや、この問題集の解答には不親切なことに式が記されていない。優也の問題集にしっかり式が書きこんであるということは、解答を見たという節は考え難い」


「友達から借りたという節は……」


「この時期に優也に問題集貸す友達なんていないわよ……」


「お前らなにブツブツ言ってるんだよ」


 声が小さくてよく聞こえないが、何か邪なことを言い合ってるのは直感的に察することができた。

 でもまぁ、あの様子なら死刑は免れた……かな?


「ふふ……」


 何だ?

 鈴音が急に悶えだしたぞ?


「ふはははは! いやまいったまいった! まさか優也がここまでやるとは、完全に想定外だ!」


「想定外ってひでぇな!」


「まぁ、小テストであの結果ですと、こんな良い結果はまず想定できませんね」


「そうよね。正直、優也の数学バカは不治の病だと思ってたから」


「笑顔でそういうこと言わないでくれ」


 心が痛いから。

 頬にビンタされなくても心にビンタされたような気になるから!


「でもまぁ、ありがとうな」


「なにがだ?」


「数学、教えてくれてさ。昨日はあんな教え方で頭に入るのかと思ったけど効果てきめんだったよ」


「そ、そうか……まぁ、私の手にかかればこんなものだ……はは……」


 あれ?

 なんか鈴音の表情が曇ったぞ?

 いつもみたいに「ふはは! 当然だろう!」って自信満々に言わないんだな。


「しかし、これで完全に予定が狂いましたね。鈴音さん」


「予定? 何のことだよ」


「バカ! 言うな唯!」


 鈴音が焦ってる……すげぇ新鮮だけど、すげぇ嫌な予感がする。


「鈴音さんは、テスト勉強にかこつけて優也さんをビンタしまくり、日頃の鬱憤を晴らそうと考えてたんです」


「言うなぁぁあ!」


 日頃の鬱憤を晴らすって……要するに俺はストレス発散の道具にされたってわけか。

 昨日、やけに鈴音の当たりが強いと思ったら……そういうことか……。


「お前最低だな」


「違うんだ優也、私はただ……」


「聞く耳持たん」


「がっでーーむっ‼」


 そう叫ぶと、鈴音は机に顔を突っ伏してしまった。

「ガッデム」って確か、「ちくしょう」とか、「悔しい」って意味じゃなかったっけ?

 それどっちかって言うと俺のセリフだろ。


「まぁ、結果的に見ると優也の出来が予想外に良かったから……」


「テスト週間中、俺をたっぷりいたぶろうとしたこのバカの野望はあえなく散ったというわけだな」


「そゆこと」


「私としたことが……なんたる失態を……」


 鈴音が本気で悔しそうに呟くと、顔を上げ、


「だが次は……期末では必ず……必ず優也をテスト週間いっぱいまでいたぶってみせる!」


「握りこぶしを作って、目を輝かせながら物騒なことを決意するな! もう絶対にお前には教わらねぇ!」


「ふふ……優也、いくら逃げても無駄だ。私は必ず貴様を捕まえ、この私、宮原鈴音のパーフェクトさんすう教室の栄えある生徒第一号になってもらう!」


「断固お断りだ‼」


 そんな教室行ったら、ビンタどころでは済まないだろう。

 たかが数学のために命を棒に振るほど俺もバカじゃない。


「それにしても、さっきから気になってたんだが……」


「何だ?」


「鈴音の邪悪な計画は分かったが……昨日お前らも普通に俺をビンタしてたよな」


 俺が優奈と早川の方を見ると、二人とも知らんぷりを決め込んでいた。

 特に早川、吹けない口笛をわざとらしく吹こうとするのはやめろ。

 空気音しか出てないから。


「結局お前らも一緒ってわけか」


「ち、違うわよ! 私たちは鈴音に頼まれて……」


「そ、そうです! 鈴音さんが「私だけビンタしていては不自然だろう」とか言い出したので仕方がなく……」


「でもお前ら割と楽しそうだだよな。むしろ嬉々として俺をぶん殴ってたよな」


 正直な話、一撃の重さなら鈴音の圧倒的勝利だが、数だけで言ったらこの二人は恐らく鈴音の倍くらいは俺の頬に腕を振り下ろしてる。

 おおかた、やっているうちに楽しくなってきたのだろう。

 俺が怒らないのをいいことにな。


「まったく……お前ら揃いも揃って賢いくせに考えることはバカなんだな」


「ば、バカ……この私が……」


「鈴音……今回に関してはお前が一番やらかしてるからな? てかそもそも、お前日頃の鬱憤なんかあるのか? 俺をストレスのはけ口にしなきゃいけない程」


「あるに決まっているだろう! 当然だ!」


「へー、どんなだよ」


 場合によっちゃ、同情してやらんこともない。

 ビンタはさせないけどな。


「そうだな……最近ではクラスの奴らが揃いも揃って私を困らせるのだ」


「困らせる?」


 いじめか?

 だとしたら、割と可哀想だと思うけど。


「あぁ。特に女どもは気に入らない。最近の流行ファッションなど、私にはどうでもいいだろう!」


「……は?」


 あれ?


「普段引きこもりの私が流行りの話など理解できるわけがない! その会話が私にとってどれだけの苦痛かあの悪魔どもには分かっていないのだ!」


「お、おう……」


 クラスメイトを悪魔呼ばわりですか……。

 ま、まぁとりあえず聞いてみるか……。


「悪魔どもが無理やり見せてきたファッション誌に写ってたガキどもも気に入らない! アレが噂に聞く「どくも」と言うやつなのだろうが、何なのだアレは! 最近はガキでも本に載るのか? 私の方が絶対可愛いに決まっている! それに……」


「わ、分かった! お前の鬱憤はよく分かったから!」


 モデル好きに言ったら瞬殺されそうなことを愚痴っぽく言い放った鈴音を俺がなだめて静止させる。

 こいつ、放っといたら日が暮れるまで愚痴ってそうだ。

 でもまぁ、状況はだいたい分かった。


「あのな鈴音、それはお前としては苦痛かもしれないけど、クラスメイトは良かれと思ってお前に接してくれてるんだぜ?」


「いや、あの目は私を喰らおうとする野獣の目だ」


「お前のクラスメイトどんな目してるんだよ! じゃなくて、それはお前のコミュニケーション能力が上昇すれば解決する話だ!」


 鈴音は美人で、本性を知らなければ男女問わず惹かれるような顔立ちをしている。

 話題を持ちかけられて当然だろう。

 普通はそこから友達という輪を広げていくのだが……


「しかし優也、私は生まれてこのかた、コミュ力に欠片もステータスを振っていないんだぞ。そんな私に急にコミュ力を上げろと言われても無理な話だ」


 この調子では、友達作りはおろか、まともに話すこともできないだろうな……。

 宮原鈴音、思わぬ弱点を発見だな……。

 下手したら俺の数学より事態は深刻かもしれない。


「そこは徐々に慣れていくしかない。それよりも俺が言いたいのは、お前は全然クラスで困ってなんかいないってことだ。そのままだと、逆にお前と接しようとしたクラスメイトの方が可哀想だ。お前は人とコミュニケーションを取る努力をしろ」


「ぐぬぬ……まさか鈍感王子の優也にそこを指摘されるとは……」


「昨日ビンタされまくったお返しだ」


 まったく、同情するぜ。

 鈴音のクラスメイトにな。


「でも優也、鈴音のこと言えないわよ?」


「何でだよ」


「優也だっていつも教室では一人でいるじゃない。そんな優也に、コミュニケーション能力があるとは思えないよ」


「あ、考えてみたらそうですね。優也さんが鈴音さんに偉そうなことを言える立場ではなさそうです」


「ふはは! 優也! 貴様も所詮は同類だったというわけか!」


「ふ……いい指摘だと言いたいところだが、優奈、俺を甘くみない方がいい」


 そして鈴音は仲間が増えたと分かった途端に喜ぶな。

 お前と同類なんて、死んでもごめんだ。


「俺は小説を書くことでコミュ力を磨いてるのさ! 会話文を考えるにあたって、まずイメージを膨らませる。その時に自分が友達と喋るならどういう感じに話すかとか、どう返したら面白いかとか考えるんだ。だから俺は鈴音みたいに話しかけてきたクラスメイトを拒絶することなく、面白おかしく会話をすることができるという自信がある!」


「……」「……」「……」


 あれ?

 三人がフリーズした。

 俺なんか、変なこと言ったかな。


「……さぁ、無駄話はここまでにして、さっさと勉強会始めましょう」


「そうですね……」


「ちょっと待て、何だその哀れむような目は」


「哀れにもなるさ。あんなセリフをドヤ顔で自信満々に言われたらな」


「どういうことだよ」


 割と本当の話なんだぞ?


「はぁ……優也のまた新しい伝説が生まれたな」


 鈴音はそう呟くと、机の上に教科書類を広げ出した。

 優奈と早川も続くが、みんな教科がバラバラなところをみると、昨日をもって俺の数学矯正塾は終了したらしい。

 俺も釈然としない中、席について英語の勉強がてら辞書である単語を調べた。


『goddamnガッデム』


 意味:ちくしょう。


 今俺が心から叫びたい英単語第一位だぜ。


         ☆


 その日の夜、もう寝ようかと思い電気を消したその時、俺のスマホが軽快な着信音とともにブルブル震え出した。


「誰だ? こんな夜更けに」


 スマホの画面を見ると、電話してきた相手の名前が映し出されていた。


『夏希リサ』


「……リサ?」

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