2 パーフェクトさんすう教室
ついに一学期中間のテスト週間が始まった。
部活が禁止なので授業が終わると、普段部活がある生徒も次々と校門を出ていく。
しかし俺たち現代文章構成部はというと、来ないと言っていたリサを除いた全員がいつも通り部室に来ていた。
目的は当然、二日前に提案された勉強会のためだ。
俺たちは机を並べて大きめのスペースを取り、その周りを囲むように座って全員教科書やプリント類を広げる。
俺はもちろん苦手な数学をやるのだが……メンバー一人一人の目の前に置かれた、きっと今から勉強するであろう教科の教科書類を見て、俺は少し違和感を覚えた。
優奈、数学。
鈴音、数学。
早川、数学。
「な、なんだ? この奇妙なシンクロは」
早川はよく知らないが、この前の小テストの結果から察するに、優奈と鈴音は数学は特に問題ないはずだ。
それなのに今この場で数学を広げてるって……嫌な予感以外の何物も感じないんだが?
「この前の優也の点数見たら、そりゃシンクロもするわよ」
「どういうことだよ……」
「多分、広げてる教科だけじゃなくて、私と鈴音と唯は、考えてることも一致してるんじゃないかな」
「ふ……だろうな」
「そうだと思います」
全員が怪しげな笑みを浮かべながら俺の方を見る。
めちゃくちゃ怖いんですけど?
「……俺、帰っていいすか?」
「ダメに決まってるじゃない!」
席を立とうとする俺の腕を優奈が掴む。
「いやだって、これからすることが俺の想像通りなら、多分死人出るぜ? それでもいいのか?」
「大丈夫! 死なない程度にやるから!」
「死なない程度って、死ぬ間際までは行くのかよ!」
「そこは優也、貴様次第だろうな。場合によっては私の部屋から調教セットを持ち出さなければなるまい」
「俺何されんだよ、怖ぇよマジで!」
「優也さんが数学バカなのがダメなんです。一応成績優秀者の私たちが総力を挙げて教えてあげるって言ってるんですよ。むしろ感謝してほしいですね」
「いや、感謝はするぜ? 俺だって数学は克服したいし……ただ、お前たち・……特に鈴音なら無茶苦茶やりかねんという俺の懸念が……」
「テスト週間とは仮の名! 名付けて今週は、『優也の数学バカ克服週間』だ!」
「話聞けよ!」
「喋ってる暇あるんだったら教科書開いて下さい、バカなんですから」
「早川が急に毒舌キャラに⁉」
「いいからさっさと開きなさい。テスト週間中、私たちの言うことに反抗したら、ビンタね」
「いやだぁぁぁああ〜‼」
部室中に俺の断末魔が響き渡った。
それ流石にやりすぎじゃないですかねとツッコミを入れたいのは山々だが、抵抗したらビンタらしいから下手なことは言えない。
くそ……数学ができない自分を呪いたいぜ……。
どうすることもできない俺は言われるがまま、教科書を開いた。
☆
「な、なぁ、まだ終わらないのか?」
「はいビンタ」
「痛て!」
勉強会という名の地獄が始まってから1時間が経過した。
すでに俺はビンタの猛襲を受けており、顔がやけに熱いことから頬が真っ赤に染まっていることが分かる。
「それでは次の問題いくぞ。この問題を解いてみろ」
そう言いながら俺にノートの切れ端を渡す鈴音。
そこには、手書きの三角形の図が描かれており、問題文もその上にしっかり書かれていた。
この『俺の数学バカ矯正塾』の主なカリキュラムは、問題集などを使わないオリジナル問題を出題するというもので、答えを見ないと解答欄が埋まらない病の俺にとっては、害以外の何物でもない。
「う〜ん……」
問題文とにらめっこをしながら唸る俺。
うん、さっぱり分からんな。
「あと五秒で答えが出てこなかったらビンタですね」
「はぁ⁉」
「ごーぉ、よーん、さーん」
唐突なカウントダウンを始める早川。
「んな無茶な! 解けるわけねぇだろ!」
「はい、今口答えしたからビンタね」
「ぐはっ」
「五秒経過したのでビンタします」
「うげっ」
優奈と早川に両方からマジビンタされた……辛い……。
数学の勉強ってこんなに苦行なのか⁉
このまま仙人にでもなっちまいそうだぜ。
「貴様が早く回答すればいいのだ」
「わーったよ! えと……1/3……?」
「ファイナルアンサー?」
「は? いきなり何だよ」
「ファイナルアンサー?」
「ふ、ファイナルアンサー……」
「不正解だバカめ!」
「どへぇっ!」
鈴音のビンタが俺の左頬に炸裂する。
さっきから思っていたが、鈴音だけ他の二人に比べてビンタ強くないか⁉
桁違いに痛いんだけど⁉
「お前、日頃の恨みを今晴らそうとしてないか⁉」
「ふはは、なにを言っているのだこのイモ頭は。私は常に晴れやかな気持ちで日常を過ごしているのだ。恨みなどあるわけがない!」
「じゃあ何でこんなに強えビンタしてくるんだよ!」
「気持ちいいからに決まっているだろう! 十五年間生きてきてこんな快感は人生で二度目だ!」
「悪趣味すぎるだろ! ちなみに最初は何だったんだ⁉」
「十歳の夏、人生初のオナ」
「俺が悪かったです。お願いですから黙って下さい」
平謝りで鈴音の問題発言をうまくカバーする俺。
てかこいつ、驚異のSだな。
人をビンタして人生で二番目の快感を抱く女子高生が一体どこにいる。
「ちなみに優也、その問題の答えは2/3ね。三角関数の公式をしっかり覚えておけば簡単に解けた問題だと思うんだけど……」
「だったら考える時間くらいくれよ! 何だよ五秒って!」
「それは面白そうだったので私が勝手にしたことです。あ、ちなみに今のも口答えってことでビンタ一発、行きましょうか」
「やってみろ。それやったら本気で怒るからな?」
俺が少し凄むと、早川は俺の頬に振り下ろそうとした手を下ろし、「やれやれ」とジェスチャーした。
「ちょっと怖いのでやめておきましょうか。優也さんの怒ったところ、見てみたいですけどね」
「ダメよ唯、甘くなっちゃ。優也って、なんだかんだで優しいから、大抵のことでは怒りはしないわ」
「そうだな。ツッコミは鋭いが、優也が本気で怒るところなど、想像がつかん」
「お前ら俺を何だと思ってるんだよ……。俺だって人間なんだから、怒るときは怒るぜ?」
とか何とか言いつつ、実は俺はそこまで怒っていなかった。
スパルタではあるが、こいつらは俺に数学をしっかり教えてくれてる。
ビンタされるたびに教えてもらったことが全部吹っ飛ぶ気がするけどな。
「怒るときは怒るか。それなら一度検証してみようか」
「何をだ?」
「名付けて、『中川優也は一体ビンタ何発で本気でキレるのか』だ」
「あ、それ面白そう」
「やってみましょうか。それではまず一発目」
「やめて下さいお願いしますちゃんと勉強しますから‼」
笑顔で平手を振り上げる三人が本気で怖いんですけど⁉
「ふ……チョロいな」
「チョロいわね」
「チョロいですね」
「へ……?」
なんか俺……しくじった……?
「さて、優也も勉強したがってることだし、まだ時間はたっぷり残っている‼さぁ、教科書十八ページを開くんだ優也!」
「やめてくれぇぇぇええ!!」
こうして俺は、部活の終了時間である六時まで、しっかり教育(調教?)され、三人に数学を文字通り叩き込まれた。
☆
その日の夜。
寮に帰って夕飯を食べた後、数学の課題に取り掛かった。
鈴音のやつ、帰り際に「明日の勉強会までに数学の課題を全て終わらせておかなかったら死刑だ」なんて言いやがって。
そんなもん、死刑確定じゃねぇか。
勉強会の時に問題集を使っていないせいで、まだ問題集は真っ白だし。
あんな教え方で本当に頭に入ってるかという不安しか残らない。
俺は死刑を回避するべく、問題を解き始めた。
しかしおよそ四十分後。
俺は唖然としていた。
「全部……解けた……?」
学校で課題として出された分を、俺は難なく全問解答できていたのだ。
答えを見て丸付けをしてみるが、ケアレスミスで二、三問落としたものの、俺にしては信じられない結果がそこにはあった。
……マジかよ……。
あんな勉強会で、俺の数学バカは、三角関数についてはほぼ克服されてたんだ……。
考えてみたら、問題を解いてる間、間違ったらヤバイという謎の緊張感が俺にはあった。
それはきっと、あの三人がビンタしまくって俺に植え付けてくれた、最悪で最高な、数学に対する感性なのかもしれない。
……これは明日、三人には礼を言うしかなさそうだ。
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