4 嫁さんについて

 五分ほど歩き、部室の扉を開けると、既に俺以外のメンバー全員が揃っていた。


「遅いですよ優也さん。何かあったんですか?」


「いや、すまん。ちょっとクラスメイトと喋ってて」


「ふ、貴様と話すクラスメイトなんかいたのか?」


「失礼だな、ちゃんといるよ」


 そいつとは話すの初めてだったけどな。

 しかも内容は鈴音、お前への熱烈なラブコールだったよ。


「でも優也って、割といつも一人でいるよね。誰とも群れない一匹狼って感じがするよ」


「そんな寂しいこと言わないでくれ優奈。そもそも俺は人と話すのがそこまで得意な方じゃないんだ」


 今の一言で俺の心はかなりのダメージを負ったぜ……。

 しかも一匹狼って、かっこよく言ってるけど要はぼっちだからな。

 すげー納得できるけど、すげー不本意だ。


「ごめんごめん。それで、誰なの? 優也と話す物好きなクラスメイトは」


「横澤ってやつだ。下の名前は知らん」


「あ〜、横澤君ね。私もよくは知らないけど、すごく気さくで、ノリのいい人よね」


「そうか?」


「そうよ。結構周りの女子からも人気高いんだから」


「へー、あいつが」


 そんなモテる男が好きになった女の子がよりにもよって鈴音とは。

 横澤を好きになった子が少し可哀想だな。

 どんな子を選んでも、鈴音よりはいい趣味を持っているだろう。


「まーとりあえず、リア充は死ねですね」


「落ち着け早川。とりあえず、横澤はまだリア充じゃないらしいから」


 笑顔で恐ろしいことを言い出す早川をなだめる俺。

 横澤が無意味に怨みを買うことを防いだという点では、我ながら、ファインプレーだと思う。


「優也はなんでそんなこと知ってるのよ」


「へ?」


「だって、優也と横澤君が話してるの見たことないよ? 仲良さそうでもないし。それなのになんで知ってるのかなって思って。私、てっきり横澤君にはもう彼女いるのかと思ってたけど」


「あー、そゆことね……」


 ヤバい……やらかしたかもしれない。

 鈴音に好意を抱いているから横澤には彼女がいないだろうという俺の安直な考えのもと放った台詞だったのだが、優奈にまさかそこを突っ込まれるとは、想定外だ。

 どうする俺……鈴音のことが好きって言ってたってこの場で言うか?

 いやでもそれは色々まずい気がする。

 それに鈴音のことだから「だが断る」とか言い出しかねん。

 その場合、俺は明日から横澤を見るたびにすげー気まずくなるのは目に見えてる。

 どうしよ……。


「ま、どーせ優也のことなんだから、唯を落ち着かせるために不確かな情報流したんでしょ?」


 俺が困り果てて軽く迷走していると、リサが口を開いた。


「おおかた、その横澤って人と部活前に話した時に、それっぽいこと聞いただけでしょ? ね、優也」


 俺の方を見てウインクするリサ。

 ……合わせろってことか。


「あ、あぁ……そ、そうだ。わりーな早川。まだ横澤がリア充かどうか分かんね」


「いいですよ、別に。そいつがリア充だと発覚した途端に呪いますけど」


「物騒なこと言うな。てかリサ、お前……」


「何よ」


「怒ってないのか?」


「はぁ? なんでアタシがアンタに怒らないといけないわけ?」


「いや、だって昨日……」


 あんなに怒って帰ったじゃないかと言おうとしたその時、


「さて、無駄話が過ぎたな。優也に没の烙印を押されたネタ帳を書き直さねば」


 鈴音が俺の言葉をわざと遮るようにそう言った。

 俺が鈴音を見ると「貴様はバカか」と目で言われているような気がした。

 ……昼休みの話じゃないが、昨日のことが優奈にバレるのはまずいってことか。


「そうだな。まぁリサはともかくとして、お前ら二人は昨日のやつじゃダメだからな」


 早川と鈴音を交互に指差す俺。


「昨日も言ったと思うが、何故あれでダメなんだ? 理由を聞かせてほしいな」


「逆に何であれでいけると思ったんだ? 説明してくれ」


「とりあえずエロければ男性読者は高評価をしてくれそうなものだろう。そこにスポットライトを当ててみたのだ」


「お前は読者さんがどんな思いで小説読んでると思ってるんだ⁉」


「エロいシーンやイラストを求めてだろう? 少なくとも私はそうだ!」


「お前はその小説に対する気持ちから悔い改めろ! そもそも、ライトノベルにお前が求めるようなシーンは無……そ、そんなに無い!」


「優也……思いついちゃったのね」


「しょ、しょうがないだろ?前に読んだ小説であったんだよ。そーゆーのが」


 しかもご丁寧にイラスト付きだったから困ったものだ。

 おかげで鈴音の言葉を全否定することができなかったぜ。


「そういえば私は昨日、音楽を聴きながら集中してましたので鈴音さんの小説を拝見していないのですが……」


「早川……世の中には知らなければ良かったと心の底から思える出来事なんて、いっぱいあるんだ。お前が危険を冒してまで知る必要性なんか、どこにも無い」


「そうよ唯。あなたはまだあの川を見るべきじゃない。大人しくしていなさい」


 早川の命を無駄にしているとしか思えない発言に、俺の優奈が諭した。

 流石に優奈のように三途の川まで行っちゃうことは無いと思うが、どちらにせよあんな下らない物を、こんな純情そうな少女に見せるわけにはいかない。

 俺たちの言葉に、早川はクスリと笑うと、


「ふふ……なんだかお二人とも、私の両親みたいです」


「両親?」


「そうです。優也さんが父親で、優奈さんが母親。私は子供……なんだか父と母が娘である私の間違いを正そうとしてくれてるみたいで……」


「なっ……」


 何言ってんだよ急に……。


「ちょっと唯……変なこと言わないでよ……。そんなこと言い出したら、その……わ、私と優也が……ふ、夫婦ってことになるじゃない……あはは、じ、冗談じゃないわよ!」


「おい壊れるな優奈。それにさらっと酷いぞ」


 冗談じゃないと来ましたか。

 別に気にしてない女子でも、そういうこと言われるとなかなかキツイもんだな。


「じ、じゃあ優也はいいの? 私みたいなのがお嫁さんで!」


「急に何言い出すんだよお前は!」


 本気で恥ずかしいし、そんなの答えたら公開処刑じゃねぇか!


「いいじゃないの、答えてあげれば」


「リサ⁉」


「アタシもその質問にアンタがどう反応するか、割と楽しみなんだけどなー」


「なんだよその言い方……」


 その思わせぶりな態度といい、俺を困らせようとする感じといい、やっぱりお前昨日のことやっぱり怒ってんだろ。

 ここで助けを求めようと鈴音の方を見ると、「しくじるなよ」的な目をこちらに向けていた。

 ……何この急展開。

 早川め、余計なこと言いやがって……。


「早く答えて下さい優也さん」


「お前は完全に他人事なのな!」


 早川を睨むと、ただ質問の返しを催促されただけだった。

 このやろ……末代まで呪ってやろうかちくしょう……。


「で、どうなのよ優也」


「……それ、今答えなきゃダメなのか?」


「ダメよ」「ダメね」「ダメだ」「ダメですね」


「はぁ……マジかよ……」


 俺は頭を抱える。

 いっそ部室から出て逃げようかとも思ったが、すでに部室の扉の前には鈴音が腕を組みながら立っていた。

 ……これは、腹をくくるしかないってことか?


「えっと……」


「うん……」


「俺は、優奈がお嫁さんでもいいとは思う……」


 この言葉を発するのに、たっぷり十秒ほどかかった。

 顔が熱くなってくるのを感じる。

 今なら額で湯が沸かせる自信があるくらいだ。

 俺の言葉を聞いて、優奈の顔が明るくなる。


「本当⁉」


「あぁ。だって、絵上手いしさ、性格だっていいし……このまま大人になった時にさ、小説家の夫とイラストレーターの嫁さんって、なんかカッコいいじゃん……」


「ふふ……何それ……」


 口に手を当てて笑う優奈。

 すげえ必死に考えたセリフだけど、なんとかなった……っぽい?

 どうだ? とばかりに鈴音を見ると、


「ふ……四十点の解答だな」


「なんでだよ!」


 赤点ラインギリギリと言ったところだな。

 これでその点数ってことは、何か重要なものがやっぱり欠けてるんだな。

 昼間に話した答えってやつがそれに該当するのかもな。

 俺が色々考えていると、


「優奈にはちゃんとそういうこと言えて、なんでアタシが身体の感想なのよ……バカみたい……」


 と、リサが蚊の鳴くような声で言った。


「なんだって?」


「何でもないわよ!」


 げしっ!


「痛ってぇぇえ!」


 思いっきり足踏まれた‼

 やっぱり怒ってんだろ昨日のこと‼


「優也さんのボケっぷりが再度露見したところで、そろそろ部活を始めませんか?」


 この話のきっかけを作ったやつが何言ってやがる⁉ と、言いたいのは山々だったが、無駄話で結構な時間を浪費してしまったので、俺たちは変な空気のまま個々の作業に取り掛かった。

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