2 本音

「ありがとうございました〜」


 店員のそんな声を聞きながら俺たちは稲沢書店を出る。

 いやぁ〜、流石に人気小説なだけあって、ラスト一冊だった。

 買えてよかったぜ。


「さて、俺は来た道をまた戻りますか」


「あ、そっか。優也はまた戻らないといけないのね」


「そうだ、残念なことにな。学生寮の近くに稲沢書店の二号店できないかな……」


「それは流石にないと思うよ……」


 リサは呆れるようにそう言うと、


「よし決めた! アタシも戻ろ!」


「はぁ?」


「やってみたかったのよね。二人乗りってやつ」


「ちょ待て、お前」


「いいのいいの、アンタ運転してよ。アタシは後ろね」


 そう言ってリサは自転車の荷台に腰かけた。

 ……てか俺が運転なのか?


「おいおい、二人乗りは法律違反だぞ。さっさと降りろよ」


「嫌よ。アタシは決意したの。優也の運転で後ろに乗っけてもらって、学生寮まで着いてくって」


 そっぽを向きながらそう答えるリサ。

 この様子だと、どうやら降りる気はないらしいな……どうしよ……。


「決意ってお前なぁ……警察に捕まったらどうする気だよ」


「その時はその時よ。一緒に叱られましょ」


「何で俺まで怒られなきゃいけねぇんだよ」


「ん〜、なりゆき?」


「バカ」


「いたっ」


 リサの頭を平手で軽く叩く俺。

 まったく、冗談じゃねぇ。

 まだこの歳で警察のご厄介にはなりたくないぞ。


「冗談はそのくらいにして、俺はもう帰るぞ。じゃな」


 そう言って俺がその場を離れようとすると、リサが荷台を降りて俺の手を強く掴んだ。

 俺は足を止め、リサの方を見る。

 前髪に隠れ、俺の視点からでは今リサがどんな表情をしているのか読み取れないが……震えてる?


「なんだよリサ、まだなんか」


「……しないで」


「なんだって? 聞こえないぞ」


「アタシを一人にしないでよ優也!」


「うお⁉」


 急にデカイ声出してこっち見るなよ、マジでビビるから。

 それにそんな目に涙をいっぱい浮かべられたら……って涙?

 ちょっと待ていきなりどうした⁉

 俺なんかした⁉


「わ、悪かった。俺が悪かったから泣くな、な?」


 必死にリサをなだめる俺。

 あー、道行く人の目線が痛い……。

 ぱっと見、彼氏が別れ話を持ちかけたところ、彼女が泣いてしまったみたいなシチュエーションじゃねぇかこれ。


「お前はなんで泣いてんだよ……」


「あ……ゴメン……なんか今、優也が遠くに行っちゃう気がしたら急に……」


 ハっと我に帰ったようにそう言うリサ。


「いや、行かねーよ。寮に帰るだけだろ? 明日もまた部活で会うだろうし」


「そ、そうだよね。ゴメン急に……」


 リサは申し訳なさそうにそう言った。

 ……大丈夫かな、リサ。

 さっきあんな話を聞いたばかりだから余計に心配になる。


「さて、アタシも帰ろかな」


 自転車のサドルに腰掛けながらそう言うリサの目は、どこか悲しげで、怯えているような気がした。

 何故そう思ったかは俺にも分からない。

 でも、俺はその目を放っておくことはできなかった。


「待てよ」


 先ほどと打って変わり、今度は俺がリサを呼び止める。


「何よ」


「俺が自転車漕ぐんだろ? だったらそのポジションは俺だ。ほら、荷台に移れよ」


 俺は自転車の後部に回り込み、後ろからリサの身体の腰のあたりを持つ。

 そして腕に力を込めると、リサの身体は意外にもたやすく持ち上がった。


「え? ちょ⁉ 優也⁉」


 俺はそのままリサをサドルから荷台に下ろすと、今の一連の作業で少しばかりかいた汗を手で拭った。


「ふぅ……これで良し」


「な……ななななななな何すんのよこのバカッ‼ 変態‼」


「へ? 二人乗りで寮まで行くんだろ? だったらお前がサドルに乗ってちゃダメだからな。手助けしてやったんだ。案外軽かったぜ?」


「言ってくれたら自分で移ったわよなんでそんな急に女の子の身体が触れるわけ信じられない一回死んできたら⁉」


 顔を真っ赤にしながらブレス無しでそんなことを早口で言うリサ。

 よくそんな長いセリフ息継ぎ無しで言えるもんだ。


「さっきから笑ったり泣いたり怒ったり忙しいやつだな。俺がお前の身体に触れたのが気に入らないのなら謝る。悪かった」


「別に気に入らないってわけじゃないけど……触るのなら事前にちゃんと言ってから……」


「なんだって?」


 声が小さすぎてよく聞こえないんだが。


「な、なんでもないわよ! ほら、寮まで行くんでしょ?だったらアンタもさっさと乗りなさいよ!」


「あ、あぁ……」


 怒らせてしまったかな……。

 リサを元気付けようとしただけなんだが……逆効果だったかもしれないな。

 俺は申し訳ない気持ちを抱えながらサドルに腰掛け、自転車を漕ぎだした。


           ☆


「二人乗りって気持ちいいわね」


「俺は辛くてしょうがねぇけどな……」


 ペダルの重さとバランスの悪さに息を荒くしながら自転車を漕ぎ続ける俺。

 やべぇ……二人乗りってこんなに疲れるもんだっけか?


「ほら、もっと早く漕ぐ! ちょっとスピード落ちてきてるわよ?」


「うるせぇ! 思いの外疲れるんだよ!」


「優也体力無いわね〜」


「二人乗りの運転十分もやってれば、そりゃ誰でも疲れるぜ」


 しかも今気づいたけどこれ、ギア最大だし!

 そりゃ重いぜ!


「言っとくけど、ギア落としたら反則ね」


「なんでだよ! 反則って何⁉」


「反則したら罰ゲーム!」


「……罰ゲームって何があるんだよ」


「明日部活中、ずっと鈴音の言葉責め!」


「……意地でも最大ギアでやってやる」


 鈴音の言葉責めなんて、ロクなもんじゃない。

 下手したら、俺の人生史上最低な罰ゲームの可能性だってある。

 てか部活中ってことは当然リサと優奈もいる。

 鈴音の俺に対する言葉責めを二人が聞いたら間違いなくまた三途の川行きだ。

 これは二人を守るという意味でも絶対にその罰ゲームはダメだ。

 ……というか、リサは自分で自分の首を絞めることになるけど……バカなのか?

 そんなことを考えていた俺は、自転車の進行方向に落ちていた少し大きめの石を避けることができなかった。

 前輪と石が接触し、車体が大きく揺れる。


「うぉっと!」


「キャッ!」


 あ、危ね〜……。

 なんとかバランスは保たれ、自転車は走行を続けていた。


「大丈夫か? リサ……」


 リサを心配し、後ろを振り向こうとした時、俺は気づいてしまった。

 背中に感じる二つの柔らかい感触と、自分の腹に巻かれた二本の腕に。


「な、なんで抱きついてんだよ!」


「しょうがないじゃない! 掴まってないと振り落とされそうだったんだから!」


「お前、さっき俺に身体触られてあんなに嫌がってたくせに!」


「そ、それとこれとは別‼」


「は⁉」


 どう別なのか説明していただきたい!


「とにかく離せよ! もう自転車は安定してるだろ⁉」


「……嫌よ」


「なんでだよ⁉」


「またアンタの不注意で揺れるかもしれないから、ずっとこうしとく……」


「マジかよ……」


 めちゃくちゃ緊張する上にめちゃくちゃ運転しづらいんだが?

 今なら石の協力なしに転倒することできる気がする。


「ほら、さっさと運転する! あ、反則しないようにね」


「はぁ……わーったよ」


           ☆


 そうこうしてる内に俺たちは寮にたどり着いた。

 運がいいことに警察には見つかっていない。

 つ、疲れた……いつもの数倍疲れた……。


「いや〜楽しかったわ。またやりましょうね」


「正直二度とゴメンだ」


 俺が自転車から降りると、入れ替わりにリサがサドルに腰掛ける。


「悪いな。こんなところまで付き合わせて」


「全然。アタシが勝手に着いてきただけだから……ねぇ優也」


「あん?」


「……アンタ、アタシのこと、どう思ってるの?」


「は?」


 言ってる意味が分からんが……。


「ほら、今日いつもよりも一緒にいる時間が長かったでしょ? それでその……優也はこんなアタシをどう思ってるのか気になって……」


「んなこと急に言われたって……」


 いつもよりも一緒にいるって言っても、本屋行って寮まで二人乗りしただけだからな……そんな変わったことしたわけじゃない。

 でも、なにかあったからリサはこういうことを言うのだろう……思い当たる節がアレしかないのだが……いいのだろうか。


「えっと……」


「うんうん」


 俺が話そうとすると、リサが興味津々に聞いてくる。

 これ、本当に言っちゃっていいのか?

 デリカシーが無いようにも思えるけどリサが話せって言うのならしょうがないか……。


「……割とよかったと思う」


「本当⁉」


「あぁ、腰もくびれてたし、腕も細い。む……胸もかなり大きいから全然いいと思うぜ?」


 俺がそう言うと、途端にリサの顔が引きつった。

 あれ?

 なんかミスった?


「な、なに言ってんのよ変態!」


「いやだってお前がどう思ってるか言えって言うから、今日お前に触れた時の感想を述べたんだけど……ダメ?」


 俺は今日、リサの身体を持ち上げ、リサに後ろから抱きつかれた。

 これは俺にとっては大変イレギュラーなことだ。

 だからそのことについて俺がリサに対して抱いた感想を正直に伝えただけなんだが……あれ?怒ってる?


「アンタってやつは……とことんバカ!スーパーバカ! ウルトラバカ! なんでアタシが同じ部活の男子に自分の身体の感想聞き出さなきゃいけないの⁉ 意味分かんない!」


「お、おいリサ?」


「やっぱ鈴音の言う通り、アンタには鈍感王子の名が相応しいわね」


「ひでぇ!」


 俺がショックを受けていると、リサは自転車を走らせ、寮から離れていく。

 そして最後にこちらを振り向き、


「死ねバーカ‼」


 と言って去っていった。

 な、何なんだ一体……。

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