7 夏希リサのラブコメディ
リサに渡されたノートに目を通すと、そこには早川とも、鈴音とも違う書き方の原案が書かれていた。
早川と鈴音は二人とも起承転結にまとめられていたが、リサは文章と矢印で物語の大まかな流れをまとめ、キャラ設定に関しては驚くことにキャラ一人につきノート見開き一ページを使い、細かい設定までちゃんと書いてありそうだった。
こんだけ書いてあると、内容の濃さなら俺のネタ帳をはるかにしのぎそうだ。
「へー、リサ、お前二人に比べたらだいぶしっかりと書けてる気がするぞ」
「そ、そう?」
「あぁ。まだちゃんと読んでないから何とも言えないけど、こんだけ長文が書いてあるんだ。相当考えたんだろう?」
「ま、まぁね……」
少し顔を赤くしながら頷くリサ。
ネタ帳というのは、小説の原案とは言っても結局のところ自分の頭の中でストーリー展開やキャラの動きがイメージできてないと筆は進まない。
何も考えず、思いついた行き当たりばったりなモノをネタ帳に書こうとしても、すぐにその手は止まってしまう。
だからリサのようにネタ帳をこれだけ書き込めるというのは、ちゃんと自分の中で考えがまとまっているということだ。
「俺、お前のこと少し見直したよ。これだけの量をこんな短時間で書けるのは普通に凄いと思う」
「いや、その……家で……」
「家で書いてきたのか。昨日宿題とか言ってて結局誰もやってきてないと思ってたのに」
やるなーリサ。
考えてみたら部室の掃除してた時も、文句を垂れても作業はきちんと進んでたし、何より部活にちゃんと来てた。
嫌なら来ないという選択肢もリサにはあったのに、ちゃんと来て、お嬢様には到底似合わないガラクタ運びを手伝って……今回だって鈴音が言い出したネタ帳の宿題に一番渋ってたくせに、一人だけきちんとやってきてる。
言い出しっぺの鈴音も、割と乗り気だった早川もやってこなかったのに。
もしかしたらこの現代文章構成部で一番努力してるのは、紛れもないリサなのかもしれないな。
「な、何みてるのよ……気持ち悪いわね」
「悪い、ちょっと感動してた」
「は? 何に? アンタ大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。それじゃリサのネタ帳、見せてもらうな」
「う、うん……」
さて、これは普通に楽しみだ。
早川や鈴音のものも別に楽しみじゃないわけではなかったのだが、内容がかなりアレしていたせいで身体中に走ったショックの方が大きくなってしまった。
でも、リサのはきっとそんなショックなんて一切ない。
俺には何となく、それだけは分かっていた。
☆
「読んだよ」
俺はそう言ってパタンと大学ノートを閉じ、机に置く。
「ど、どうだった?」
「あぁ、ストーリーはよくありがちなものだけど、だからこそいいものがあった。正直これを小説にしたら、書き方次第で人を感動させられると思う」
「そ、そう……そうなのね! 良かった〜……」
ばぁっと顔が明るくなるリサ。
俺がネタ帳を読んでる間、リサはすごく緊張した様子で座っていた。
そして俺の感想を聞き、その緊張が解けたのだろう。
あれは俺がお世辞抜きで本当に思ったことであり、実際に俺も書いてみたいなと思ってしまった。
リサの小説は、オーソドックスなラブコメディだ。
時代のトップを走る異世界転生や異能力バトルではないものの、オーソドックスだからこその面白さというものがある。
下手に物語を屈折させるよりも、基本に忠実にした方が絶対に面白い小説が書ける。
まさにそれを教えてくれるような物語の展開だった。
主人公の文也は、中学の頃からネット小説を書き続けて来た高校二年生。
そんな文也の小説のファンであるヒロインの夏美は、文也が自分の好きな小説を書いてる作者だと知ると、次第に想いを寄せるようになる。
文也と夏美は話したり、出かけたりする内に惹かれあい、付き合うようになる。
しかし三年生の夏、夏祭りに二人で行くと、夏美からもうすぐ遠くに引っ越すという報告を文也は受ける。
引っ越しの日、夏美と文也は最後に優しくキスを交わし、離れ離れとなる。
卒業後、プロの小説家となった文也は編集社を訪れ、自分の担当編集者と初めて対面する。
するとそこに現れたのは、紛れもない、高校時代を一緒に過ごした夏美だった。
文也と夏美の青春を描いた、涙あり笑いありの、正統派ラブコメディ。
リサの小説は、大まかに説明するとこんな感じの流れだ。
「リサ、これ小説にしたらワンチャン大賞狙えるかもしれないぞ」
「じ、冗談言わないで!」
「いや、これ割とガチで言ってる。最近はどこもかしこも異世界転生や異能力バトルだ。そんな中に敢えて正統派ラブコメディをぶち込めば、どうなるか分からないぞ?」
「嘘でしょ……?」
「いやいやマジマジ」
確かに異世界転生は面白いし、異能力バトルは手に汗握る展開が熱いものも沢山ある。
しかし、量が多すぎるのも事実だ。
『小説どっとこむ』でも、もうほとんどがその二つのジャンルに染まってる。
俺のようにラブコメディを書いてる作家さんは少ない。
しかし、だからこそ敵は少ない。
そういうラブコメを募集するネット小説大賞を狙えば、可能性はある!
「ほう? リサのネタ帳はそんなにすごいのか」
「ぜひ見せてもらいたいですね」
俺が勝手に燃えていると、いつの間にかすぐそばに鈴音と早川が立っていた。
ちょうどいい。
こいつらにもリサのネタ帳見せて、勉強してもらおう。
「あぁ。お前らとは大違いだ。見てみろ」
「あ……ちょっと優也……」
「いいだろ? 別に。これはお前が胸張って人に見せられるものだ」
「そうじゃなくて……」
俺は机に置いたノートを再び手に取り、原案が書かれたページを開いて鈴音に見せる。
「ほう……これが」
「うぅ……リサのくせになんかびっしり書いてあります……」
「そうだろう? お前らも見習え」
その後二人は、リサのネタ帳を読み進めていった。
☆
「どうだった? 凄かっただろ?」
「別に貴様が威張るようなことではないと思うが……まぁ、良かったとは思うぞ。なかなかに面白い内容だった」
「そうか。早川は?」
「……ノーコメントで」
「なんだよそれ」
なんか気に食わないところでもあったのかな。
「変な点があったならリサに直接言えばいい。もちろん、悪口なしでな。そうやって作家さん同士でお互い注意し合うのも、大切なことだから」
それに、そういうことをする点でもこの部活という場はすごくいい。
やっぱり作者側としては直接読者の声は聞きたいもんだからな。
「〜〜〜っっっっ……」
「ど、どうした早川?」
なんかすごく顔真っ赤にして悶えてるぞ。
するといきなり息を吸い込み、
「リサを褒めるようなことは一切言いたくありません!」
と、デカイ声で言った。
う……うるせ〜……。
いつもの静か系キャラはどこに行った。
まぁしかし……褒めるようなことは言いたくないか。
その言葉で、もうしっかり褒めてんじゃん。
「だ、そうだ。言っただろ? お前は胸張ればいいって」
「そうじゃなくて……」
「あん?」
「優也まさか貴様、気づいていないのか? この原案がなにを意味しているのか」
リサが顔を真っ赤にする意味がわからない俺に、頭を抱えた鈴音が言った。
「すまん、全く分からん」
「この……鈍感王子が!」
「痛て!」
グーはやめて、グーは!
「しかし、リサについては私もノーマークだったな。これで優也の攻略ルートがまた一つ増えてしまった……」
「鈴音、そろそろ教えてくれないか? その攻略ルート云々って話」
「私は言ったはずだ。貴様が自分で気付けと」
「はぁ……自分で気付けないから言ってんだけどな……」
このことについては俺もよく考えた方だと思う。
しかし、マジで分からない。
攻略ルートという言葉から察するに、ゲームの話か?
でもそんな話をする場面でも無かったし……。
「それよりも優也さん、もうすぐ六時ですよ。いいんですか?」
「あ、確かにそうだな。それじゃ、帰るか」
俺は鈴音の攻略ルートという言葉について考えながら部室を出た。
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