5 早川唯のラブストーリー
翌日の放課後。
宿題だとかなんだとか言ってたくせに、結局ネタ帳を書き上げてきた者は一人もいなかった。
しかし、
「書けました!」
俺のネタ帳を見た後なのか、昨日と比べてやけに気合が入った様子でシャーペンをノートに走らせる三人。
そんな中、一番最初に完成報告をしたのは早川だった。
「へー、早いな」
「優也さん、一度見てくれませんか?」
「もちろん」
俺は席を立ち、早川の近くに行くと「お願いします!」と言わんばかりの目で俺にノートを差し出す早川。
や、やりにくい……。
「……別に俺も偉そうなこと言える立場じゃないから、そんな仰々しくされても困るんだが……」
「いえいえ、優也さんは小説界の大先輩ですから!」
「だ……大先輩ときましたか……」
ますますやりにくい……。
早川はこういうところが素直なのがいいところでもあるのだが、今の俺には緊張しか与えていない。
「ま、まぁいいや。とりあえず見てみるな」
「はい。よろしくお願いします!」
「だからそういうのはやめてくれって言ってるのに……」
そう言いながら早川の大学ノートに目を通す俺。
うん、字は綺麗だな。
古代文字書いてる俺とは大違いだぜ。
「えっと……『主人公の名はクリス。ユイーナ王国の王子』へー、王子系主人公か」
「はい。私の中ではあまり主人公像が描けなかったので、とりあえず一国の王子様にしてみました」
「とりあえずって……」
頭を抱える俺。
俺はとりあえず嫌な予感がしたよ。
「はぁ……『ヒロインはユイーナ王国と対立するイローナ王国の姫、レイシス』ほー、禁断の恋とかそういう感じか?」
「そうですね。ロミオとジュリエットみたいなのを書きたくて」
「お前、恋愛モノは破廉恥じゃなかったのか?」
「ロミオとジュリエットはちっとも破廉恥じゃありません! 特にロミオとの禁じられた恋を嘆くジュリエットのシーンは、儚くとも、美しいんです……あぁロミオ……あなたはどうしてロミオなの……?」
「帰ってこい早川。まぁ、確かにロミオとジュリエットにはそういうシーンはないよな。あったら逆に問題だけど」
ロミオがジュリエットの胸に顔をめり込ませたりなんかしたら、即絞首刑だろうな。
「人の作品に影響されるのは良くないとは思ったんですが、何しろ初めてなので、いっそのこと自分の好きな作品と同じような物を書いて練習しようかと思ったのですが……ダメですか?」
「い、いや、全然悪くない考えだと思うよ」
だからその見上げる視線やめて。
『メガネ系美少女に見上げられる』というシチュエーションは、男子高校生にとって破壊力抜群だから。
一気に否定する意思を失うから!
「それなら良かったです! その下に話の流れも書いてみたんですけど、どうですか?」
「どれどれ? おー、起承転結にまとまってんじゃん」
「はい。物語の基本は起承転結だと聞いたのでちょっとやってみようかと」
へー。
全然アリなストーリーのまとめ方だ。
というか、むしろ俺みたいにまとまりなく思いついたことを書きなぐるよりは、ずっといい。
これは内容が楽しみだ。
どれどれ……。
起…クリスとレイシスの偶然の出会い。お花畑で花を摘んでいたレイシスにクリスは一目惚れする。
承…クリスとレイシスは隠れながら会い続けているうちに惹かれあい、してはいけないと分かっていながらも、禁断の恋に足を踏み入れる。
うんうん。
ここまでは書き方次第で全然面白いお話になりそうだな。
転…レイシスの裏切りが発覚。クリスとの交際は、イローナ王国の姫としてユイーナ王国の王子であるクリスを抹殺するためだった。
……は?
結…結果、クリスは晒し首になり、それをあざ笑うかのようにレイシスは元々の婚約者であるルイスと結婚しましたとさ。めでたしめでたし。
って……ぇぇぇええ‼
「ちょっと待てえぇぇぇい!」
「ちょっと、急にデカい声上げないでよ優也」
「わ、悪い」
なんかリサに怒られたんですけど⁉
集中してたところ大声出したことは謝るけれども……嘘お⁉
「どこか変でしたか?」
「いやいや、逆にこれを見て変じゃないってやつの気が知れないよ⁉」
そんな奴がいたら是非とも会ってみたいものだ。
「でもそれ、優也さんに見せる前にたまたま近くに来た優奈さんにチェックしてもらったら「いいんじゃない?」という返答が帰ってきましたけど……」
「すぐそばにいたぁぁぁあ!」
「ちょ⁉ どうしたの優也」
どうしたもこうしたもねぇよ!
「お前適当に答えただろ……」
「え? でもこのダークな感じ、私は好きだけど……」
「お前よく『Re:Friend』好きになったな」
「それも好きだしこっちも好き」
「作風180度違うだろ……」
あ、でも恋愛ってとこは一緒だから、150度ってとこか?
それにしてもこれは酷い……。
「いいか早川……とりあえず起・承までは良かった。素直に読みたいと思えたよ。あくまでそこまでな」
「それはどうも……」
少し顔を赤くしながらそう答える早川。
後半聞こえてたか?
あくまでそこまでだからな。
「問題は次からだ。なんだこの転の黒すぎる流れは」
「先程ネットを使って調べたところ、起承転結の転は物語が意外な展開を迎える場面と書いてあったので」
「意外すぎる展開迎えちゃったよ! なんで急にレイシス陰謀論が出てきちゃうの⁉」
「うーん……レイシスの気分じゃないですか?」
「訳がわからん。んで、次の結の部分だが……転の流れからしてクリスの運命は割と目に見えてたけど……ルイスって誰だ?」
「読んでなかったんですか? レイシスの本来の婚約者ですよ」
「そこは読んだけど……だとするならルイスの登場が遅すぎる。最終回近い展開で新キャラ……しかもルイスの場合、結構大事なポジションだから、そのタイミングで出すのはあまり良くないと俺は思う」
「どうしてですか?」
「後付け設定感が強くなるんだ。せっかく自分が一から十まで考えてたストーリーも、そんな風に思われたらなんかシャクだろ?」
「それはまぁ……確かに……」
「それに、読者さんに覚えてもらいづらくなるのもダメだな。ルイスはキャラとしては超重要人物なんだから、もっと前に出して、キャラを覚えてもらいつつ、こいつ一体何者なんだっていう伏線を貼っとくのもいいかもしれないな」
「なるほど……そこまで優也さんは考えてるんですか」
「まぁな」
俺もよくあったんだ、そういうミスが。
自分で読み直してみたら、違和感すごかった覚えがある。
「というわけで、このネタ帳は転から書き直しだな」
「ま、マジですか……」
「当たり前だ。ロミオとジュリエットに影響されたんだったら、起・承の流れで切ないラブストーリーにしてくれ」
「はーい……」
力なく返事する早川。
最初の「お願いします!」はどこいった。
「まぁ、ルイスについては、レイシスの本来の婚約者って設定を活かして、割と序盤に登場させるといいと思うよ」
「あ、分かりました」
そう言うと筆箱から赤ペンを取り出し、結のところに書かれた『ルイス』の文字から矢印を引き、上に持っていく早川。
そのルイスの行く先は……起?
「なぁ早川……ちなみにルイスはこれからどんな感じにするつもりなんだ?」
「そうですね……お花畑でクリスとレイシスが出会う時、既にルイスとレイシスで一緒にいるというのはどうでしょう」
「あー、悪くないな。レイシスは少し嫌な顔をしつつも仕方なく一緒にいるとか?」
「それいいですね!」
失敗を見つけては書き直してというのを繰り返す早川を見ていると、なんだか二年前、俺がちょうど小説を書き始めた頃を思い出す。
そして何気なく制服のポケットを探ると、その時に四苦八苦したネタ帳が、妙に懐かしく思えた。
「さぁ、唯のネタ帳がかなり危なかったようだが優也、次は私の番だ。見てくれ」
鈴音のか……これまた嫌な予感しかしないな。
でもまぁ、こいつもこいつなりに一生懸命書いてたみたいだし。
「あ、あぁ、分かった」
俺は不安を募らせながら返事をし、早川の席を離れた。
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