4 思い

「物語の展開は何事も起承転結が重要になると言われるが、優也のネタ帳は完全にそれを無視してるな」


「うわっ……ぐちゃぐちゃじゃない……」


「優也さんってもう少し字が綺麗だと思ってました」


 俺の小説の大まかな話の内容が書かれているページ。

 そこには書いた張本人である俺すらも解読不可能な、良く言えば古代文字、悪くいうならミミズのような文字……というかむしろミミズがぎっしりと書き込まれていた。


「うるせぇよ。俺はネタが思い浮かんだらすぐ書き残したいんだ。だからいつもそいつを持ち歩いてる」


「だからってこれはちょっと引くわね……」


「いいんだよ。俺が読めればそれで」


「優也さんから読めるんですか?」


「……目で見るんじゃない。感じるんだ。そのページをじーっと見てると、ネタがフワッと浮かんでくるんだぜ?」


「要は読めないんですね」


「……はい……」


 だって象形文字だし、解読不可能だし!


「だが見てみろ。これなんかはまだ読めるぞ」


「どれどれ?」


「『主人公はヒロインにアプローチを繰り返すがあしらわれる。しかし帰り道に偶然ヒロインと出会い、話している内に少しだけ仲良くなる』と書いてあるな。しかし、このあらすじだと内容が薄っぺらくならないか?」


「確かに、それだけでは少し薄すぎる気がしなくもないですね」


「ネット小説だからな。俺は1話あたり大体三千〜四千文字を目標にしてるからそんなもんでいいんだよ」


 たまに八千文字とか書いてる人を見かけるが、俺はどうもそういうのは良くないと思ってしまう。

 ネット小説はそのお手軽さを活かし、待ち時間とかにすぐ読めて、かつ面白い小説を俺は書いて行きたい。

 それに、あまり長くなりすぎると、どうしても読者が飽きてしまうような気がする。

 上手い人ならまだしも、俺みたいな下手くそがそういうのを書くと、説明文みたいになってしまい、どうしても面白い小説が書けなくなってしまうのだ。

 だから俺は、三千〜四千文字という自分の中のちょうどよさを見つけて、その方針をずっと貫いている。


「それに、その薄っぺらい内容の中にどれだけの人を引き込むかっていうのが、小説の上手い下手だと俺は思うんだ。どんなに薄くても人を笑わせて、また見たいと思わせるような小説を、俺は書きたいんだ」


 俺は素直な本心をみんなにぶつける。


「ほー、優也にしては珍しくまともな言葉が聞けたな」


「アタシ、ちょっと感動したかも……」


「優也さん……もしかして意外としっかりしてる……?」


「意外とって言うなよ。小説のことに関してはこれでもしっかりしてるつもりなんだぜ?」


 おかげで学業ダメダメだけどな。


「ふ……なるほどな……あれ? 優也、どういうことだ? 終わってしまったぞ?」


 鈴音がページをめくると、そこはもう白紙だった。


「あぁ。俺のネタ帳はそれでおしまいだ」


「へー、意外とあっさりしてるものね」


「まぁ、俺の小説に魔法とか超能力は出てこないからな。その分設定とかは軽くていいんだよ」


 特に『Re:Friend』については学園モノ。

 読者層が十代から二十代と、若者の多い『小説どっとこむ』では学園モノは読者に溶け込みやすく、かつ親しみやすい。

 学生にとっては情景がイメージしやすいし、笑いやすい舞台でもある。


「だから私も、絵が描きやすいんだよね」


 優奈はそう言うと、自分が作業していた机の方に行き、一枚の紙を持ってきた。


「こんな感じで、イメージしやすいから」


 そこには、男子生徒と女子生徒が教室で話している絵が、鉛筆で綺麗に描かれていた。


「これは……優奈が描いたのか……?」


「すごい……綺麗な絵……」


「私には真似できないです……」


「すげぇ……こんな絵、描けるもんなのか……?」


 みんなが思い思いの感想を述べると、優奈は少し顔を赤くし、小さな声で、


「あ……ありがと……」


 と言った。


「優也、いいイラストレーターに出会ったな」


「そうね……優奈に小説のイラスト描いてもらえるなら、全然アリだわ」


「リサ、あなたはどうしてそう上から目線なんですか。まだどんな話にするかも決まっていないのに……でも、できることなら私も小説ができたら描いて欲しいです……」


「なぁ優奈、これってもしかして『Re:Friend』の?」


 俺が聞くと、優奈は小さくコクリと頷く。

 優菜の手元にあるコピー用紙には、二人の男女が描かれており、俺はその二人に見覚えがあった。

 初めて優菜と会ったあの日、見せてもらったスケッチブックに描かれていた『Re:Friend』の主人公とヒロインである。


「まだ下書きだけど……優也のOKが貰えるのなら、二人の顔、体格はこれで行くよ」


「全然構わない。てかこれでNG出す奴の意味がわからん」


「おだてないでよ……バカ……」


 いや、大真面目なんだけど……。

 てか心なしか漫画版のやつよりも数段レベルアップしてる気がする……もしかしたら優奈は部室の片付けをしてた時にも一人家で黙々と練習してたのかもしれないな……。


「それじゃこれに色つけしていくから、明日はその用意も持ってくるね」


「ああ、頼む」


 この絵に色がつくとどうなるんだろうな……。

 すげえ気になるけど、それは明日までのお預けか……。

 そんなことを考えながら何気なく時計を見ると、時刻は既に六時を少し回っていた。


「よし、今日はここまでにして、帰るか」


「そうだな。それじゃ私たち三人のネタ帳は明日までの宿題ということで」


「え〜⁉」


「リサ、今日中にできなかった人が悪いんです。いくら豚並みの知能でも、今日中にやってくるべきということくらいは分かるでしょう?」


「うっ……そうね……」


「ははは⋯⋯なんでもいいけど、ネタ帳は早めに仕上げて、早く小説の本文に移れるといいな」


 正直ネタ帳を書き込むのはそんなに面白い作業じゃない。

 書いてると、凄く本文が書きたくなるのは誰にでもあることだと思う。

 だからなるべく早くネタ帳を終わらせて、小説をこいつらに書かせてあげたい。

 それで出来上がった小説を誰よりも早く見てみたい。

 俺は今、その思いでいっぱいだった。

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