3 ネタ帳

「…………」カタカタカタ……


「…………」カリカリカリ……


「…………」クルクルクル……


「…………」コンコンコン……


「…………」( ̄3 ̄)


 静かな部室。

 俺は自分の小説の続きを書き、優奈は早速『Re:Friend』の挿絵を書き始めてくれてる。

 んで他の三人はというと、一人はペンを回し、一人はペンの先で机をコンコン突き、もう一人はペンを鼻と口の間に挟み込み、全員ひたすら真っ白な大学ノートとにらめっこしていた。


「はぁ……しかしまぁ、なんっにも思い浮かばないわね。こういうのって」


「そうだな……意外とあっさり思いつくと思ったのだが……考えれば考えるほど、どこかで見たことある既存の小説と同じ様なストーリー展開になってしまう」


「優也さんの勧め通り、バトル物を考えてるのですが……そもそもそういう小説を読んだことがないので思い浮かぶはずがないです……」


「お前ら、作業始めてからまだ十分も経ってないぞ? そう腐るな」


 俺はパソコンの画面を見つめたままそう言うと、リサの「ふあぁあい……」というあくび混じりの力無い答えだけが帰ってきた。

 俺が今三人にやらせていること。

 それは、いわゆるネタ作りというやつだ。

 これはどんな作家でも必ずやる(と思う)ことなのだが、タイトル、物語の進行、始まり方、終わり方、キャラクター設定から能力設定など、小説を作って行く上で必要になってくるパーツをあらかじめ考えておく。

 そのパーツを組み立てていくと、一つの小説が出来上がる。

 これがネタ作りなわけだが、それをノートにまとめさせてるのは、俺流のやり方だ。

 頭の中でまとめて覚えてられる人もいるらしいが、俺の低スペックな頭ではそんな芸当はできない(というか、やろうとした結果、三日で全部吹っ飛んだ)。


「ねぇ、優也の原案ノート見してあげたら?」


 いつの間にか手を止め、みんなの様子を伺っていた優奈が俺に耳打ちする。


「へ? 俺の?」


「うん。今もそのポケットに入ってるんでしょ?」


「入ってるけどさ……」


 俺は制服のポケットを軽く触り、四角い手帳型のノートが入っているのを確認する。


「きっとみんな、書き方が分からないんだと思うの。だからそれを見せて、一度参考にさせた方がいいんじゃない?」


「そういうもんかな……」


 俺はポケットから青いcampusの小さなノートを取り出した。

 マジックで少し大きめに書かれた『原案』の文字を見つめると、優奈と始めて会った時のことを思い出す。

 俺がこいつを落とさなかったら、優奈も俺が『Re:Friend』の作者と知ることなく、どこかの部活に入って普通の高校生活を送っていただろう。

 そして当然、この現代文章構成部も創設されていない。

 原案ノートを落とした時はめちゃ焦ったし、優奈が現代文章構成部を創ったって言った時は、変なことに巻き込まれたと思ったけど、メンバーも揃ってきて、なんだかんだで居心地が良かったんだよな。


「なんだそのボロボロのノートは」


 俺が感傷に浸っていると、鈴音がペン回しをしていた手を止め、俺のノートを凝視していた。

 そしてその言葉に反応し、リサと早川も俺のノートに目が移る。


「なによアンタ、いつもそんなもの持ち歩いてるの?」


「マジックで何か書いてありますね……原案……って、それ、優也さんのネタ帳ですか⁉」


「はぁ……察しがいいな。そうだよ。これは俺が二年間使ってるネタ帳だ」


「そんな面白いものがあるならなぜ言わない。早く見せてくれ」


 鈴音がそういうと、全員立ち上がり、俺の周りに集まった。

 しかし……こうして女子に囲まれると、めちゃくちゃ緊張するな。

 しかも全員ルックスだけはトップクラスときてる。

 俺は少し頬を赤くしながら鈴音に原案ノートを渡した。


「正直……それ見られるのめちゃ恥ずかしいから……笑うなよ?」


「何を言う。私たちはあくまで参考までにとどめておくだけだ。人の作品の原案を見て笑うなどという失礼なことは控……ぷ……くく……」


 鈴音はそう言いながら表紙をめくると、早くも悶絶していた。

 背中を丸くし、小刻みに震える鈴音。

 こ、これは見覚えがあるぞ……!

 鈴音が入部した日の帰り道で見せた、『必死で笑いをこらえるポーズ』だ。

 残りの二人も鈴音の開いていたページを覗き込む。


「きゃはは! 何これ! タイトル⁉ 超ウケるんだけど⁉」


「リサ、品のない声を上げないでください。耳障りで…………」


 はぁ……リサの爆笑はなんとなく予想してたが、まさか早川がフリーズするのは予想外だったぜ。


「だから言っただろ? 笑うなって」


「だって何よこれ〜! 『僕とあの子の私生活!』とか、『妹がヤンデレすぎて辛すぎる件について』とか……これとかマジ最高‼ 『†片翼-カタハネ-のプリンス†』とか、中二病真っ盛りじゃない‼ あ〜笑える!」


 あー、そんなの書いた覚えあるな。

 話も考えずに流れで考えたタイトルで、おまけになんかカッコいいから両端に十字架まで書いたっていう俺の黒歴史。

 まさか二年の時を経てからかわれる日が来るなんて思っても見なかったぜ……。


「いやぁすまん優也。笑いをこらえるのに必死だった」


「こらえてなかったよ⁉」


「ふ……まぁそこは置いておいて」


「置いとくなよ! 捨てとけよ!」


「この一番下にあるタイトル、『Re:Friend』に赤ペンでマルが引いてあるな」


「あぁ。色々考えたんだけど、結果的に最後に考えたそいつが一番しっくりきたんだ。その赤マル引いたの、今でもよく覚えてるよ」


「それが今の『Re:Friend』ってわけね」


「あぁ。思えば、あっという間に決まったな。あ、そこから先のページは全部『Re:Friend』の原案になってるから」


 ページをめくろうとする鈴音に俺がそう言うと、


「私たちの見るべきはここから先ですね」


 早川がいつの間にか復活していた。


「まぁ、見たところで参考になるか分からんけどな」


 正直思いついたこと書きなぐってるだけだから、とんでもなく読みづらいと思うけど。


「ほう……最初はキャラ設定が書いてあるんだな。どれどれ? 『〈主人公設定〉事故で亡くしたヒロインのことををずっと悔やんでいたが、ある日、転校してきたヒロインそっくりな女子生徒に出会い、仲良くなろうと近づく努力をする』キャラ設定だけ見ると主人公はかなりヤバいやつだな」


「そうね。付き合ってた彼女に似てるからって転校生ナンパするってことだもんね」


「私がヒロインだったら、お尻蹴ってますね」


「お前ら好き勝手言わないでくれよ。ちゃんと小説ではしっかりしてただろ? 主人公は」


 お前らがそうやって言うとそんな気がしちゃうだろうが。

 改めて声に出して読まれると、あれ?なんか主人公ヤベェ奴じゃね? って思っちゃうから。


「次はヒロインね。えっと……『主人公のクラスに転校してきた転校生で、頭脳明晰、運動神経抜群、黒髪巨乳の美少女。主人公に言い寄られるが、何度もスルー。だが、ある事件をきっかけに二人の仲は急接近する』うわ……なにこれ……」


「そんなに引くか?」


「まず『転校してきた転校生』って日本語が怪しいわね。『頭痛が痛い』とかっていうのと同じものを感じるわ」


「それに、ヒロインスペック高すぎませんか? 完全無欠じゃないですか。ついでに巨乳なのも腹が立ちます」


「それとやはり主人公は言い寄ってくる予定だったのだな。これはもうヤバい奴認定確定だな」


「主人公は悪くないんだ。そんなに言わないでやってくれ……!」


『Re:Friend』の主人公任されて頑張ってるのに、意味なく罵倒されて大変だな主人公よ。

 俺が作っといてなんだけど。


「それに、最後のところ。ある事件をきっかけに仲良くなるって、そんな事件あった?」


「少なくとも私たちが読んだところまでではそんなところなかったが、既に割と仲良くなっていた気がするぞ」


「あー、それはノリで書いたんだ」


「ノリ?」


「あぁ。ネタ帳に書き込んだはいいものの、小説を書いてる内にもっといい流れが浮かんで、そっちに方向転換したんだ。こういうのは小説を書いていくうちにお前らにもよくあることだと思うよ」


 これ以外にも、方向転換をした部分は実はまだたくさんある。

 実はネタ帳に書き込んだことと、真逆のことをやっていたりもする。


「なるほどな。ネタ帳を書いたとはいえ、それはあくまでベースというわけか」


「本当はあまりよくないって人もいるけどな」


 そういう人は、すごく感心する。

 自分の思ったストーリーを曲げないその精神、俺にも欲しいぜ。


「俺の場合、キャラ設定は主人公とメインヒロインしかその頃は考えてなかったから、次のページからは大まかな話の内容が書かれてたと思う」


「え?他には? サブキャラとかいたでしょ?」


「あぁ、アレはまぁ、適当に作った」


「ネタ帳の意味、あれだけ熱弁しときながらアンタがあまり書けてないじゃない……」


「その頃の俺はただ書きたい一心だったから」


「まぁいいじゃないか。次のページ行くぞ」


 鈴音はそう言うと、次のページをめくった。

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