2 テンプレ

「ネット小説大賞は色々なものがあるけど、大抵はあらすじを含まない本文十万文字以上が要求される。一日二時間の部活動で次のネット小説大賞までにその最低ラインに達するのは正直かなり厳しい」


 俺は部室の黒板を使い(一応部室は空き教室)チョークで図を書きながらみんなに説明する。


「……次のネット小説大賞は?」


「多分七月。ざっと見積もってあと二ヶ月ってところだな」


「ふむ。二ヶ月で十万文字というのは確かになかなか厳しいものがあるな……」


「あぁ。だから狙い目としては」


「すいません。あの、十万文字がどれくらいのものなのか私にはピンとこないのですが……」


「ごめん……正直アタシも……」


 俺の話を遮り、早川とリサが申し訳なさそうにそう言った。

 まぁ、そりゃそうか。


「あぁ、すまん」


 俺は自分のカバンの中から一冊のラノベを取り出した。

 俺の愛読書でもあり、割と参考にさせてもらっているラブコメ小説だ。


「このラノベ一冊あたりの文字数が大体十二万文字って言われてる。俺も数えたことがないからよく分からんけど、要は十万文字っていうと、これよりちょっと少ないくらいだな」


 そう言いながらラノベを渡すと、二人はペラペラとめくり、中身を確認する。

 しかし、リサはともかくとして、普段純文学しか読んでない早川がラノベを読んでいるのは、なかなか新鮮だった。


「文字数については大体把握したわ」


「そりゃ良かった。そんじゃ、話し続けても良いか?」


「ちょっと待ってください‼」


「どうした? 早川」


 なんか、顔真っ赤にして一つのページを凝視してるぞ?


「わ……私はこれから、こんな破廉恥なモノを書くのですか?」


「破廉恥って……どこがだよ」


 その小説、そんなヤバイものじゃなかったと思うけど。

 俺は早川が見ているページを覗き込むとそこには、一つの挿絵が書いてあり、ちょうどヒロインのハプニングシーンが描かれていた。


「これのどこが破廉恥だよ。ヒロインの女の子が転んでるだけじゃないか」


「いえでも……下着見えちゃってますよ。しかもなんでこの女の子の下に男子がいちゃってるんですか⁉」


「あー、それはヒロインが転んだ時にたまたま主人公の男の子を巻き込んじまったシーンで、結果的に主人公が下になっちまっただけだろ? ラノベにはよくあるハプニングシーンだよ。こういうのから恋に発展していくんだ」


 まぁ、一部のラノベに限るが。

 最近はラブコメも減ってきて、こういうシーンがあまり見られなくなってきたな。


「でもこの体勢、明らかに主人公の顔、ヒロインの胸にめり込んで……」


「それ以上は踏み込むな。お前のキャラが崩壊する」


 てかもう崩壊してるけどな。

 こいつ、こういうの苦手だったのか。

 というか、純文学にはそんなシーン出てこない(と思う)から、慣れてないだけか。


「優奈さんも優也さんの小説の挿絵で、こういうの描くんですか?」


「え? 別にそういうシーンがあったら描くし、優也の要望にもよると思うよ」


「ゆ、優也さんはそういう要望を優奈さんにするんですか?」


「へ?ま、まぁ読者さんもそういうサービスシーンは欲しいと思うと言うかなんつーか」


 自分が書いて欲しいだけの場合もあると思うけど。


「マジですか……」


 ガックリとうなだれる早川。


「まぁまぁ早川、アレだ。別にそういうシーンがないと小説が成り立たないっていうわけじゃないんだし」


「そうよ。例を挙げるならバトル物とかはそういうシーンが少ない傾向が割とあるわね」


「そうなんですか?」


「あぁ。それはマジで割とそうだ。だって考えてみろよ。これから戦いの幕開けだって時にヒロインが転んで主人公と激突。恋が始まっちゃったらシュール以外の何者でもないだろ」


「それはまぁ、確かに……」


 腑に落ちない感じだけど、なんとか納得してくれたっぽい。

 つっても、最近はバトル物でもそういうシーンは沢山あるけど、早川には黙っておく。


「しかし優也。私の部屋にある本はバトル物だがそういうシーンは多めだぞ」


「へー、どんな小説だよ」


 お前黙っとけよと心の中で叫びつつ、一応聞いておく俺。

 こいつのおすすめでいいものがあれば読んでみたいし。


「うむ。とりあえずエッチ、陵辱させとけばなんとでもなるというのが最近の同人誌の傾向でな。戦闘中のヴァルキリーや女戦士がなぜか急に脱ぎ出し、敵にハメられているなんてザラな話だ。まさにストーリー関係なしといったところだな」


「うん、お前の話に少しでも興味を持った俺が間違いだった。早川、こいつの話には耳傾けなくていいぞ」


「はい。既に聞いてしまいましたがそこは私の優れた記憶削除能力でリサの記憶もろともデリートします」


「ちょっ、なんでアタシの記憶まで⁉」


「ほらほら、喧嘩すんな。説明再開するから」


 放っておくと火花を散らしかねないので、早めに止めておく。


「まぁ、とりあえずこれが大体十万文字って話は分かったな。んでもってさっき説明した通り、これを一日二時間、二ヶ月で仕上げるのは素人には至難の技だ。ちなみに俺にもできる気はしない」


「じゃあどうすんのよ。間に合わないじゃない」


「俺の計画としては、とりあえずこのネット小説大賞はスルーだ。狙い目は来年の七月。一年と二ヶ月もあれば絶対十万文字に達するし、その頃には多分お前達もまともに小説が書けるくらいにはなってると信じたい」


 恐らくこれが俺の考える中で、一番いい方法だと思う。

 時間をたっぷり作ることで心に余裕を持たせるのは重要なことだ。

 〆切に追われ、急いで書いた作品ほど面白くはならないものだ。

 事実、俺がそうだった。

 毎日投稿を目標にしてた時期、どんどんクオリティが落ちていったのを今でも覚えてる。

 それに、こいつらはあくまで部活。

 楽しみながら書くことが一番重要だ。

 小説を書くことの楽しさを知ってもらわないと始まらない。


「なるほどな。一年間でどこまでやれるかが勝負になってくるというわけか」


「上等じゃない。やってやるわ。この一年間で」


「まぁ、私は優也さんに従います」


「みんな異論は無さそうだな。それじゃ、この流れで行くから、頼むぞ」


 こうして、俺たちは本格的に小説を書き始める準備に取りかかった。

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