小説を書こう

1 目標

「やはり私たちは小説を書くのが1番だと思うのだ」


 俺の小説をみんなが読んだ日の翌日、部室に全員が揃うと鈴音が切り出した。


「それってこの前話してた、俺と優奈以外はこの部活で何をするかって話か?」


「そうだ。色々考えたのだが、私としては現代文章構成部という名前の部活に入った以上、文章を書いていきたいと思っている」


「そりゃまぁ、確かにそうよね。それについてはアタシも同意見」


「しかし鈴音さん、実際どうやって書いていくんですか?前にも言いましたけど、私は小説なんか書いたことありませんよ?」


「そういえばこの前も、結局みんな小説なんか書けねぇって言って話が終わったんだっけ?」


 あの時は早川とリサのケンカ⋯⋯というか、早川の一方的なイジメのせいで話が変な方向に行っちまったけど。


「確かに前回は私も小説などというものは書ける気もしなかった。だがしかし、私たちは昨日、『Re:Friend』という優也の小説を見てしまった!」


「見てしまったって、お前らが見せてって言ったんだろうが」


 オマケに鈴音には変なところを勘づかれるし。


「そこでそういう台詞は少しナンセンスだぞ優也!つまりだな、他の連中がどう思ったかは知らんが、私はあの小説に心を打たれた!そして、こんな小説書いてみたいと不覚にも思ってしまったのだ!」


「マジかよ⋯⋯」


 こんな小説書いてみたい。

 それは俺が初めてラノベに触れた時に全身に走った感情。

 そして今も俺を動かす動力源になっている感情。

 それを鈴音は、プロでもなんでもない俺の小説で感じてくれた。


「お前⋯⋯いいこと言ってくれるじゃねぇか⋯⋯」


 俺はお前のその力強い言葉に心を打たれたよ。


「それを言うなら⋯⋯アタシもそうね」


 リサが口元に手を当て、小さく呟いた。


「アンタの小説、実際面白かったわ。アタシは小説なんかこれっぽっちも読みはしないけど、あれを読んで、ちょっといいかも⋯⋯って思ったのは事実よ」


「リサ⋯⋯」


「いいわ。これ以上アンタ持ち上げてもしょうがないし、アタシも書く。書いて、アンタみたいな小説を目指して、いつか追い抜いてやるわ」


「ははは⋯⋯それは勘弁してくれ」


 一応2年以上書き続けてる俺が、素人に負けるなんてどう考えてもダメだろ。

 ただ、こいつならやりかねんってオーラ放ってるからな、リサって。

 まだリサのことあまりよく知らないけど。


「ふはは!やはり私だけではなかったか!あの小説に毒されたのは!」


「まぁ、この部活にいても、やることなさそうだしね」


「ねぇだろうな」


 俺と優奈はずっとパソコンと机に向かってるだろうし、鈴音も小説書くって言うならパソコン見てるだろうし、特にこの部室には何も置いていない。

 何もしなかったら暇を持て余すだけになるのは目に見えてる。


「それなら私も参加せざるを得ませんね」


「早川、書けるのか?小説書いたことないんだろ?」


「誰だって最初は初心者です。それに、鈴音さんやリサも、当然初心者でしょう?」


「そりゃまぁ、確かに」


「追い追い覚えていきますよ。分からないことは優也さんに聞けば大体解決できそうですし」


「あまり期待はしないでくれよ」


 俺だってまだ分からないことだらけなんだから、答えられないことはまだまだたくさんある。

 例えば、俺の得意なジャンルはラブコメだから、ラブコメに関しては何かアドバイスできるかもしれないが、逆にファンタジー感たっぷりの魔法とか、バトルシーンとかは全くもって分からない。

 何度か書こうと思ったことはあるが、どうしても筆が進まない。

 こいつらに教えていく中で、俺もそういう勉強をしてかなきゃいけないな。

 正直今のラノベ界の最前線を走ってるのは異世界転生モノや、魔法系バトルアクション系で、俺の書いているラブコメは、あまり流行らなくなってしまっている。

 俺もいつかそういう最前線の波に乗った小説を書いてみたいからな。


「さてと、最近どーも私の空気感が半端ないのだけど、とりあえず全員やることは決まったのね」


「あー、すまん優奈。俺とお前はやること最初から決まってるからさ、大目に見てくれ」


 優奈はやれやれと手でジェスチャーすると、


「どうせやるなら全員で目標を決めた方が良くない?」


「目標?」


「うーん⋯⋯そうね、ネット小説大賞受賞とか?」


「はぁ!?」


 俺はつい素っ頓狂な声を上げてしまう。


「優也さん、なんですか?そのネット小説大賞って」


「あぁ、『小説どっとこむ』とかネット小説投稿サイトで開催される、小説のコンテストだ。それに受賞されると、賞金が貰えて、さらにその小説は書籍化。書店に並ぶことになるんだ」


 ネット小説大賞は、俺みたいなヘボ小説家にとって夢のまた夢。

 目標であり幻想だ。


「それってつまり⋯⋯」


「あぁ、デビューってことになる」


「「「デビュー⋯⋯」」」


 3人はどこか宙を見つめ、フリーズした。


「はぁ⋯⋯お前らが何を想像したか知らんが、下手に想像するなよ。絶望を抱えるだけだ」


「どういうことだ?優也」


「まず第一に、毎回毎回ネット小説大賞ってのは、何千もの応募の中から、佳作とか含めても大体5作品くらいしか選ばれない。第二に⋯⋯こっちの方が重要なんだが、その何千もの作家を抜いていけるだけの面白さと、小説家としての実力が必要になるんだ。正直……今の俺にその実力があるとは到底思えない……」


 ネット小説大賞は応募してもまず落とされると考えるのが普通だ。

 夢を見るネット小説家の登竜門。

 行っても行っても蹴落とされる道。

 それが、ネット小説大賞だ。

 そんなものに挑もうなんて馬鹿な話⋯⋯


「でも、単純な話、その何千人かを蹴散らしていけばいいんでしょう?」


「⋯⋯お前、今の話聞いてなかったのか?」


「聞いてたわよ。でも、なんでアンタがそんな弱気になってるのかアタシには理解できないわ」


「失礼ですが私もそう思いました。リサと意見は合致したくないのですが⋯⋯学校の定期テストで考えてみてください。順位が出ますよね。アレを気にする生徒は沢山いますが、単純な話、全教科100点を取れば、勝手に一位になっているというものです」


「お前ら簡単に言うけどな⋯⋯」


 てか全教科100点て。

 どんな怪物だよ。


「優也、なぜ貴様はそんなに弱気になっている?優也がそんなにへこたれていては、アドバイスを受ける私たちは絶対にいい小説は書けない。リーダー格である優也が強気にならなければ」


「そうだよ優也。鈴音の言う通り、なんでそんなに弱気になってるか知らないけど、ここにいる全員あなたの小説に感動して、書きたいと思ってるんだから、もっと自信持ったら?」


「いや、あのな⋯⋯」


 お前らは何も分かってないんだよという言葉が喉まで出かかったが、俺は必死でそれを食い止める。

 何も分かってないからそんな綺麗事がほいほい出てくるんだよな。


「優也さん。この場合私みたいな素人がどうこう言えることじゃないと思うのですが⋯⋯世の中には当たって砕けろという言葉があります。ネット小説大賞というものの難しさは大体分かりました。でも、応募しないことには始まらないと思いませんか?」


「唯の言う通りね。落ちたなら落ちたでいいじゃない。それでも私たちにとっては、いい思い出になるんじゃない?」


「思い出⋯⋯か」


 そうだよな。

 こいつらは別に小説家を目指してるわけじゃない。

 あくまで部活動の一環として、小説を書き、一つの目標としてネット小説大賞に挑戦しようって言ってるんだ。


 バカだな⋯⋯俺。


 過去のこと引きずって、こいつらの不安を掻き立てるようなこと言って。

 まぁ、結果的に微塵も不安なんか掻き立てられなかったみたいだけど。


「はぁ⋯⋯分かったよ」


 正直今の俺には自信がない。

 でもみんなの言う通り、それが俺の小説を読んで書きたいと思ってくれた奴らの小説を腐らせる理由にはならない。

 そして、今の俺の小説をネット小説大賞に応募しない理由にもならない。


「みんなで狙おう。ネット小説大賞を」

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