2 疑い

「な、何言ってんだよ。違えよ!」


 俺は鈴音にそう答えることしかできなかった。

『Re:Friend』の主人公のモデルは俺で、鈴音の言う通り、俺の実体験が元になってるけど……今この場でそれを明かす勇気は俺には無い。

 現代文章構成部の部員のみんなは、形は違えど俺の小説を面白いと言ってくれた。

 優奈に至っては漫画まで描いてくれて、これから一緒に活動しようって言ってくれてる。

 そんな小説が、俺の過去であり、そして交通事故で亡くなった彼女に会いたいという俺の願望で出来上がった作品だなんてことは、俺は言えなかった。


「……なんだ。私の思い過ごしか」


「そうだ。何言い出すんだよまったく」


 だから俺はこの時、こいつらに対して初めて嘘をついた。


「あ〜ビックリした〜」


 優奈は力が抜けたようにそう言った。


「そうよね。『Re:Friend』が優也の実体験から生まれた物語だとするなら、優也どれだけ暗い人生送ってきてるのよ」


「あぁ……そうだな」


 やべぇ……その言葉、俺の心にグサグサ刺さる音が聞こえる。

 やっぱり俺の人生、暗かったのかな……。


「アタシは別にどっちでも良かったけどね」


「どっちでも良かったって……実話でもってことか?」


「そうよ。たとえ実話だったとしても、アンタがこうして読んだ人を面白いと思わせる小説を書き残していることは紛れも無い事実。それをどーのこーの言う筋合いはどこの誰にも無いわ。それにアタシ、他人の過去になんか興味は無いの。大事なのは今よ」


「……」


 ……やべ。感動して少しフリーズした。

 軽く泣きそうなんだけど。


「リサ……お前意外といいこと言うんだな。たまには」


「一言余計だわ」


「はは……すまん」


 俺が笑いながらそう答えると、


「確かに、リサの言うことは正しいですね」


 と、静かに早川が呟いた。


「珍しいわね。アンタと意見が合うなんて」


「私としてはあなたと同様の思考回路を辿ったということが屈辱でしかないのですが……正直優也さんの過去がどうであろうと私には知ったことではないです。リサの言うように、大切なのは優也さん、あなたがこの素晴らしい小説を残したという事実です」


この時、『じーん』という感動を表す擬音語が俺の心を駆け巡った。


「お前ら……なんかありがとう」


「もっとマシな言葉思いつかなかったの?」


「すまん。本当に言葉が出てこない」


『Re:Friend』の感想ページには、小説に対するある程度の感想が届いている。

『面白かった!』とか、『楽しみにしてます!』という風に褒めてくれたり、時には『もっとこうするべきだ!』と叱ってくれたりするのだ。

 それはそれで嬉しいのだが、どこまで行ってもそれはネット上で文章に起こされた感想であって、読者本人からの言葉で伝えられる感想には勝てない。

 優奈と初めて教室で話した時もそうだったが、今、俺は改めてそのことを気付かされ、実感させられた。


「え、ちょっと優也⁉ 泣いてるの⁉」


「は? 別に泣いてなんか⋯⋯」


 やべ……。


「なんだと⁉」


「嘘でしょ⁉」


「それは興味深いですね!」


「みんなして俺の顔を覗き込むな!」


 俺は急いで両手で自分の顔を覆う。

 クソ……何なんだよ……。

 自分の小説見られて、褒められて、感動して泣いてるなんて、すげぇかっこ悪いじゃん……。


「全然かっこ悪くないと思いますよ」


「へ?」


「何が『へ?』よ。アンタ思いっきり口に出してたじゃない」


「あ、あれ?マジで?」


「マジだ」


「そんな……ますますかっこ悪いじゃん……」


「唯も言ってるでしょ?優也は全然かっこ悪くない。むしろあんな小説書いて、みんなを面白いと思わせてるんだもん。カッコいいよ。ね、みんな!」


 優奈がみんなに顔を向けて確認しているのが指の隙間から見える。

 この流れは、みんなが少し渋りながらも、「まぁ、そうだな」的な雰囲気になるのかな……。

 だとしたら俺、また泣けてくるかも……。


「今のは優奈の感性であって、私は優也をカッコいいとは思わないな」


「「え⁉」」


 俺と優奈の声が完全にシンクロする。

 そして同時に俺は顔を上げていた。


「まぁ、そうよね。私もアンタがカッコいいと思ったことは一度もないわ」


「優也さんって、カッコいいっていうか、特徴のない凡人っていう感じがしますもんね」


「え⁉ ちょ、みんな⁉」


 あ、優奈が自爆した。


「空気読んでよ! あの流れからして、鈴音あたりが『ふ……そうだな……』みたいな感じで締めてくれると思ったのに!」


「あー聞こえんなー」


 耳を掻きながら鈴音がだるそうにそう言った。


「私は言ったはずだぞ? それは優奈の感性であり、感情だ。ま、それをこの鈍感君はどう受け取るか知らないが」


 鈴音は俺の方を見ると、軽くウインクした。


「へ?」


 鈍感君って俺のことか?


「そういえばアンタ、いつ復活したのよ。泣いてたんじゃなかったの?」


「生憎様。優奈にノってくれてみんなが俺を少しでもカッコいいと思ってくれるかもなーって思ってた自分が恥ずかしいよ」


「だから私はそれ以上でも、それ以下でもないプラスマイナスゼロの凡人認定してあげたんですよ」


「微妙に嬉しくねぇなそれ!」


 凡人認定って……でもそれ以下にならなくて良かったと思う自分もいるのが悲しい……。


「ふはは……優奈、どうやらまだ気づいている様子は無いようだぞ? 良かったな」


「うるさいわよ鈴音!」


「何なんだよ一体……」


 本当にワケがわからん。

 優奈と鈴音は、一体俺に何を気づいて欲しいんだ?


「まぁ、その気になれば私の場合ゴリ押しという手が残されているからな」


「ゴリ押し?」


「優也、今夜貴様のベッドに潜り込んでやろうか?」


「「「「ぶっっっ‼」」」」


 鈴音以外の全員が激しく吹いた。


「や、やってみろ! そしたらお前をベランダから放り投げてやる!」


「ふはは! 確か寮の下の地面はコンクリートだったな! それはかなり痛そうだ! だがそれもまた快感に繋がるかもしれん! 優也、早速今日の夜中、やってみてくれ!」


「黙れ変態!」


 俺が声を張り上げながら鈴音の頭に軽くゲンコツを叩き込む。


「何も殴らなくても良いではないか……」


「うるせぇ! ほら、もう六時だ。帰るぞ!」


 状況の悪化を恐れた俺は半ば強引に部室の外に全員を引っ張り出した。

 こうして、現代文章構成部としての初めての部活は幕を閉じたのである。

 まったく……俺の涙を返してくれ!

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